第20話 ドキッとしちゃった

「可愛いー♡」


 猫ちゃんのつぶらな瞳を見つめながら、芹沢さんは嬉しそうに言った。

 ちなみに、先の台詞はもう三度目である。


「くふふ~♡」


 ……ぬいぐるみより、幸せそうに笑う君の方が数倍可愛いわい。なんてなー。


「次、どーする?」


 プライズゾーンを抜けると、分帰路だ。

 案内を見ると、ビデオゲーム、音ゲー、プリクラなどなど。選択肢は多い。


「アンタの行きたいトコでいいわよ」

「じゃあ、あっちのスポーツコーナーとかどうよ」

「……いいけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ。片手でも遊べるやつあるだろうし」

「分かった」


 スポーツコーナーでは、まずエアホッケーで対決した。

 利き手が使えなくても、細腕の女の子とは流石にパワーが違う。

 結果は俺の圧勝だった。


「力こそパワー!」

「女子相手に本気出すとか!」

「あはは」


 勝ったので嬉しいは嬉しいんだけど……フェアじゃないよなぁ。

 俺は対等な条件で勝負できそうなゲームを探す事にする。

 ……いいのがあるやんけ。


「次、あれしない?」


 俺が指差したのは、バスケットボールのゲームだ。

 ルールは単純明快。時間内に多くゴールを決めた方の勝ちである。


「バスケであたしに勝てるとでも?」

「あ、経験者だった?」

「中学時代、奇跡の世代と呼ばれたあたし達は全国優勝したわ」

「まじかよ!」

「嘘よ」

「しょうもない嘘をつくなよ!」


 ケラケラ笑う芹沢さんと並んで、バスケマシンの前に。

 ゴールネットまでの距離は決して遠くない。これなら左手でも十分届くし、いい勝負になるだろう。

 ブレザーを脱ぎ、袖を捲りながら、


「賭け、しましょうか」

「ほう?」

「そうね……負けた方が勝った方の言う事を何でもきく、でどう?」


 前にも似たような事あったな。ま、面白そうだし受けて立とう。

 いいよ、と答えると、芹沢さんはコインを投入してスタートボタンを押した。

 ノリの良い音楽が流れると、すぐにボールの放出が開始される。


「全部決めちゃうんだからっ!」


 手元のボールを掴むと、女の子特有の両手投げでのファーストシュート。

 放物線を描いたそれは、見事ネットを揺らす。

 このゲームは時間との戦いだ。芹沢さんは喜ぶ仕草も見せず、すでにシュートモーションに入っている。

 二回、三回と連続でゴール数を積み上げていくが……。

 正直、そんな事はどうでもよかった。


「……」


 シュートをする度に大きく揺れるのは、芹沢さんのお胸。

 ポヨンポヨンと、まるで生きているようで……けしからん。

 スカートもヒラヒラと……今にも下着が見えてしまいそうで。

 こんなもん見せられてムラムラすんなってのは無理な話。

 つい、あの時の事を思い出してしまう。


「ふーっ! かなり高得点なんじゃないっ!?」


 一分間の死闘を終え、満足そうに言った少女の肩には、白とピンクのラインが透けている。

 白はキャミソールだろうから……ピンクは……いやいや。

 帰って来い、俺。変態じゃねぇか。

 …………ピンクかぁ。


「ま、まぁまぁかな?」

「お手並み拝見といこうじゃないの」

「刮目せよ」


 俺はコインを入れると、イメージトレーニングを開始。


「右手は……添えるだけ」




「お昼にしましょう」


 ゲーセンから出るなり、芹沢さんがそう提案した。

 ちょうど俺も腹が減ったな、と思っていたので「いいね」と親指を立てた。


「何か、食いたい物とかある?」

「牛丼が食べたい」


 即答である。


「前回、食べられなかったし」

「……自分でまぐろのたたき丼選んだよなぁ?」

「ついボケたくなっちゃうのよ」


 飯の時くらい、その習性は封印してもええんやで。


「牛丼好きだから全然いいけど」

「さ、行きましょ♪」


 ってな訳で、前回と同じお店の、同じ席に向かい合わせで座る。

 お冷で口内を潤すと、芹沢さんはいつものドヤ顔でタッチパネルを手に取った。

 まるで「注文の仕方とか知ってるから!」とでも言わんばかり。

 ……あたし、牛丼屋に来た事あるもんね! えっへん! じゃないのよ。


「何にするんだ?」

「普通の牛丼とお味噌汁、かな」

「からの~?」

「何もないわよ」


 タッチパネルを受け取ると、本当に牛丼と味噌汁が選択されていた。

 どうやら、本当に牛丼を食べるようだ。


「アンタはやっぱり?」

「誰がチー牛だコラ」

「まだ言ってないわよ」

「まだ、って事は言うつもりやんけ」

「ふふっ」

「俺は陰キャじゃない」

「はいはい」


 いつぞやと同じやり取りを交わすと、俺はまたしてもネギ玉牛丼と豚汁をチョイス。

 そのまま注文を送信した。


「お待たせしましたー」


 ほんの数分で牛丼が着地する。

 ほんと、まじで速いよなぁ。企業努力に頭が上がらないぜ。

 俺は卵を溶いて回しかけると、紅ショウガ先輩をトッピング。


「芹沢さんもいる?」

「うん、いる」

「どんくらい?」

「普通くらい」

「ほいほい」


 芹沢さんの丼ぶりにも先輩を召喚し、声を合わせる。


「「いただきます」」


 相方はお味噌汁をズズズ、と啜ってから箸を取った。

 左手でどんぶりを持つと、俺の視線に気付いたようで。


「そんなに見ないでよ。食べにくいじゃない」

「感想を聞こうと思って」

「……では」


 やや小さめのファーストバイト。

 モグモグと口を動かす芹沢さんは、さらにもう一口頬張る。


「うん、普通に美味しい」


 ボケる事も、大袈裟なリアクションを取る事もせずに淡々と言った。

 牛丼は特別な食べ物じゃないし、何なら味の予想もつくしなぁ。

 ……ちょっと拍子抜けはしたけども、まぁそんなもんかね。

 俺はネギ玉牛丼を口に運び、油分の多い豚汁でそれを流し込む。


「紅ショウガは絶対必須ね」


 じっくりと、噛みしめるように咀嚼する芹沢さんはそう口にしたが、


「ははっ」


 俺はつい笑ってしまう。

 芹沢さんの頬に、ご飯粒がくっ付いているのに気付いたからだ。


「何よ、急に?」

「おべんと、付いてるよ」

「え、どこ?」

「頬っぺた」

「……む。笑う事ないじゃない」


 不服そうな顔で頬に触れるが……違う、そっちじゃない。


「付いてないじゃない。謀ったわね?」

「反対反対」

「あ、こっち?」


 俺の指示通り右の頬を探すも、芹沢さんの指は米粒を奇跡的に回避する。


「付いてないじゃない!」

「いいよ、動かないで」

「うん?」


 身を乗り出すと、俺はご飯粒をつまんでそのまま自分の口に放り込む。

 いつも詩織にしているので自然とそんな行動を取ったんだけど。


「なっ!」


 瞬時に頬を染めた芹沢さんの声にハッとした。

 家族でもない、同級生の女の子相手に……俺は何してんだ。

 自分の行動を後悔すると共に……恥ずかしさが込み上げてくる。


「ご、ごめんっ。つい、いつもの癖で」

「う、うん」

「ほんと、ごめん。気持ち悪かった、よな?」


 俺のそんな問い掛けに、芹沢さんは頬を染めたまま首を横に振る。


「べ、別に……気持ち悪くなんてないわよ」

「そ、そう?」

「むしろ、ちょっと……」

「……ちょっと?」


 つい数秒前の俺と同じように「ハッ」とした表情を浮かべると、


「な、何でもないっ!」

「な、何だよ?」

「だから何でもないってば!」


 犬歯をむき出しにした芹沢さんは「あたしトイレ!」と席を立った。


「……なんやねんな」






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