第18話 相方です(笑顔視点)

 ストリート漫才初日は散々な結果だったけど、あたし達は翌日も場所だけ変えてネタを繰り返した。

 ……また凹む事になったんだけど。

 決勝戦を明日に控えた土曜日。

 初日と同じ場所に立ったあたし達の前にはそれなりの人が集まってくれた。

 休日という事が大きかったのかもしれない。一番多い時は三十人くらいが耳を傾けてくれたっけ。


「確実にメンタルは強化されたでしょ?」


 夕食と反省会をするために入ったファミレスのテーブル席で桜井はカップを傾ける。


「間違いない。今日とか、通行人の視線、あんま気にならなかったし」

「本番で飛ばすのは本当にやめてよね」

「善処はする」


 そう言うと、カップを持って立ち上がる。


「おかわり行ってくる」

「いってらー」


 一人席に残されたあたしが、スマホを取り出した時。


「ねぇねぇ」


 突然、隣の席に座っていた茶髪の、ギャルっぽい子に声を掛けられた。

 歳は……あたし達より少し上に見える。大学生とかだろうか。


「何ですか」

「一緒にいる男と、どんな関係?」

「……は?」


 いきなり何なの? 年上だと思ったから敬語を使ったけど、そんな気遣いが必要な相手ではなさそうね。


「普通の、ただの友達だけど」

「だよねぇ!? ほーら言ったでしょ!」

「ワンチャンあると思ったんだけどなぁ!」


 茶髪の子の連れ、金髪のケバい子が悔しそうに頭を抱える。


「……何なの?」

「いやね、二人がどんな関係かって賭けてたのよ」

「はぁ?」


 ちょっと何言ってるかわかんない。


「ほら、あなた超絶可愛いじゃない?」

「それは、まぁ」

「男の方がパッとしなかったからさ」


 それであたし達の関係で賭けてた? 何それ、くっだらな。


「やっぱり友達だよね。大穴狙いすぎたわぁ」

「あれが彼氏とかないでしょ!」

「くー」

「約束通り、カラオケはあんた持ちね」

「今月ピンチなのになー。彼氏の誕生日もあるし」

「バイト増やせばいいだけじゃん」

「これ以上増やしたらまじで単位落とすから!」

「ギャハハ!」


 もう、あたし達から興味を失くしたのか、何事もなかったかのように二人だけの世界に戻っていく。


「……」


 何か言ってやりたかったけど、何と言えばいいのか分からず悶々としていると、桜井が「よいしょ」と腰を下ろした。


「雨降り始めたみたい」

「え、そうなの?」

「外の人達、みんな傘差してたよ」


 手にしていたスマホで天気予報を見る。


「これから本降りになるって」

「まじか。じゃあ、もう帰ろうか」

「そうね」


 あたしの意志を確認すると、補充したばかりのコーヒーを「あっつぅ」なんて言いながら飲み干し、伝票を手にレジへ向かう。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

「会計してくるから、ゆっくり飲んでいいよ」

「う、うん」


 一度は浮かせた腰を下ろし、ストローを口に含んだ。


「お待たせ。行こうか」

「おっけー」


 店外に出ると、雨粒がポツポツとアスファルトを叩いていた。

 傘なしではちょっと無理……そんな雨量だ。


「傘、持ってる?」


 桜井の左手には、黒い折りたたみ傘。


「何で持ってんのよ」


 今日って降水確率十%とかだったわよね?


「折りたたみはいつも持ってるぞ」


 その、たまに見せる女子力の高さは何なの?

 前も一度、ハンカチ貸してくれた事もあったし。

 ……そーゆーの、ちょっと可愛いって思っちゃうんだけど。


「すぐそこに百均あるから、傘買ってくるよ」


 正直、それはすっごく助かるけど、パシッてるみたいでちょっと……。

 でも、ないと帰れそうにないし……。


「……いいの?」

「全然いいよ。んじゃ、ちょっと待ってて」

「ありがとう」

「ん」


 桜井は小走りで人混みの中に消えて行った。

 雨音を聞きながら、特に何をするでもなく行き交う人々を見る。

 色んな人がいるなぁ、なんて考えていると桜井が戻って来た。


「お待たせ。ほい」

「ありがと」


 百均特有の細くてすぐに折れてしまいそうな傘を受け取って開く。


「じゃ、行こうか」

「えぇ」


 駅へと向かって歩き出すが、桜井は不自然にあたしの右側に回り込んだ。


「……」

「ん、何?」

「べ、別に」


 すぐに車道側を歩いてくれているのだと分かった。

 ベタだけど、そうされて嬉しくない女なんていないと思う。


「……」

「どうしたの、芹沢さん?」

「ちょっと、二分だけ待っててくれる?」

「何で?」

「お花よ」

「……行ってらっしゃい」


 あたしは傘を桜井に預けると、ファミレスの自動ドアを通過。

 そして、トイレ……ではなく先程のギャルの元へ向かった。

 下品な笑い声で談笑中の二人の前に立つ。


「あのねぇ!」

「「な、何事ッ!?」」

「……」

「な、何なの?」

「…………確かに、桜井はイケメンじゃないわよ」

「は、はい?」

「でも、その……。か、可愛い一面とかもあるし、意外と優しくて」


 二人は何も言わない。あたしは続ける。


「え、えっと、だから……その……い、いい奴なのよ! そう! 桜井はいい奴なの!」

「……そ、それで?」

「だからッ!」


 桜井をバカにするな!

 そう言おうとして、周囲の視線に気付いた。


「……あんまり、人の友達を悪く言わないで」

「「は、はい」」




「それじゃ、ここで」


 駅に着くと、桜井は軽く手を挙げた。

 黄色い電車の桜井と、モノレールのあたしはここで解散だ。


「えぇ。明日、寝坊しないでよね?」

「ネタは飛ばすかもしれないけど、その心配なら不要だ」


 全然面白くないからね、その冗談。


「……それじゃ」

「おう」


 別れの言葉を交換すると、


「笑顔」


 あたしの名前を呼んだのは、あたしに名前をくれた父親、芹沢祐樹だった。

 黒いスーツ姿のお父さんは、


「こんな所で会うなんて。ちょうど今、電話をしようとしていたところでした」

「何の用事?」

「今日、急に転勤が決まりましてね」

「転勤? 今度はどこ?」


 お父さんが口にしたのは、お母さんの母国。

 元々転勤が多く、日本中を転々としていたけど……海外は初めてだった。


「近いうちに発ちますので、準備をしてください」

「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしも一緒に行くって事?」

「えぇ。今度は長くなりそうなのでそう決めました」

「あたし、何も聞いてないんだけど」

「今日決まった、と言ったでしょう?」


 平然と、お父さんは言ってのけた。

 この人は……いつもそうだ。

 仕事、仕事で家族の事なんて少しも考えない。

 家には帰ってこないし、あたしと遊んでくれた事だってほとんどない。

 ご飯を食べられるのはお父さんのおかげ。今までは割り切ってこれたけど……今回ばかりは無理だ。


「あたしは日本に残るわ、お父さん」

「漫才、ですか」


 漫才という文化は日本にしかない。あたしは肯定する。


「そうよ」

「親として、笑顔がやりたい事を応援してあげたい気持ちはあります」

「じゃあ、問題ないわね?」

「……貴方の成績を見ました」


 お父さんは年度末の、決して優秀ではないあたしの成績を口にする。


「漫才に限らず、エンターテインメントの世界は厳しいものです。傍から見れば煌びやかな世界に見えるかもしれませんが、成功できるのはほんの一握りの才能ある人間だけです」


 言いたい事はすぐに理解できた。

 要は、あたしには才能なんてないから諦めて、黙って付いてきなさい、って事だ。

 ……ムカつく。

 こんな時だけ父親面して……。

 あたしは……。


「……じゃあ、結果を出しますよ」


 そう言ったのは桜井だった。


「明日、漫才科の大会があります。そこで優勝したら芹沢さんが日本に残る事を認めてくれますか?」

「……君は?」


 お父さんの質問に、桜井は笑顔で初めてその単語を口にした。


「俺は桜井伊織。娘さん、笑顔さんの「相方」ですよ」






●ご連絡

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ここで起承転結の「転」が終わりになります。


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