第17話 羞恥プレイ

「いよいよね」

「まじで頼むまじで頼むまじで頼むまじで頼む」


 両手を合わせた俺は、目は閉じて念仏を唱えた。

 もし突破できなければ、敗因は……確実に俺だ。

 神様仏様、まじで頼むよ。

 こんな時だけ頼るなって言われるかもしれないけど、後でお賽銭奮発するからさ。


「準決勝、一位通過は」


 独特の緊張感が漂う中、最初に名前を呼ばれたのは……俺達ではなかった。


「続いて、二位通過……ヘップバーン。三位通過……アフロスイッチ」


 えれくとりっく! の名前が体育館に響かないまま発表は続く。

 四位、五位、六位……空振りだ。

 いよいよ、後がなくなってきた。残す枠はあとふたつ。


「芹沢しゃん」

「情けない声出さないでよ」

「だってさ」

「そりゃ、アンタがミスったのは大きいけど」

「けど?」

「それを何とかできなかったのはあたし。さっきも言ったけど、あたし達はコンビなのよ。アンタだけが責任を感じる必要はないわ」

「……惚れちゃう」

「はいはい。ほら、聞き逃すわよ」


 俺はもう一度手を合わせて、祈った。


「七位通過、えれくとりっく!」


 ……ん?


「今、呼ばれたよな?」

「呼ばれた、わね」


 1、2、3。


「「おおおおおおおおおおおっ!」」


 思わず手を取り合った俺達は、周囲の目を気に掛けもせずに叫び、飛び跳ねる。


「まじかっ! まじかっ!」

「だから言ったでしょ! 大丈夫だって!」


 とにかく嬉しかった。

 漫画の新人賞で編集さんから褒めてもらったくらいに……嬉しい!


「静かにしてください」

「「す、すいません」」揃って頭を下げた。

「第八位は……」




「空き教室、行くわよね?」


 体育館から出ると、そんな声。


「勿論。決勝のネタに取り掛かろう」

「アンタがまたやらかした時の対策も練りましょ」

「……よろしくお願いします」

「ふふっ、冗談よ」

「笑えないんよ」


 創作科校舎に向かって歩き出すと「ちょっと待ってくれるかな」と呼び止められる。

 声の主は純君で、その数歩後ろには莉子ちゃんがいた。


「何よ、純」

「……調子に乗らないで欲しくてね」


 口調こそ穏やかだが、その目には敵意しか感じない。

 決勝進出こそ果たしたが、ナジミーズは第八位。

 俺達に負けたのが相当悔しいのだろう。


「ビギナーズラックってやつかな?」

「あたし達に突っかかってくる時間があるならネタでも作れば?」

「決勝、楽しみにしてるよ」

「こっちの台詞ね」

「……絶対に潰すからね」


 吐き捨てるように言うと、純君は回れ右。


「ま、待ってよ純君っ」


 莉子ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げると、純君の背中を追い掛けた。




 空き教室にて。

 揃って定位置につくと、芹沢さんが「さて」と会話のキッカケを作る。


「決勝のネタ、なんだけど」

「うん」

「あたし、候補を作ってきたの」

「芹沢さんも?」

「……も?」

「いや、実は俺も作ってきたんだよね」

「そうなの?」

「……交換する?」

「そうしましょ」


 俺達はコピー用紙とルーズリーフをチェンジする。


「ちょっと見てみるわね」

「俺も」


 そうして、それぞれの草案に目を通そうと視線を落とすが、すぐに目線が合う。


「……まじかよ」

「そんな事ある?」


 俺が書いたネタは「牛丼屋」で、芹沢さんの書いたネタも「牛丼屋」だったのだ。


「気が合うじゃない」

「そうみたいだね」


 再び視線を落とし、お互いのネタを確認する。

 流石に内容まで酷似している、なんて事はなかったけど、すぐに思う。

 俺の牛丼屋と芹沢さんの牛丼屋を足して二で割り、さらに修正を加えれば……最高のネタになるんじゃないのか、と。


「考えてる事は同じみたいね」

「(だから心を読むなよ)」

「こいつっ、脳内に直接っ」


 準決勝を首位通過した「アップダウン」。

 二位、三位の「ヘップバーン」に「アフロスイッチ」。

 幼馴染のあるあるネタが武器の「ナジミーズ」。

 強敵は多いが……何とかなる気がしてきた。


「……やりますか!」




 もうすっかり慣れたもので。

 ネタ作りと通し稽古は驚く程スムーズに進み、決勝戦の三日前にはすでに万全の状態が整った。


「今日は特訓をするわよ」


 放課後。いつもの空き教室に来ると、俺の顔を見るなり芹沢さんが言う。


「特訓とは?」


 鞄を机の脇にぶら下げ、椅子を引きながら言葉を返す。


「ネタは完璧、稽古も終了。さぁ、あたし達は何をすべきでしょう?」

「……なんでしょうか?」

「アンタのレベルアップよ」

「レベルアップ?」

「アンタが前回やらかしたのはどうして?」

「……俺が人前での漫才に慣れてないから?」

「そ。だから、今日から本番まで。できる限り人前でネタをやりましょう」


 なるほど、理解した。でも、一体誰に見せるんだろう。


「強力な助っ人を呼んであるわ」

「誰?」

「アンタがよく知ってる子よ。もうすぐ、来ると思うけど」


 まるで見計らったかのようなタイミングでガラガラッとドアが開く。


「強力な助っ人です!」


 確かによく知っている子だった。少女の名前は桜井詩織。我が実妹である。


「詩織が助っ人?」

「さぁ、行きますよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」




 詩織に連れられやって来たのは、普段は入る事のできない男子禁制のアイドル科校舎だ。女子寮に忍び込んだようなドキドキを感じつつ、歩を進める。


「ここです」


 通されたのは、よくテレビとかで見る、壁一面がガラス張りのレッスン場。

 Tシャツにスパッツ、というまさに「これからレッスンです」な恰好の女の子達はきゃぴきゃぴと談笑していたが、俺達に気付くと、


「あの子、かわゆ!」「髪きれー」「知ってるよ、芹沢笑顔さんだ」「胸でかっ」


 誰も俺に触れない件については……後で呟くわ。友達いないけど。


「これからえれくとりっく! のお二人に漫才を披露してもらいますっ」

「「「わー」」」


 二十人近い女の子達がパチパチと手を叩く。

 ……準決勝のステージには及ばないまでも、結構な圧だ。

 これは訓練になるし……レッスン前の時間を割いてくれたんだ。笑ってもらわないとな。

 俺達はガラスを背にして並ぶ。


「やっぱり、まずはコンビニか? それとも、いきなり牛丼屋?」

「お楽しみは最後に取っておきましょ」

「了解。じゃあ作った順番でいこう」


 タイミングを見計らって。


「「どーもー!」」




「良かったわね」

「そうだな」


 俺達は特に大きなミスをする事もなく、三本のネタを完遂した。

 アイドル科の子達は笑ってくれたし、手応えは十分だ。経験値+1としておこう。


「さ、それじゃあ次に行くわよ」

「次はどこに?」


 ニヤリ、と不敵な笑み。


「先に言っとくけど、しんどいわよ」




 黄色い電車に数分揺られ、地域のターミナル駅に到着。

 ロータリーを出て少し歩き、バス乗り場を超えた辺りで立ち止まる。


「まじでやるのか」


 漫才科の備品であるスタンドマイクと小型アンプを設置中の華奢な背中に問う。


「しんどいって言ったでしょ」

「聞いたけど」

「これ、そこに差して」


 ストリート漫才。それが俺達のやろうとしている事だ。

 街行くサラリーマンや制服姿の学生、大学生風のカップルは何やら作業している俺達を一瞥して、興味なさそうに視線を戻す。

 完全アウェーである。


「相当、メンタルは鍛えられるわ」

「そりゃ、そうだろうなぁ」

「はい、準備完了」


 どうやら逃げ場はないらしい。やるしか……ないやんけ。




「「ありがとうございましたっ!」」


 三本の持ちネタをすべて終えると、唯一のお客さんだったおっさんは何も言わずに去っていく。


「やっぱ、甘くないな」


 俺達のネタを聞いてくれる人はほとんどいなかった。

 足を止めた人は何人かいたけど、芹沢さんに釣られただけだったり、ずっとスマホを見ていたりと散々だ。

 何より、通行人の「何だこいつら」みたいな視線がまじでキツい。

 アイドル科は天国だったなぁ……。

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