第4話 最後のアイテム


「じゃあ、コレで最後です。これはねぇ、私もすごい気に入ってるんですよぉ」

「ザキさんのイチオシってあんまり信用できないんですよねぇ……」

 汚れが一瞬で落ちる魔法の洗剤だろうか、それともいくら歩いても足が痛くならない靴の中敷きだろうか……ザキのかつてのオススメ商品を思い浮かべながら、ブッコローは投げやりにコメントする。

 もちろんどちらも文具ではないが、『本じゃないなら文房具』理論で押し切ってくる可能性は大だ。まぁ何にしろ生活感あふれる便利道具が出てくることに間違いはないだろう、と予想していたのだが……。

 出てきた品は、ブッコローも思いがけない品であった。


「じゃーん。エルフ族ルーミルさんの、デスクマットです」

 そう言いながらザキが拡げてみせたのは、大きな紙に緻密に描かれた……どう見ても、魔方陣であった。

「この模様、すごく綺麗じゃないですか? 私、家宝にしようと思うんですよー」

 その魔方陣の圧倒的な存在感にブッコローが言葉を失っているというのに、ザキは気に掛ける様子もなくニコニコと商品を褒めそやす。


「いや、いやいやいや……ちょォッと待ってくださいね、ザキさん……」

 唖然としていたブッコローはしばらくしてようやく気を取り直すと、翼で頭を抱えながらなんとか己の仕事であるツッコミを始めた。

「ひとつひとつ、行きましょう。まずエルフ族ルーミルさんってことは……さっきのくっさいインクのグッズ作られた方ですよね?」

遠隔書簡魔導具テレ・ライター……」

「そうそう、Amazonのガラスペンより書き心地の悪いアレ」

 少しムッとしたようにザキが訂正するが、ブッコローは前言を撤回させるつもりはない。だってアレ、本当に臭かったし書きにくかったもん。


「ルーミルさんは、そうです。その方です。遠隔書簡魔導具テレ・ライターをいただいた時に、オマケでくれたんです。『今のあなた達に必要なものだから』って」

「それ、その方ホントにデスクマットって言ってました?」

「? いいえ?」

 きょとん、と答えるザキは、今の話の流れにまったく違和感を覚えていないらしい。


「なんで『今の僕たちに必要なもの』でコレがデスクマットだって思うんですか……」

 ブッコローが疲れた声で指摘すると、「ああ」と得心したように頷いてザキは堂々と言い放つ。

「ちょうど家のデスクマットが汚れてて、買い替えたいと思ってたんですよね」

「オカシイだろうがぁァア!」

 いかん、ちょっとMCにあるまじき割れた声が出てしまったかもしれない。


 コホンと咳払いをして、ブッコローはツッコミをやり直した。

「いやいやいや、ザキさん、よく考えてくださいよ。このタイミングで『必要なもの』でデスクマットはないでしょ、デスクマットは……。ザキさんじゃないんですから。なんか説明書とかついてないんですか?」

「もらったんですけど、字が小さくて……。今日私、老眼鏡持って来なかったものですから」

「良いっス、もう僕が読みます。貸してください」


 頼りにならないザキからひったくるように説明書を奪うと、ブッコローは紙面に目を落とす。

 異世界の文字が読めるだろうかと一瞬不安になったが、意外にも説明書は日本語で書かれていた。何か、そういう魔法が掛けられているのかもしれない。

「なになに、『帰還魔方陣』……と。この魔方陣は異世界からやって来てしまった者が元の世界へ帰るためのものである……ザキさん、お手柄じゃないですか!」

「えぇ……?」

 効果を読み上げてはしゃぐブッコローと対照的に、いまいち反応の悪いザキは曖昧な笑みを浮かべる。


 更に露骨だったのは、Pの反応だ。

「えぇっ、もう帰っちゃうの!? ここなら、動画のネタがまだまだありそうなのに……」

「アンタ達はもう少し、コトの重要性を認識しろォッ!」

 あまりの言い草に思わずえたブッコローは、二人に妨害される前にと慌てて説明書通り魔方陣を起動したのであった……。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



 そうしてブッコロー達は元の世界へ戻ってきたのだが。

 ……ひとつだけ、誤算があった。


「まさか、そのままの状態で戻ってきちゃうとはねー」

 Pがハッハッハと楽しそうに笑う横で、ブッコローは飛び出る程にまん丸い目をギロリと動かして彼を睨む。

他人事ひとごとだからって、嬉しそうにしちゃって……このままミミズクの状態だなんて僕、どうすれば良いんですか……」


 ――そう。日本に戻って来ても、ブッコローの『中の人との同化状態』は解除されなかったのである。どうやら異世界召喚とブッコローの状態は直接関わってはいなかったらしい。

 今はまだ「フクロウさんだー」と娘も喜んでいるが、父親が不気味な彩色のミミズクだなんて将来絶対にイヤがるに決まっている。


 カラフルでふわふわな羽角うかくをぺたんとヘタらせて落ち込むブッコローに、清々しい程の笑顔でPは言い放った。

「それじゃ、その状態を治すためにももう一度異世界に行かないとね!」

「Pならそう言うと思ってましたよ……」

 恨みがましくPを見上げるブッコローに顔を寄せ、彼は判明したばかりのとっておきの秘密を囁いた。


「実はあの帰還の魔方陣、応用すればあちら側に行く内容にすることもできそうなんだよね」

「アンタ、絶対オカシイよ!?」

 とうとう黒魔術じみたモノにまで手を出すようになったのか。

 呑気に「これでしばらく動画のネタは確保できるな!」と親指をピッと上げるP。

 その日は「もうイヤだ、こんなプロデューサー……!」と嘆くブッコローの悲鳴がスタジオ中に木霊こだましたという……。




 ――そんなこんなで、気軽に異世界に行けるようになった有隣堂動画メンバー。

 『有隣堂しか知らない世界 〜異世界シリーズ〜』が公開されるのは……来週火曜日からかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【何でもアリ】異世界文具の世界〜有隣堂しか知らない世界XXX〜 本人は至って真面目 @Im_serious_for_me

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ