第2話 遠隔書簡魔導具


「まぁ僕が何言ってもムダってことはわかったんで、さっさと動画撮影進めましょうか。……えぇと、何でしたっけ。『異世界の世界』でしたっけ?」

 しばらく実りのないやり取りが交わされてから、疲れた声でブッコローはMCを始めた。いつも通りといえばいつも通りの展開だ。……舞台が異世界だということを、除けば。


「異世界の世界です。面白いんですよぉ、いろいろ不思議な品があって……」

「相変わらずザキさんって、僕のボケを潰していきますよね……はいはい、じゃあ紹介してください」

 投げやりなブッコローの態度を気にすることもなく、ザキは嬉しそうに何かを机の上に「じゃーん」と置いた。

「まずは、こちら。エルフ族ルーミルさんの『遠隔書簡魔導具テレ・ライター』です」

 異世界に来ているというのに、ザキは普段と変わらないテンションでアイテムを紹介しはじめる。メーカーと同じ調子でエルフ族とか言うな。

 そのブレない姿勢にブッコローは感心したら良いのか呆れたら良いのか判断がつかず、ツッコむのを諦めて商品へと目をやった。




 A3程度の広さのある四角い台座の上に羊皮紙が置かれ、そして台座から伸びたアームが羽根ペンを固定している。羽根ペンが静止しているのは、ちょうど羊皮紙に文字が書けそうな位置だ。

 名前を聞いても実物を見ても、用途がまったくわからないシロモノ。

「なんかこんな感じの機械、昔小学校の頃にありませんでした? この台の上に藁半紙わらばんしかなんか載せて投影するやつ」

「OHP……」

「そうそう、OHPだ! 今の若いコにはわかんないかなぁ、昔のプロジェクターってパソコンに繋げるようなもんじゃなかったんですよ。資料をこの上に置いて、黒板の前のスクリーンにただ投影するだけっていう。それで先生が来るまで影絵とか作って遊んでたりしてましたよね。……で、このOHPはなんなんです?」

 ついつい脱線してしまう自分の悪癖を自覚しながら、ブッコローは話を本題へと戻した。


 少女のようなキラキラとした笑顔を浮かべて、ザキは得意げに説明をはじめる。

「これはねぇ、すごいんですよ。こっちのペアとなる羽根ペンで文字を書くと、その機械がそっくり同じ文字を書いてくれるんです! 遠くに居ても、リアルタイムで文字のやり取りができる魔法の道具なんですよー」

「FAXみたいなもん、ってことですかね? じゃあ早速書いてみて良いですか?」

 原理はわからないが要点は掴み、ブッコローは送信側となる羽根ペンを受け取る。柔らかな翼ではペンを持つことができず、仕方なくそれをくちばしに咥えた。

 意外と安定してペンが収まることに、却って不安を覚える。……いろいろ順応してきちゃっていないか、自分。




 まぁ深く考えても仕方ないので、そのまま紙へとペン先を置く。『中の人』状態だったら「異世界文具」とでも書いたかもしれないが、嘴では面倒だ。無難に「ブッコロー」とでも書くかと内心で考えて、ペンを動かしはじめて。

「うわっ何コレ、書きにくっ!?」

 開始一秒で、ブッコローの素っ頓狂な声がスタジオに響いた。あんぐりと開いた嘴からぽとりとペンが紙の上に落ちる。


「書きにくい、ですか?」

 納得いかなさそうなザキの声に、羽根ペンを咥え直しながらブッコローは必死で訴える。

「こんなに書きにくいペン、初めてですよ。え、羽根ペンってこんなもんなの? これならAmazonの激安ガラスペンの方が何倍もマシですって。ペン先が潰れてる上に、書いててめっちゃ引っ掛かる! しかも紙もなんかザラザラしてるから余計ガチャつくんですよ。うーわ、気持ち悪ッ! 僕、文字書いてて気持ち悪くなるなんて初めてですよ」

 流れるように滑らかな悪口を述べながら文字を書き記し、ペンを置いてブッコローは更にひと言ボヤく。

「インクもなんか臭いしよォ……」


「ほら、でもちゃんとこっちにも書けてますよ?」

 受信器側の『ブッコロー』と下手くそに書かれた羊皮紙を持ち上げて、ザキは困ったような笑みを浮かべながら商品を庇う。しかし、ブッコローは容赦なかった。

「要ります、それ?」

「え?」

「だって今なんてもう、写真で一発じゃないですか。スマホでパッて撮ってピッて送る方がよっぽど楽ですよ。わざわざそんな面倒な真似する人なんて居ます? ……あぁもう、ザキさん、紙がインク吸わないから垂れてきてますよ」


 掲げていた紙からインクが垂れ落ちるのに気がついて、ザキは慌てて羊皮紙を水平に持ち直す。奇しくも、受信器側の筆記具も同様に質が良くないことが露見するひと幕となってしまった。


「でもこういうのって、ロマンじゃないですか」

 商品をこよなく愛するザキは食い下がるが、ブッコローは取りつく島もない。

「ロマンなのはわかりますが、使い勝手が悪すぎますって。これ、ペンとかインクとか代えられないんですか?」

「代えられないそうです。一部でも狂うと作り直しだっておっしゃってました」

 ダメな部分の説明なのに、何故か堂々と答えるザキ。どうやら本人的には、精密な機構であることを自慢したかったらしい。


「てか、この商品、どうやって仕入れたんです?」

 今更ながらの疑問をブッコローが口にすれば、ザキは胸を張って得意げに答えた。

「作者さんに私の持ってきていたガラスペンと、物々交換してもらいました! なんか、すごい書きやすいって感動してましたよ」

「やっぱり、作った本人も書きにくいって思ってんじゃん!」


 全力でツッコミながらも、ブッコローは脳内で感心していた。異世界でも商品を仕入れられるバイヤーのコミュ力ってすげーな、と。




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