【何でもアリ】異世界文具の世界〜有隣堂しか知らない世界XXX〜

本人は至って真面目

第1話 撮影前のひと幕

〜テレレ、テッレッ♪〜(いつもの効果音)


「今回はコチラ、『異世界文具』の世界ー! 文房具王になり損ねた女、有隣堂文房具バイヤー岡崎さんです、よろしくお願いしますっ…………って、オォイ!」

 ついいつもの癖で流れるように始まりの決まり文句を口にして。

 そこでハッと正気に戻って、オレンジ色のミミズクは勢いよくツッコミを入れた。

「どう考えてもオカシイでしょうが!」


 翼を大袈裟にバサバサさせて納得いかない感情を存分に表現するその極彩色のミミズクの名前は、R.B.ブッコロー。有隣堂の運営するYouTubeチャンネルのMCを務め、忌憚きたんない毒舌でチャンネル登録者数を20万人まで導いた大人気キャラクターである。

 そんな彼の全力のツッコミを前にして、目の前の恒例動画メンバー達ははて、ときょとんとした顔を浮かべた。何をそんなに必死で訴えているのかわからない、といった表情だ。


 ブッコローのテンポが彼らに通じないのはいつものことだけれど、それでもは常軌を逸している。いまいち反応の悪い彼らを前に、ブッコローは鋭いくちばしを尖らせた。

「だから今の状況、どうなってんの!? 何ですか、ココ。有隣堂伊勢佐木町いせざきちょう本店で動画撮影するハズが、どうして異世界来てんの? でもって、平気で『異世界文具の世界ー!』って。どゆコト!?」

 懸命なツッコミに、変声器を通したようないつもの声はワントーン高くなっている。




 動画撮影前にほんの少し眠っていただけだったのに、一体何が起きているんだ。

 スタジオはいつものスタジオだけれど、窓から見える景色が明らかにおかしい。中世ファンタジー風の街並みと、物珍しそうに窓から覗き込んでくる二足歩行の獣(獣人というのだろうか?)や、耳の尖った美人のお姉さん……その辺を飛び回っている生き物も、よく見るとヒト型をしていない?

 ドッキリだと思いたいが、それにしては大掛かりすぎる。ここまで手が込んだ仕掛けなんて、ブッコローの知るテレビ局には無理だ。……そして、更に悪夢めいたことに。


 ツッコミが追い付かずにぜぇぜぇと肩で息をしながら周囲を見渡すブッコローに、プロデューサー……Pはあっさりと答える。

「ああ、なんかどうやら異世界に来ちゃったみたいだね。で、せっかくだから動画にしようかと」

「頭オカシイでしょ!!」

 付き合いが長くなるにしたがってどんどん頭のネジがぶっ飛んでいくPの言動に、喉がき切れそうな悲鳴が出た。

 ……え、おかしくない? 突然異世界に飛ばされて、「動画撮ろう!」ってなるもの? まずは帰る方法とか考えるんじゃないの?


「異世界転生、っていうらしいんですよぉ」

 こんな状況だというのに、動画の相方を務める岡崎、通称ザキはいつもの穏やかでのんびりした声でブッコローに言う。

「以前『web小説の世界』でお聞きしましたよね」

「岡崎さん、この場合は異世界転生じゃなくて異世界転移だと思う」

 Pが冷静に指摘する。


「いや、そこじゃなくて!!」

 黄色い左目をぎょろりとさせながら、ブッコローは話の通じない二人を見比べた。二人とも慌てふためくブッコローに哀れなものを見るような目を向けるが、異常なのは絶対向こうの方だ。

「それより僕のこの姿については、何かないんですか?」




 不思議なことを聞かれた、というように顔を見合わせてから二人は口を揃えて答える。

「ブッコローだなぁとしか」

 思わず後ろにひっくり返った。黒子が居るときはよくやっていたリアクションだけど、いざ自分でやってみるとわかる。この体勢から元に戻るのって結構難しい。

 寸胴な身体をばたつかせて起き上がってから、ツッコむのに疲れたブッコローはぼそっと言った。

「『中の人』が居なくなってるじゃないですか」


 ――そう。これこそが一番、異世界転移を信じざるを得なかった理由だ。

 喋る・商品を実際に触るのはブッコローの『中の人』、ブッコローを動かすのは黒子。そうやって成り立ってきたはずなのに。

 『中の人』だったはずの自分は、いつの間にかエキセントリックな色彩のミミズクと完全に同化してしまっている。


 もうガラスペンを持てなくなってしまった羽毛だらけの翼を見ながら、ブッコローはぽつりと呟く。

「これじゃ本当にミミズクですよ」

 こんな姿では、もう可愛いコを横に侍らせてワインを飲むこともできやしない。あのバイト募集の動画撮影、もう一回くらいやりたかったのに。


 しかし、ブッコローの悲哀は目の前の二人には通じない。

「私、自然過ぎて気づきませんでした……」

「こっちの方が編集ラクだから、良いと思う」

 相も変わらずマイペースなザキと、唯我独尊のPの言葉。

「…………」

 もはやツッコむ体力を失くしたブッコローは、その言葉にただカパリと嘴を開けたのであった――。


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