第6話 夜桜の下で安心する
真澄は大学三年生、隆太は二年生だ。
真澄は桜舞う公園のベンチに隆太と並んで座り、コンビニで買ったおにぎりとサンドイッチを分け合う。
互いに花びらを取っても取ってもキリがなく、隆太が空腹を訴えたので、真澄は思わず笑ってしまった。
くだらない時間を過ごす事に罪悪感を持たなくなった今日この頃。
隆太は桜が好きだ。気がつけばいつも桜を見ている。昨年弘前に誘ったのも隆太が気にいるかと思ったからだ。
合格発表の掲示板の前で喜ぶ隆太を見て、同じ高校の後輩だと思い出した。この大学の人よりも仲間になれると思ってしまい、性急に告白してしまった。
今思い出せば不自然なのに当時は必死だった。彼氏ができれば学生会からの馬鹿にした視線も少しだけ角が減ったが、真澄はすぐに学生会を辞めた。だけど隆太に学生会を辞めた事をしばらく言わなかった。
隆太が高校時代の幻を見ていると徐々に気付いて、今の私は違うと何度も見せつけた。その度に、いつか今の私は嫌われるかもしれないと苦しかった。
いつの間にか夕日が沈む時間だ。何もせず、例え頑張らなくてもに隣に居られる人のありがたさを隆太から教えて貰った。
「帰ろっか」
「ここはライトアップもしますよ」
隆太はベンチから一センチも腰を浮かさない。真澄はくすくす笑いつつも隆太の隣に座り直し距離を詰めた。
闇の中の桜を下から光が照らして浮かび上がらせる。綺麗だとため息をつく真澄の肩を隆太が抱き寄せる。最近遠慮をしないで甘えてくれるようになってきた。だから真澄も今まで以上に安心するのだ。
ライトアップしてからは公園に花見客が押し寄せて昼間のような触れ合いはできない。
だけど二人は互いだけを見つめている。
外側の声も内側の記憶も全て端に落ちて、今ここにいる二人の世界にいる。
「遅くなったからうちに来ませんか」
「え?」
真澄の驚き方を見て、隆太が慌てている。
「いや、そうじゃなくて。俺の家の方が近いから。かなり遅い時間になったから……」
「いいよ」
にこやかに返事をした真澄に隆太は安心している。
隆太の事だから本当に誘うつもりではなかったのだろう。真澄としては別に誘う意図でもよかったのだが。付き合ったばかりの頃の真澄なら何かを言っただろう。
「でもコンビニ寄りたい。ビール買おう」
「俺はノンアルです」
「もちろん」
真澄は楽しい気持ちで微笑んだ。
しっかり鍵をかけ、軽く片付けると隆太は座ってと促した。真澄はさっそくビールとノンアルの蓋を開けた。そしてテーブルの上にチーズとチョコを出す。チョコとチーズを交互に食べながらノンアルをちびちび飲む隆太を眺め、真澄は切り出してしまおうかと悩む。
ちらちらと隆太を見る。
「真澄さん?」
隆太になかなか言い出せずにいたため、退路を断とうとこちらから思わせぶりに視線を送っていた。
だから勇気を出さなければ。
「これからも私と付き合って欲しい」
緊張しすぎて固い言葉になったのに、隆太は微笑んでくれた。
「優しいね」
「優しくないです」
隆太は一気にノンアルを飲み干して缶を置いた。
「真澄さんは学祭の日に謝ったけど、俺だって謝りたい事がたくさんあるんです」
「隆太くんは何も悪くないでしょう」
「真澄さんも何も悪くないです」
悪くないという言葉に新しい感触を見出した。
「悪くないって、優しい言葉だね」
「そうですか?」
酔いでは決して得られない暖かさで胸の内が楽になった。
「良いまでいかなくてもいいんだなって……。私が今勝手にそう思っただけだよ」
隆太の言葉を一人で解釈した事に恥ずかしくなったが、隆太が頷いてくれた。
「良いまでいかなくてもいい」
それどころか大切そうに繰り返してくれた。
「今の真澄さんだけじゃなくて前の真澄さんも好きでもいいですか?」
そっと優しく、真澄が返事に困らないように聞いてくれた。
「いいよ」
隆太が今の真澄を見てくれていると、今の真澄は分かっている。二人の日々を重ねて隆太が教えてくれたのだ。
二人で飲んでいるといつの間にか午前五時。早朝のニュースの時間だ。天気予報を見るためテレビをつけると、ちょうど桜のニュースで、二人で笑い合った。
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