十二異界英雄大戦 

吉規詩乃

第1話 異界転移

 

 君は世界のために戦えるか?


 その質問に答えてはいけなかった。


 魔王を倒して五年。魔族からの侵略に恐れる日々は遠い昔のように感じられ、皆平和を悠久のものと思うようになった。


 しかし、そんなものは錯覚で、魔族も反吐を吐き捨てるような邪悪な行いが、国の裏で横行していた。


 魔族を殺すために振るっていたはずの剣は、同胞である人間に振るわれるようになり、頭を抱え、落ち込む日々が増えた。


 何故だ。皆、あれほど平和を望んでいたはずなのに、何故それをもう一度壊そうとする。私はそれが分からなかった。


 貧しい家庭の子供は売られ、その金で腹を満たす親。売られた子供はじきに性病に犯され、使い物にならなくなるとゴミの様に川に捨てられる。


川辺に流れ着いた子供の死体が、カラスに啄まれるのを何度も見た。


殺す直前、悪人は皆口を揃えて言う――『何が悪い』。


 立ち眩みを覚えるほどの憎悪。


 魔族の首を落とす時でさえ、躊躇する時があったが、同胞に振るうはずのその刃は不思議と軽かった。


 それでも、そんなことがあっても俺はこの世界を愛していた。


 自らの幸福を分け与える人々。自らを犠牲にしてまで、誰かを救おうとする人々。相手を敬い、大切な自身の一生を捧げることのできる人々。


 そういう人々がこの世界にはいる。


 魔王討伐の旅の中、闇の時代に灯った光のような、そんな人々を俺は見てきた。そして、その人々が、未だに同族で虐げ合う同胞を変えてくれるのだと信じて疑うことができなかった。


「『天帝』。もう、お休みになられてはいかがでしょうか」


 王宮では、周りに人が居なくとも、妻のイラストリアは昔の様に名前で呼んでくれることはない。


 セリブ皇国。その軍の最高司令の称号である、『天帝』。そうとしか呼んでくれない。


「すまない。皇帝から直接申し付かった急ぎの仕事なのだ。もう少しだけ……」


「仕方のない人」


 イラストリアはため息を吐きながら呟く。


「軍の最高司令とはいえ、あなたは二人の子供の父親なのですよ。そんな仕事ばかりしていては、親離れが早まりますよ」


 イラストリアは旅の中訪れた小国の姫だった。その国随一の魔法の使い手であり、魔王討伐の危険な旅に自ら志願してついて来てくれた。


 魔王亡き後、俺たちは結ばれ、二人の子宝に恵まれる。上は女の子で、下は男の子。まだ四歳と二歳だ。


 イラストリアの言う通り、既に『お父様なんか嫌い』と言われる始末。だが、それでも愛おしいのが子供というものだ。


 「成人を迎えても、親離れできない子供よりかはマシだろう」


 イラストリアは呆れていた。そう言って、いつも落ち込んでいる俺をすぐ傍で見ているのだから。


「イラストリア、私はこの世界を愛している」


「何ですか、いきなり」


「この世界をどうしようもなく愛しているから、私は自分の子供より、この世界のために戦うことを優先してしまうのだろうな」


「子供たちはそんなことは分かりませんよ」


「分からない方がいい。その平和のために、人を殺している俺のことなど、分からない方がいいに決まっている」


「…………」


「いつか――――いや、できれば、あの子たちが成人する頃には、私のような哀れな人間がいなくなればいい。皆が互いを思いやり、自己犠牲の精神で他人のために生きることのできるそんな世界になればいい」


『なら――――』


「イラストリア、何か言ったか?」


 いや、これは聞き覚えの無い声だ。


『君は世界のために戦えるか?』


 その問いが誰のものかも分からないまま。私の口は自然と動く。イラストリアが何かを話しているが、口が動くだけで声は聞こえない。何だ。


「戦える。この世界が真の平和になるためになら、俺はこの命、幾らでも掛けられる」


  闇が広がる。


  闇がどこまでも広がる。


  身体の感覚が無い。


  一体、これは。これは。


 「これは何だ――」


 闇が晴れた時、目に飛び込んできたのは無数のビル。


 俺は『渋谷』スクランブル交差点のど真ん中に立っていた。


 ……渋谷って何だ?


 『日本』の……『東京』の地名。日本は……『地球』にある国で。


 聞き覚えのない単語が何故か理解できる。理解できるが、処理が追い付いていない。自分が何故こんな状況に陥っているのかがさっぱり分からない。


 「俺は……『天帝』――『破魔天帝』グイゼリッド・アルデハルト」


 『さぁ、救世の勇者達よ。最後の一人になるまで、騙死哀、仏狩愛、殺死逢ダマシアイ ブツカリアイ コロシアイ――生き残り、真の平和を手にする世界を決めろ』


 自分が何者なのかを思い出しながら、俺は頭の中に無尽蔵に刻まれた無数の記録を反芻していた。

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