「第3章 予感って、」

「第3章 予感って、」(1)

(1)


 あの朝、母が一年は残しておきたいと言っていた父の部屋は、大樹の予想通り、十年が経過した今も残っている。母は今も実家で一人暮らしをしており、寂しい毎日を暮らしているのかと思ったが、友人達と趣味の登山や観劇に勤しんだりと意外にも充実した日々を送っていた。


 大樹は、大学時代からずっと付き合っていた美咲と数年前に結婚をした。結婚の際、美咲は母と暮らす事に賛成してくれたので、母に提案したが申し訳ないと断られた。その代わりと言っては何だが、母は美咲と仲良くしてよく買い物に行っている。


 大樹にとって、美咲との暮らしはとても張りがあったし、何より自分一人だけの人生だった意識が変わった事が大きかった。父の墓前には報告したが、生きていたらどう思っていただろうか。


 父と同じように部屋で酒を飲んで本を読むのが、最近の趣味になっていた大樹は、酒に酔った夜に時々、現状を父に報告したくなる。


 美咲と暮らし始めて三年が経過した頃、彼女との間に子供が生まれた。


 女の子で名前は由香と名付けた。


 美咲と一緒に暮らすのとは違う。自分が一からこの子を育てるのだ。娘と妻。二人の存在は大樹の活力の源となり、辛い仕事や残業も二人の為なら頑張れた。


 遅くに帰ってきても美咲と由香の寝顔を見るだけで一日の疲れが飛んでいった。


 毎日が駆け抜けるように通り過ぎていく。


 まだ言葉も話せなかった由香が、幼稚園に入るようになり、小学生になり、中学生になった。歳を取り、子供の成長が楽しみになっていく大樹。


 近頃の由香は所謂、反抗期というヤツなのか、大樹とはあまり話さなくなった。元々、朝食や夕食の時間が合わないので、平日に会話するのが難しくなってくる。


 時折、それが寂しく感じる事もあったが、美咲とは今でも変わらず仲良くなっているようなので、一先ずは安心していた。


 大樹の中で家族を育てる事はあの日から、何一つ変わっていない。

 そんなとある日の出来事だった。

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