「第2章 有効に使ってほしい」(1-2)

(1-2)


 病院に向かう最中、大きな時差式の交差点に捕まった。

 長いな、早く青になってくれないか。そう頭の中で訴えるが、この信号が早く青になったところで、果たして結果に変化あるのだろうか。


 その時にふと、とある可能性が浮かんだ。


 父が今まで大きな病気をしなかったのは、深緑の本があったからではないか。


 そして、その本を持っているのに病気になったという事は……。それは即ち、父の終わりが近いという事ではないか。


 疑問が芽吹いた途端、ウイルスのように一気に増殖して心の奥まで侵食してきた。必死に振り払おうとしても払らえない。それだけ強力だった。


 大樹に出来たのは、これ以上増殖しないように抑え込む事だけ。それがどうにか出来た時、彼を乗せたタクシーは病院へ到着していた。


 運転手に言われた通りのお金を払って、大樹はタクシーから飛び降りる。無理矢理詰め込んでいだビジネスリュックは、缶の形が出て背中にゴツゴツと当たる。


 母に病院に着いた事をLINEすると、すぐに夜間受付口に行くよう返事が来た。普段入るような入口が既に閉じられている為、母のLINE通りに行くと、そこには人があまり通る事を想定されていないような細い入口があった。


 受付で事情を話して中に入ると、丁度迎えに来ていた母と会う。母の顔は今まで見た事がないくらい青冷めていた。


「母さん、父さんは?」


「……来てくれてありがとう。父さんもきっと喜ぶよ」


 母と微妙に会話が噛み合わない。照明が弱く薄暗い夜の病院で、過去形のように話す母に大樹は違和感しかなかった。


 母に案内されて、父がいる病室に入る。


 エレベーターを上がると、薄暗い外から一転、無理に明るくしたような白の照明の下で、リノリウムの廊下が続いていた。母の後方を歩き、個室に入ると鉄パイプのベッドに父が眠っていた。本当に眠っているようで、体を揺すれば今にも起きそうだった。部屋には医者と看護師が数人いた。入ってきた大樹が彼らと目が合う。


「息子です」


 大樹に代わって母が紹介してくれた。紹介された彼らが会釈をしてくる。その丁寧な頭の下げ方で嫌でも状況が伝わってくる。


 ボスッ!


 ずっと背負っていたビジネスリュックが肩から自然とずり落ちた。その事を何とも思わず、軽くなった体で一歩ずつ父の元へ。横から母の嗚咽が聞こえてくる。


 そうか、父は死んだのか。


 今初めて、実感が湧いた。一度実感が湧くと、大樹の瞳が水の中に入ったかのように潤み、目から大量の涙が溢れ出た。

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