第4話 悲惨な末路になりました。

「高島愛華ーー!!」


保健室のドアが勢い良く開いて、近藤茉莉奈が物凄い形相で入ってきた。


「近藤さん!何なの!?」


鬼気迫る茉莉奈に危機感を抱いた保険医の大宮が愛華を守るように立ち塞がる。


「ちょっと!どきなさいよ!!」


「きゃっ!やめなさい!」


大宮を物凄い力で押し退けた茉莉奈は、愛華に掴みかかる。


「アンタが宮ノ内様にチクったんでしょ!!何なのよ⋯何で宮ノ内様があんたみたいなゴミの言う事を聞くの!?」


「ゴホッ!⋯ちょっ⋯苦しい」


首元を掴み掛かられたので息が苦しくなり、必死に引き剥がそうとするが彼女の力が凄くて上手く掴めない。意識が遠のきそうになった次の瞬間に、茉莉奈の体が勢いよく後ろに吹き飛んでいた。


「きゃあ!!」


フラついて倒れそうになった愛華を誰かが受け止めてくれた。だがそれが愛華が会いたくない人物だと、香るフレグランスの匂いが教えてくれた。


「遅くなりました。まさかこんな暴挙にでるとは⋯思っていた以上に愚かだな」


愛華はこの男が怖くて目を開けられずにいたが、彼は気を失ったと思ったのかソファーに優しく寝かせてくれた。


「み⋯宮ノ内様!!何でこんな女を⋯」


「こんな女?まさかお前は今、愛華をこんな女って言ったのか?」


(えっ?愛華って呼び捨て!?)


茉莉奈の髪を鷲掴みして無理矢理立たせた宮ノ内は、包帯を切る為に置いてあったハサミを徐に掴むと彼女めがけて振り落とし、刃を眼球すれすれで止める。


「その目は節穴だからいらないよな?」


「代表⋯その辺でおやめ下さい」


危険だと思った香坂が止めに入るが、宮ノ内はあの狂気に満ちた目で茉莉奈を睨み付けている。


「止めるな。こいつは愛華をこんな女って言ったんだぞ?それにこいつの目が無くなろうと誰も気にしない。ああ⋯むしろ感謝されるだろう」


そう言って宮ノ内は持っていたハサミをまた振り上げた。今度は本当に突き刺すつもりなのだろう。茉莉奈は恐怖で体を震わせ涙と鼻水を垂れ流しながら助けてと懇願している。


「やめて!!」


私は急いでソファーから起き上がり、振り上げた宮ノ内の腕を必死に押さえる。


「愛華?大丈夫か!?怪我は⋯ああ良かった!愛華⋯愛華⋯」


宮ノ内は持っていたハサミを落とすと、安心したように愛華の名前を呼びながら強く抱きしめてきた。


(何なのこの人⋯怖い)


「貴方は何なんですか?何で私をこの学校に入学させたんですか!?答えて下さい⋯っていうか離して下さい!」


「嫌だ、今は離したくない。やっと⋯やっと愛華に触れられたんだ。相変わらず君は綺麗な人だ」


「⋯触れられたって⋯おい、いい加減に離せ!変態か!ここの理事長は変態なのか!?」


「おい、君!」


愛華の暴言に流石に顔色を変える香坂をよそに、何故か暴言を吐かれた宮ノ内は嬉しそうだ。


「あんた何で笑ってんの?」


「いや、嬉しくてね。ああ、あんたじゃなくて優斗と呼んでほしいな」


「心から嫌です。」


そんな私に嬉しそうに纏わりついてくる宮ノ内をあしらっているのを、香坂が唖然とを見ていた。冷徹、完璧、天才という名が相応しい宮ノ内優斗。日本屈指の大財閥である宮ノ内家の御曹司として政財界では知らない者はいない。宮ノ内家当主で父、宮ノ内優一郎の次男として生まれたがあまりにも優秀な為、次期当主と呼び声が高い寵児だ。


誰もが彼の前に立つと萎縮し、正常ではいられなくなる。女は彼の虜になり、男は彼に屈服する。


(なのにこの子は何なんだ?代表をこんな雑に扱うとは⋯)


「愛華」


「名前を呼ぶな」


「嫌です。愛華、近藤茉莉奈は今日で退学になります。謝罪はされましたか?」


「え、退学?さすがに厳しくない?」


確かにやられた事は許し難いが、それだけで退学は厳し過ぎる。


「近藤茉莉奈がこういった暴挙に出たのはこれが初めてではないのですよ。調べたらもっと酷い目にあった生徒もいたみたいです。これは隠蔽体質の学校側にも問題がありました。」


「⋯。今後はこんな事がないように徹底するって約束してくれますか?」


「愛華に誓って約束します。」


「いちいちキモい!」


「あ⋯あ⋯高島さん!!申し訳ありませんでした!!」


茉莉奈は頭を地面につけ、土下座して謝ってきた。彼女の惨めな程の必死さとこの状況を早く終わらせたくて愛華は許す事にした。


それから茫然自失のまま教室に戻った茉莉奈と彼女の退学を皆に伝える担任の水口。だが心配する生徒や、荷物を纏める茉莉奈に声をかける生徒は一人としていなかった。生徒も教師も皆掌を返したように茉莉奈を無視した。まるで今までも存在が無かったかのように目すら合わせない。今まで媚び諂ってきた校長もふらふらと廊下を歩く茉莉奈を見もせずに横を素通りして行ったのだった。


それから愛華はというと宮ノ内という男から逃げ回るのに必死で手の怪我など忘れてしまうくらいだった。最終的に校門で待ち伏せしていた宮ノ内に捕まる前に上手く裏門に周りこんだ所を香坂に見つかり、生徒達が見ている中で引き摺られるように宮ノ内の高級車の中に放り込まれた。


「おい、イケオジ。覚えてろよ?」


「⋯」


香坂は聞こえないフリをして運転席に乗り込んだ。車の中では、気持ちが悪いほどの満面の笑顔の宮ノ内に出迎えられた愛華は怒りのままに持っていた鞄を彼に投げつける。だが、それを華麗にキャッチした宮ノ内は鞄を綺麗に叩くと何事も無かったように愛華に返す。


「何で私に関わってくるの!?一人で帰れるし、これは完全に誘拐だからね!」


「という事は愛華を何処へでも連れて行って良いんですね?」


「はぁ⋯話が通じない人ですね⋯。貴方はこの学校の理事長で私はごく普通の生徒です!貴方は私からしたら関わる事のない人なんですよ!」


「それは私が決める事です。それに愛華はごく“普通”じゃないですよ?今はまだ自覚がないみたいですが⋯」


意味深な事を言う宮ノ内だが、これ以上話しても埒があかないので黙っている事にした。だが宮ノ内の視線がずっと愛華を離さない。気まずい空間に耐えた愛華は、家の近くで降ろしてもらい逃げるように走り出した。


「明日また迎えに行きます」


そう言われた愛華は、明日は早く起きて家を出ようと決めたのだった。それから家に帰ると、母親に怪我のことを聞かれたが転んだと上手く誤魔化した。その夜、近藤グループの経営権が宮ノ内の傘下の会社に買収されたというニュースで見て言葉を失う事となった。


スマホで詳しく調べた所、近藤グループは事実上倒産で社長の近藤章雄は解任騒動なら何やらで過労で倒れ入院中らしい。章雄は一晩も経たずに大企業のトップから無職になったのだ。


「あいつ鬼畜かよ⋯」












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