128 相談

「何の騒ぎですか!?」


 そう言って教室に飛び込んできたのはヘルムート先生だ。

 先生は教室の状況を見て目を白黒させる。

 なにせ、抜身の剣を手にしたクロエが俺のことをじっと見つめてるんだからな。

 ゴランが医務室に担ぎ込まれたことは知ってるんだろう。


「またですか、クロエさん」


 はーっとため息をつきながら訊く先生に、


「実力差も弁えず、先に手を出してきたのはあっちのほうよ」


「そうなるようにあなたが挑発したんじゃないですか?」


「彼みたいなのがいると皆のモチベが落ちるわ。叩きのめして再起不能にしたほうがクラスの雰囲気もよくなるでしょう」


「勇者の発想ではありませんね」


「勇者の目的は世界を救うこと。そのためなら手段を選ぶ必要はない。いえ、選んでいるような余裕があるのなら、誰も勇者になど頼らない」


「極限状況なら、そうしたこともあるでしょうね。しかし、今は平時です」


「平時? 平時ですって? 今も魔族が暗躍し、人知れず苦しんでる人たちがたくさんいるというのに? 認識不足も大概にして!」


 クロエは白刃の切っ先をヘルムート先生に突きつけた。


 だが、さすがに先生もこの学院で講師をやってない。

 まったく動じず、ため息すらついてみせた。


「あなたはそれさえなければ優秀な勇者生徒なんですけどねぇ。上級クラスに入りたいなら最低限の協調性は身につけてもらいたいものです」


「生ぬるい上級クラスなんかに興味はない」


「あなたが目的を達成するためにはより高度な教育を受ける必要があります。必要ないとは言わせませんよ? 勇者がいかに卓越した個の力を持つとはいえ、独力では身に着けられない知識や技術、知見もあるものです」


「それは……」


 クロエの剣先がわずかに下がる。


 その隙に、ヘルムート先生が動いた。


 先生はクロエの剣の刀身を指でつまむ。


 クロエは驚いて剣を引こうとする。


 先生は刀身を指先で把持したまま、クロエの引く方へ逆に押す。


 体勢を崩しかけたクロエはとっさに剣を持ち物リストに収納した。


 ヘルムート先生は持ち物リストから取り出したナイフを「投擲」。


 クロエはリストから取り出した剣でナイフを弾く。


 別のナイフを取り出し詰め寄る先生と、それを迎え撃つクロエの中間で、なんの脈絡もなく小爆発が起きた。


 俺が「詠唱省略」で放った「爆裂魔法」ミニプロージョンだ。


「この学院は生徒も講師も血の気が多いのか?」


 俺の言葉に、ヘルムート先生は気まずげに咳払い。


「……いえ、教育の一環ですよ。人に剣を向ければどうなるか、身に沁みなければわからないようでしたので」


「意外と過激な教育方針なんだな」


「僕は買っているのですよ。クロエさんなら上級クラスでも十分やっていける。くすぶっているのはもったいない」


「その偽善者じみた笑いが薄気味悪いのよ」


 たしかに、いつもどおりの笑みを浮かべながら容赦ない奇襲をかけたヘルムート先生はおっかなくはあった。

 クラスの生徒の何人かもドン引きしたような顔をしているな。


 が、ヘルムート先生は淡い笑みを崩さずに、


「……怪我人がなかったならよかったですよ。ゼオン先生、着任早々ご迷惑をおかけしました。さあ、解散だ。次の講義の準備をしなさい」


 そう言うと、さっさと教室を出ていってしまった。


「……この騒ぎでなんのお咎めもなしなのか」


 おもわずつぶやく俺に、


「勇者は冒険者以上に自力救済が基本ですから。人を助けるのが勇者であって、助けられるのではお話になりませんわ」


 とヘンリエッタ。


「ゼオン先生……」


 そう声をかけてきたのはクロエである。


「進路相談に乗ってほしい」


「進路相談……?」


「生徒には講師に相談を申し込む権利がありますわ。でも、クロエさんが、ですか」


「縦ロールには関係ないでしょ。それで、先生。いつなら空いてる? 私は次のコマは講義がないんだけど」


 そう言って上目遣いに俺を見るクロエの目は真剣だ。


「……わかったよ。話を聞こう」


 とはいえ、まさか教室で話を聞くわけにもいかない。

 俺はクロエを伴い、学院の食堂へとやってきた。

 まだ午前の二限目の時間だからか、食堂には人影がない。

 俺には個室を用意してくれるという話なんだが、清掃や備品の準備がまだ済んでいないらしい。


「で、話っていうのは?」


 それぞれ飲み物を購入してから隅の席に位置取り、俺はクロエにそう訊いた。


「私はとある魔族を探している。父を操り、私の家族を父に殺させた女魔族――ネゲイラを」


「ネゲイラだって!?」


「知ってるの!?」


「知ってるも何も……」


 俺は領都クルゼオンで起きたスタンピードと、その背後で暗躍していたネゲイラについて話す。

 さすがにシオンがネゲイラの魅了によって操られていたことは伏せておく。


「『古豪』のベルナルドもネゲイラには因縁があるようだったな。クロエもとは思わなかった」


「単刀直入に訊くわ。私に、奴を斬れると思う?」


「それは……」


 どうだろうな。

 たしかに、クロエの剣技の冴えは凄まじい。

 前回ネルフェリアで「上級剣技」持ちのリコリスと対峙する機会があったが、クロエの剣はそれ以上に鋭いと感じた。

 しかしそれでも、


「……わからないな。他者を簡単に魅了し、空間転移まで使ってくる相手だ。それだけでも厄介なのに、まだ手の内をすべて見せてるわけじゃないだろう」


 クロエが単純な剣士タイプなのだとしたら、ネゲイラとは相性も悪そうだ。


「あなたならどう、『涙の勇者』?」


「正直なところ、自信はないな」


「そう言うってことは、やれるかもしれないと思ってるということね」


「俺にも切り札の一つや二つはあるからな。前に対峙した時よりは戦えるはずだ」


 以前ネゲイラと対峙したのは、クルゼオンでのスタンピードの直後だ。

 その頃はまだ勇者になっていなかったし、レベルもずっと低かった。


「私のギフトは『天稟てんぴん』。一切のスキルが習得できない代わりに、およそこの世のあらゆることに天才的な素養を発揮する……というもの」


「おいおい、初対面の相手にいきなりそんな秘密を……」


「べつにあなたにもギフトについて明かせというつもりはないわ。私のギフトは内容を知られたところで対策の立てようもないもの」


「強いギフト……なんだろうな」


「そうでもないわね。スキルの習得というお手軽な方法が取れない私は、その分修練を積み重ねる必要がある。修練っていうのは、いわゆる『経験』とは別の意味での修練よ」


 この世界における「経験」とは、主にモンスターとの戦いによって得られるものだ。

 「経験」を積むことでレベルが上がり、スキルを覚える。


「『経験』でレベルが上がるのは他の人と同じだけれど、私はスキルを覚えない」


「だから剣術の修練に励む必要があるのか……ブレイブキャリバーでやってたみたいに」


 だとしたら、クロエはどれほどの時間を剣の修練に注ぎ込んできたんだろうな。

 いくらギフトによって天才並みの才能が保証されるとはいえ、並外れた努力が必要となることに変わりはない。


「剣だけじゃない。魔法も修練は積んでいる。ただ、魔法は剣以上にスキルに依存する部分が大きいみたいね」


「ああ、火の玉を生み出すみたいなことが感覚だけで簡単にできるわけがないよな」


「魔法も使えるようにはなったけれど、実戦レベル――それも勇者としての実戦で求められるレベルにあるとは思えない。でも、ひとつだけ希望がある」


「希望?」


「ええ。精霊に認められること。精霊に認められた勇者は特殊な能力を授かると聞いている。それはいわば、ギフトをもう一個授かるようなもの」


「なるほど、そういう見方もできるか」


 俺の加護ブレッシング「哭する者」は、涙の気配を感知するという特殊なものだ。

 こんな能力が通常の努力や「経験」の延長線上で得られるとは思えない。

 その意味では、神から授かるギフトと精霊から授かるブレッシングはよく似てる。


「クロエは真の勇者になりたいのか」


「なれるものなら、ね。でも、たやすいことじゃないのはわかってる。『天稟』でネゲイラに届くだけの力を蓄えることができならそれでいいけど、精霊から力がもらえるならそっちのほうが手っ取り早いわ」


「それはそう……だけどな」


「だから、教えて。どうしたら私は精霊から認められることができるの?」


 と、真剣そのものの顔でクロエが訊いてくる。


 その真剣さの裏には押し留められた大量の涙があった。

 ネゲイラのせいで家族を失ったんだから当然だろう。

 教室では他人を寄せ付けない態度のクロエだが、家族への想いは相当に深いみたいだな。


 クロエは突然現れた俺という一縷の希望にすがりつこうとしている。


 だが、


「……精霊に認められる条件は、正直言ってわからない。ケースバイケースとしか言えないだろうな」


 初めての教え子から突きつけられた切実な問いに、その日の俺はまともに答えることができなかった。


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