101 対スルベロ・勇者称号
※予約ミスで本日二話更新となってます。前話の読み飛ばしにご注意ください。
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「俺が……勇者に?」
俺が勇者と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、当然「古豪」のベルナルドのことだ。
だが、勇者という言葉には二つの意味がある。
ひとつは、本当の意味での勇者。
精霊から授けられた力を使って悪しき存在と戦う勇気あるものたち。
もうひとつは、そうした真の勇者の生き様に打たれ、自らも勇者となるべく研鑽を積むものたちだ。
厳密に言えば、後者の「勇者」は本当の意味での勇者とは言えない。
だが、精霊から力を授けられた「本当の意味での勇者」なんて、歴史を数百年以上遡らないといないからな。
その歴史上の勇者だって、本当に精霊から力を授かっていたのかを疑問視する声もあるほどだ。
だから、今の時代に「勇者」といえば、最初に挙げた後者の――勇者を
じゃあ、彼らは偽物なのかって?
まあ、偽物といえば偽物だな。
でも、勇者連盟に所属してる勇者たちが世のため人のために戦ってることは間違いない。
連盟から勇者と認定されるには、人格的にも優れている必要がある。
ベルナルドのように、一癖二癖ありはしても、根っこの部分では善意の正義漢(男とは限らないが)であるものが多いらしい。
だからこそ、
現代に本当の意味での勇者がいない以上、彼らを偽物と断じることができるだろうか?
今の時代には彼らこそが「勇者」であると言っても、べつに言い過ぎではないはずだ。
しかし、今ウンディーネが口にした勇者という言葉は、あきらかに前者の――古の勇者、本物の勇者のことを指している。
「大精霊には、勇者を生み出す力がある。でも、それはひとつの勇者称号ごとに一回きりの能力。いちばん強力な『水の勇者』の称号は、太古の昔にあげてしまった」
「『水の勇者』ドロクーバのことか?」
と、俺は古の勇者の名前を挙げる。
「懐かしい名前。そう、彼はとてもよくやってくれた」
ウンディーネが目を細めてそう言った。
「大精霊には、それぞれ勇者に与えるための称号が割り当てられている。私なら、『水の勇者』に始まり、『怒涛の勇者』、『波濤の勇者』、『湖の勇者』、『清流の勇者』、『暗渠の勇者』、『嵐の勇者』、『豪雨の勇者』……」
聞いたことがあるものもあれば、それでないものもあるな。
「でも、ほとんどの称号は与えてしまった。長い歴史の中で、この地を訪れた勇者候補者はそれなりの数になる。魔王と戦うために、あるいは、長引く戦乱に終止符を打つために……勇者たちはここを訪れ、私から力を授かった」
「それを……俺にもくれるっていうのか?」
「まずは貸し与えるだけ。その力で『試練』を乗り越えれば、あなたは精霊に認められた勇者となる」
「デメリットはあるのか?」
「とくには。『試練』で命を落とすかもしれないというだけ」
「いや、それはデメリットだろ……」
まあ、スルベロを放置するという選択肢がないんだから同じことか。
スルベロをどうにかするというのなら、その戦いを勇者になるための「試練」扱いにしてあげよう――ウンディーネはそう言ってくれてるのだ。
あんな全能力値がカンストしてるようなモンスターと戦うんだからな。勇者の力がもらえるっていうんならこんなに有り難いことはない。
「この世界の最大の問題は、物語がすでに終わってしまっていること。勇者の称号もほとんど枯渇している。そうでなくても、あなたに水系統の勇者称号を与えるのは大変」
「どうしてだ? ……ああ、属性値の問題か」
俺の言葉にウンディーネがうなずいた。
「私から勇者称号をもらうようなものは、水のマナの扱いに長け、水の精霊に好かれていることが多い。そうでないものもいたけど、さすがに水の精霊からここまで嫌われている候補者はいなかった」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「だから、あげられる称号は大したものじゃない。得られる力は微々たるもの。それでもよければ……」
「ああ、有り難く力を借り受ける」
「しゃがんで」
「え? こうか?」
俺がウンディーネにかがみこむと、ウンディーネは俺に飛びつくように抱きついてきた。
「むう。今の身体は小さすぎ」
「昔は大きかったのか?」
「それはもう、ボインボインだった。何がとは言わないけど」
「いやそれ、もう言ってるだろ」
「じっとしてて」
ウンディーネは俺の頭を両腕で引き寄せると、俺の頬に唇を当てた。
冷たく湿った――だが不思議と温かくも感じる感触。
唇の触れた箇所から、とてつもない力が流れ込んでくる。
「う、あ、あ……」
それは、圧倒的な悲しみだった。
守るべきものたちを失った霊獣たちの無念、後悔、悲嘆。
その深く痛ましい悲しみは、スルベロの肉体よりもなお巨大。
七柱の霊獣たちがそれぞれに積み重ねてきた部族の獣人たちとの触れ合いの思い出が、走馬灯のように俺の脳裏を流れていく。
いや、本当の走馬灯だって、こんなに早くはないだろう。俺の脳を焼き切り、精神を押し潰すような速度と密度。狼の霊獣アッティラは狼の獣人の巫女スルンダと恋仲にあったが、スルンダは入植してきた人間に無惨にも殺された。獅子の霊獣スパーダは忘れられた祠に供え物を続ける老婆クルチナの孫を救おうとして人間の罠にかけられた。そのクルチナは目の前で孫を殺されたショックで正気を失い、新生教会の悪徳神官の口車に乗せられ、財産をすべて教会に寄進し、飢えと寒さの中で病死した。亀の霊獣ドルパニアはまだ年若い少年シャーマン・カカラスを寵愛していたが、カカラスは幼馴染の少女を惨殺された憎しみで霊力を暴走させ、部族を集落ごとこの世から消滅させてしまった。鷲の霊獣シュシュタリアンは――その従者であるケルナッソーは――鷹の霊獣キリセリオンとその巫女のユーシュは……
……無数の名が、無数の悲しみが、無数の涙が、俺の意識に押し寄せてくる。
俺の視界が涙でにじみ、喉からは嗚咽が。
心臓が痛いほど引き絞られて、頭から血の気が引いていく。
「ゼオン! どうしたの!?」
遠く聞こえるウンディーネの声。
いつも冷静な彼女らしくなく、うろたえているようだ。
「う、ウンディーネ様!? マスターに一体何をしたんですかぁ!? マスターに危害を加えるならウンディーネ様といえども許しません!!!」
珍しく激怒しているレミィの声。
ウンディーネの声の裏にも悲しみが。流された涙の匂いが染み付いている。
レミィの声には、今生まれたばかりの悲しみが滲んでいた。
「ちょっ、ゼオンくん!? しっかりして! 君がここで死んだら洒落にならないって!」
アカリは――ああ、なんてことだ。
俺より一個二個年上なだけのこの少女は、どれほどの涙を流し、呑み込んできたのか。
今の俺にはそれがすべてわかる。
知ろうと思えば、彼女の過去の涙とその原因をすべて追体験することもできるだろう。
今の俺には、ほんのささやかな涙の跡ですら――拭い取られ、押し込められて乾ききった後に残ったほんのわずかな涙の痕跡ですら、すくい取ることができるのだ。
いや、それだけじゃない。
リコリスが、リコリナが、眠れぬ夜に流した涙が。
ネルフェリアの人々の呑む涙の数々が。
さらに遠く、領都クルゼオンの方角には、目もくらむほどの涙の星々がわだかまっている。
大陸が――世界が泣いている。
押し殺され、秘密にされたかすかな涙の気配すら、今の俺にはありありと感じられる。
これが――この力が。
「『涙の勇者』」
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