05 死中に活を
架空世界仮説――という言葉をご存知だろうか?
この世界は、古代人によって造られた架空の世界である――という学説だ。
うさんくさい話に聞こえるかもしれないが、一応、一部ではそれなりに信じられてる学説らしい。
架空世界仮説によれば、この世界の成り立ちはこんなふうに説明される。
原始の状態から高度な文明を生み出した古代人は、極度に発展した技術によって、もはや食うために労苦する必要がなくなった。
水を汲み、薪を割る必要もなければ、畑を耕す必要もない。
いかなる労働も、俺たちには想像もつかない高度な技術によって、人の手を煩わせることなく片づけられるようになった。
古代人は、日々の労働から完全に解放されたのだ。
しかしそうなったらそうなったで、暇を持て余すのが人間というものだ。
古代人は、人生そのものがすべて暇、という状況をなんとかするために、仮想の空間に複雑なルールによって制御される遊戯性のある空間を創り出した。
古代人は、この空間が大層お気に召したらしい。
最終的に古代人は、自らの肉体をかなぐり捨て、その空間内に「移住」した。
世代を重ねるうちに「移住」前の記憶は失われ、仮想だったはずの世界はいつしか当たり前の現実となり、人々は
成人するとギフトがもらえるだとか、神の託宣によってステータスがわかるだとか……。
ちょっと深く考えると不可思議としかいえないような現象が当たり前のものになってるのはそのためだ――というのだ。
架空世界仮説について、俺の感想を言おうか?
正直言って、やっぱりうさんくさい。
説明として筋が通ってるような気はしなくもないが、その説明が事実であることを確かめるすべがないんだからな。
こんなの言ったもの勝ちなんじゃないか? というのが正直な感想だ。
その仮説があることで人々の生活が少しでも豊かになるのか? といえば、もちろんそんなことはないわけだしな。
太陽が東から昇り西に沈む理由がわかったとしても、おそらくその知識が生活に直結して役立つことはないだろう。
もちろん、どんな知識がどんな役に立つかはわからないところもあるだろうが、今のところ架空世界仮説が人の役に立ったという話はない。
それでもまあ、この世界の成り立ちを最もそれらしく説明してる唯一の説ではあるんだよな。
ともあれ、俺もまた、成人の儀によってギフトを授けられた。
Gift―――――
下限突破
あらゆるパラメーターの下限を突破できる
―――――――
「あらゆるパラメーター……ね」
そもそもパラメーター――ステータスにあるLvやHPやINTといったものは、「経験」に伴い増えるものであって、減ることはない。
「下限を突破しようにもどうやって下げるかって問題があるんだよな」
高難易度ダンジョンに出没するモンスターによる特殊な攻撃や特殊な罠の中には特定のパラメーターを下げるものもあるという。
しかしそもそも、苦労してパラメーターを下げても、何もメリットが思いつかない。
単に自分が弱くなるだけなんだからな。
「そういえば、『下限』ってのはいくつのことなんだろうな?」
シオンの「上限突破」はわかりやすい。
たとえば俺のレベルなら、ステータス上の表記は「LV1/10」となっており、俺のレベルの上限は10である。
シオンはもう少し高く、13だった。
勇者パーティに選ばれるような奴は、レベルの上限が20~25と聞いている。
シオンの現在のところの上限は13だが、「上限突破」があれば青天井でレベルを上げられる。
そりゃ、勇者パーティにスカウトされるわけだよな。
「レベルの下限は……1か? だが、レベルを0にしたところでステータスがさらに下がるだけだよな?」
下げようにも下げられないし、そもそも苦労して下げるメリットがない。
というか、デメリットしかない。
だからこそ、そんなギフトを授かった俺は悪魔の使いであり、俺が転落の人生を歩むのは天罰である――
そんななんの根拠もない言いがかりがまかり通ってしまったわけだ。
苦い顔で洞穴をそろそろと進んでいくと、
「ん?」
洞穴が、途中で二股に分かれていた。
向かって右側はこれまでと同じような洞穴が続いてるが、やや上り傾斜になってるな。
普通に考えて、岩山付近の地上に出られるルートだろう。
対して左側の方は、洞穴の壁が崩れて、人工的な真四角の石造りの通路が覗いてる。
その奥は濃い闇に閉ざされ見通せない。
「まさかこれって……ダンジョンか?」
ダンジョン。
それは、財宝と試練と魔物の眠る迷宮だ。
架空世界仮説の立場では、ダンジョンとは冒険者が己の力量を試す試練の場、あるいは、力を磨くための修練の場であったとされている。
実際のダンジョンがどうかと言われれば、おおよそ仮説信奉者の主張通りの場所ではある。
外と比較してモンスターの湧出がかなり早く、内部構造が曲がりくねっていて、外では滅多に見つからないような強力なアイテムが眠っている。
そして、その最奥にはダンジョンボスと呼ばれる強力極まりないモンスターがいる……らしい。
そんな危険とわかりきってる場所に入り込むのは、基本的には自己責任だ。
もしその中で事故に遭っても、冒険者ギルドは助けてくれない。
ともにダンジョンに潜るパーティメンバーですら、どうしようもなくなれば仲間を見捨てることがある。
お互いにそういう可能性があるのだからお互い様であり、たとえ仲間を見捨てたとしても、誰かから責められることはない。
もちろん、そんな必要もないのに故意に見捨てるようなことをすれば悪評は立つ。
でも、逆に言えば、「悪評が立つ」だけともいえる。
ダンジョン内で起きたことはその場に居合わせた者にしかわからないからな。
もし私怨で仲間を見捨てたり、成果を独占するために仲間をわざと見殺しにしたりしたとしても、外に出てしまえばわかりようがない。
よって、ダンジョン攻略は、基本的には冒険者の自発的な意思に任される。
だが、かといって、ダンジョンを完全に放置していいわけでもない。
ダンジョン内ではモンスターの湧出がかなり早い、という話をしたよな。
限られた空間内に多数のモンスターが溢れれば、やがて居場所を失うモンスターが出るのは必然だ。
そうしてダンジョンから溢れ出したモンスターは、直接人を襲うこともあれば、他の地上のモンスターを脅かしてモンスターの大規模な移動を引き起こすこともある。
勇者パーティが追い求め続けている魔王なる存在の陰謀だという説も根強いな。
ともあれ、ダンジョンを完全に放置していると、ダンジョンからモンスターが溢れ、周辺に被害をもたらすことがある。
ダンジョンフラッド。
そう呼ばれる現象だな。
「ポドル草原のゴブリンの群れは、このダンジョンから溢れてきたっていうのか?」
だとすると、思ってたより大事だぞ。
「百歩譲って俺がへまして死ぬのはしかたないにしても、この情報だけは持ち帰らないとな」
冒険者は自己責任が原則だ。
駆け出しとはいえ冒険者の自分がへまをして死ぬのは、冒険者としての自分の責任だ。
もちろん、状況を切り開くための努力はするが、たとえどうしようもなかったとしても、誰かに恨みをぶつけることはできないのだ。
だが、このダンジョンの情報を持ち帰られるかどうかは、また話が違ってくる。
俺がこの情報を持ち帰れれば、周辺地域に被害が出る前に対策が打てる。
もし持ち帰れなければ、初動が遅れ、領民たちに被害が出るおそれもある。
「まあ、俺はもう、クルゼオンの次期領主ではないんだが……」
選んで生まれた身分ではなくとも、経済的には裕福な環境で育ったのは事実だ。
その環境を支えていたのは、領民たちから徴収した税である。
たとえ嫡男でなくなったとしても一定の責任はあるはずだ。
「いや、違うか」
そんな抽象的な話じゃない。
屋敷では、トマスやコレットのような使用人たち。
冒険者ギルドのミラや、その他にも依頼者として関わったことのある職員や冒険者たち。
草原への道筋で俺を拾ってくれた親切な行商人。
他にも、挙げればキリがないほどたくさんの人に支えられて、俺はこれまで生きてきた。
「たとえ廃嫡されたとしても、そういう縁までなくしたわけじゃない……よな」
俺なんて次期領主の地位を失えば、すぐにそっぽを向かれるんじゃないか――そうも思った。
でも、そうじゃなかった。
もちろん、そういうやつだっているだろう。
だが、俺が実家を追放されたことを知られても、これまでと態度を変えない人たちがたくさんいた。
親父やシオンには手のひらを返されてしまったが、結果的に俺は、俺のことを大事にしてくれてる人が誰なのかを、これ以上ない形で確かめることができた。
シオンの言うように俺の人生が下限を突破して転がり落ちはじめたのだとしても、下限を突破した先にもまだ、人生があった。
それこそが俺の人生の下限突破だったのかもしれないな。
そんな下限突破のしかたなら、案外悪くはなさそうだ。
「弱気になってる場合じゃないぞ、ゼオン。そういう人たちのためにもちゃんと生きて帰らないとな」
決意を新たにする俺だったが、そこで分岐の奥から気配がした。
地上に続いてるっぽい洞穴の方だ。
多数の足音と耳障りなゴブリンたちの喚き声……。
「くっ、どうすれば……」
後ろに引き返すのは下策だろう。
後ろは行き止まりだったからな。
あいつらの目的が俺の落ちた穴の確認である可能性もかなり高い。
獲物である俺がいなくなったのは穴に降りた(落ちた)からではないか?
ゴブリンでもそのくらいの知恵は働くだろう。
やってくるゴブリンどもに爆裂石を使う?
ダメだ。
数はかなり減らせるだろうが、下手をすれば俺まで生き埋めだ。
本当にどうしようもなくなるまで爆裂石には手をかけたくない。
となると、道は一つしかない。
「ダンジョンの中に入ってやりすごす……」
あいつらがダンジョンからあぶれたモンスターだとしたら、ダンジョンの中に戻ることはないはずだ。
逆に言えば、ダンジョンの中にはあいつらより強いモンスターがいるってことになるんだが……。
「ダンジョンの壁は壊れないらしいからな」
爆裂石を使うこともできる。
もっとも、爆裂石は一個しかない。
モンスターが外より圧倒的に湧きやすいダンジョンの中で、たった一個の爆裂石が、どれほどの役に立つだろう?
「夜はゴブリンの活動が活発になるんだったな。朝までダンジョン内に身を潜められれば……?」
それでもなお無謀だが、生き埋め覚悟で爆裂石を使うよりはマシかもな。
「でも、ダンジョンだぞ……?」
ダンジョンがどれほど危険かは、領主の名代としての仕事でも何度となく聞かされた。
綿密な準備と十分な戦力の確保が必要な上に、もしそうしたとしても、ダンジョンから誰一人として戻らないことも決して珍しくはないという。
そのダンジョンに、準備も戦力も計画もなく乗り込もうとしてる馬鹿がここにいるというわけだ。
躊躇う俺の背中を押すように、分岐の奥から聴こえるゴブリンの声が大きくなった。
明らかに複数体で、殺気立った声を上げている。
これ以上ぐずぐずしている時間はない。
「死中に活を求めるしかない。覚悟を決めろ、冒険者ゼオン」
俺は両手で頬を叩いて気合いを入れると、ダンジョンの闇の中へと飛び込んだ。
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