第5話 自分にできる方法で

 冒険者になろうと思ったきっかけは単純だ。

 お金を稼ぎたかったから。

 私は大家族に生まれたけれど、ある時期から税金の取り立てが厳しくなって、両親は子供の面倒を見きれなくなった。

 だから、十三歳になっていた次女の私は家を出ることにした。

 私が自立すれば家計の負担も減るし、仕送りすることで両親を助けられる。


 そう思っていた時期もありました……。


 冒険者になるため一年間の教習を受けて、いざ新人としてスタート!――したものの、自分の能力でやれそうなジョブがテイマーしかなかった。


 単独では戦力にならないので、パーティーに誘われることはなかった。

 仲間に加えてもらった時期もあるにはあったよ。でも使役できる上限が一匹から増えないことや、高ランクのモンスターをテイムできないことなどもあってあっさり追い出された。


 そんな感じでつまずいていたら、家族は取り立てに耐えきれず、よその土地に引っ越していた。私になんの報告もなしに。


 だからもう、家族とは絶縁状態。

 そこからも失敗しまくり、馬鹿にされ、それでもマルフのようなかまってくれる人たちのおかげで生き延びてこられた。


 そろそろ陰口叩いてる奴らを見返したいし、マルフやリオネさんたちには恩返しがしたい。モフランとなら、できるかな……。


     ☆


 安宿やすやどの傷ついた窓から朝日が入ってきている。私はゆっくり目を開けた。

 寝返りを打つと、モフランの頭が見える。

 私はベッドから下りた。


「モフラン、おはよう」

「モッフ」


 モフランはゆらゆらと体を揺さぶった。挨拶のつもりなんだろう。かわいらしい。


「今日は思い切って報酬の高いクエストを受けてみよう」

「モフ?」

「一緒に成功させようね!」

「モフ!」


     ☆


 ギルドのクエストボードに貼り出された大量の依頼用紙を眺める。

 モフランの能力を考えるに、討伐対象が複数のクエストは避けた方がいいだろう。

 単体で確認されていて、なおかつ私の氷塊が通りそうな相手。


「これだ」


 グレートムーンと呼ばれる巨大な熊のモンスター。危険度はB。グレートムーンは攻撃力が恐ろしく高いものの、動きが鈍いため時間をかけて立ち回れば倒せると言われている。だったら、機動力を持つ私にとって有利な相手だ。


「これ、行かせてください」


 受付カウンターに持っていく。


「本当に、行かれるのですね?」


 受付嬢のユノさんが心配そうに言ってくる。灰色のショートヘアが印象的な女性で、落ち着きある振る舞いが男の冒険者からは人気だ。


「大丈夫です。……駄目だったら逃げてきます」

「そうしてください。死亡報告を聞かされるのはこちらもつらいですからね……」

「無理はしません」


 ユノさんはうなずき、承認の判をついてくれた。

 ギルドは基本的に、冒険者と依頼人をつなぐだけの存在だ。ランクなどは設定しているものの、冒険者と討伐対象にランク差があるからといって止められることはない。


 ケガをしても殺されても自己責任。それが冒険者だ。


 外に出るとモフランがぽよんぽよんと跳ねて近づいてくる。懐いてくれたのかな? だったら嬉しいな。


「よし、南の森へ行くよ」

「モッ」

「あなたは馬車には入らないよね……。歩いていくか」

「モ?」


 私とモフランは徒歩で街道を南下することにした。


「あれ?」


 街中に冒険者の一団がいた。リオネさんの姿もある。やや男性冒険者の方が多いくらいの比率。マルフもその中にいたけど、他のパーティーメンバーはいない。彼は私に気づくと、リオネさんに手を振ってこっちに走ってきた。


「よう、アイラ」

「今日、何かあるの?」

「昨日姉貴が情報を持ってきたんだ。やっぱり西の廃坑にはでかいドラゴンが棲んでるらしい」

「じゃあ、あれって討伐隊?」

「そうだ。これから廃坑の攻略に向かうらしいぜ。そういうお前は?」

「グレートムーンの討伐に行くところ」

「は?」


 マルフが驚いた顔をする。


「おいおい、レッドオーガを倒したからって調子乗ってんのか?」

「無理なら逃げてくるよ」

「そういう問題じゃないだろ」

「でも、モフランとしっかり戦ってみたいの。その相手に鈍重なグレートムーンは向いてると思って」

「……マジでやばかったら逃げろよ」

「うん。ありがと」


 マルフはモフランを見た。


「お前、このおっちょこちょいを頼むぞ」

「モフ?」

「ちょっと、失礼じゃない!?」

「いーや、ただの事実だ」


 むむむ。反論したいが、自覚があるので何も言えない。今に見ていろ。


 私はマルフと別れて街を出た。


 街から離れると道の両脇が森に変わる。グレートムーンの目撃地点は右手側の森の奥だった。主に困っているのは薬草を採りに入る薬師たち。冒険者にとっても薬は大切だから、これは自分のためにもなるクエストなのだ。


 私は途中で道を外れて森に入った。モフランはジャンプして追いかけてくる。一応ジャンプの幅はつけられるみたいで、そこまで歩調を遅くしなくても問題ない。


「よーし、グレートムーンを探そう」

「モッフ!」


 グレートムーンは穴を掘って潜んでいることがあるって聞いた。横穴があったら氷塊を投げ込んでみよう。


 私たちはしばらく森の中をうろうろ歩き回った。小動物の姿があるくらいで、他に動きはない。昨日もこんな感じでいきなりモフランと出会ったのだ。グレートムーンも同じように出てきたりして。まさかね。


 森を突っ切っていくと、川にぶつかった。かなり深そうで勢いもある。


「どうしよっか――」


 つぶやいた瞬間、目の前に黒い影が降ってきた。


「モッ!?」

「な、なに!?」


 視界に入ったのは大きな黒い巨体。

 ――グレートムーン!

 爪が振り下ろされた。私は反射的に飛び退き、ギリギリで回避する。


 木の上から狙われていたんだ! あとちょっと反応が遅かったら切り裂かれていた。

 まずい。モフランと分断されてしまったぞ。


 グレートムーンが咆哮し、私に斬りかかってきた。左右の爪を振り回して攻撃してくる。

 しかも角度がいやらしい。私を川に追い立てるようにして攻めてくる。ちゃんと足元を安定させないとジャンプに失敗する。グレートムーンはそれを理解しているのだ。


 ――しょうがない!


 私は川に飛び込んだ。水深を見た時、人間を運べるだけの水量があると確認していた。

 予想通り、川は私の体を簡単に流してくれる。そのままモフランの真横まで流れに任せ、途中で岸に這い上がる。


「モフラン、出番!」

「モフ!」


 私は体を振って水を払う。気持ち悪いけど今は我慢! モフランと並んで立てれば怖いものなんてない。


 グレートムーンが突進を仕掛けてきた。

 モフランが全身で受け止める。

 ぼよん。

 やっぱり驚異的な反発力だ。グレートムーンは跳ね返されて面白いように転がる。


 でも、相手もBランク。すぐに起き上がった。

 グレートムーンはゆっくり近づいてきて、モフランを掴んだ。


「グオオオオオオオオオ!!」

「モフ――ッ!?」


 モフランはあっけなく投げ飛ばされてしまった。でも、呆然としている私じゃない。ちゃんとモフランの飛ばされた方向に走り出している。グレートムーンの追撃を受けることなくモフランと再合流。


「モフラン、体重って変えられるんだよね?」

「モッ!!!」


 できるらしい。


「じゃあ、ちょっと荒っぽいことしちゃうけど許してね! ってことで、軽くなって!」

「モフ~」


 見たところ変化はない。が、持ち上げてみたらびっくりするくらい軽かった。非力な私でも余裕で運べる。


 グレートムーンが突っ込んでくる。

 私はモフランを抱えたまま、〈俊敏〉を発動して川岸まで移動する。モフランを背後に置いて、自分でグレートムーンと正対する。


 熊のモンスターは咆哮を上げて突進を始めた。人間の方が前にいるので勝算があると見たに違いない。ギリギリまで引きつける。


 ――今ッ!


 私は左にステップを踏んだ。グレートムーンの斬撃が空振りする。私はモフランを掴んだ。


「やあ――――――っ!!!」


 そのままぐるっと旋回して、グレートムーンの背中にモフランを叩きつける。


 ぼよん。


「グオオオオオオオオオッ!?」


 モフランの超反発を受けたグレートムーンは川に落ちていった。


「ありがと、モフラン!」

「モフ!」


 グレートムーンが川底でもがいている。


 私は右手を伸ばし、〈氷塊〉を発動させる。

 この魔法は、氷のかたまりでさえあればどんな形にでも発現させることができる。


 水上に大きな氷の板を出現させ、川の中に落とした。グレートムーンはそれに押しつぶされ、水の中でもがいている。


 とどめは念入りに。私は氷の槍を川底に突き刺し、氷の板が流されないようせき止める。


 そのまましばらく時間が経過した。

 グレートムーンが川の水に流されていった。浅瀬まで流れ着いた巨体を確認すると、ちゃんと倒せていた。溺死による決着。


 ……えげつないやり方なのはわかってます。


 でも、私にできる討伐方法は限られている。その中で使える手段を選んだまでだ。


 機転が利くことが私の長所だというなら、この対応力ってまさにそれじゃない?


 とりあえずグレートムーンの牙を一本切り出して持ち帰る。鑑定してもらえばクエスト達成は証明されるだろう。


「お疲れ様。帰ろっか」

「モフッ!」


 モフランが嬉しそうに跳ねた。かわいいなあ。

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