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人には人の生活がある。同じようにミミズクにはミミズクの生活が。とはいえ人の世界に生きるには、生態がどうのといっていられない。
その日も私は自分のデスクで昨日の東スポを眺めていた。東スポには(ある特定の分野の)世界の全てがある。クラシック戦線も始まったが、それは週末のお楽しみだ。
月曜のまだ午前。雨が降ってないのは幸いだが客はおそらく来ないだろうし、差し当たっての用事もない。生物的本能に逆らえず、うつらうつらとしているところに——
ドアが開いた。
半開きのドアからおずおずと顔を出したのは妙齢の女性——などではなく中年の男だった。
「ここはワタナベ探偵事務所ですよね? ワタナベさんですか?」
「ここはワタナベ探偵事務所だが、私はワタナベではない。R.B. ブッコロー。ここの探偵だ。客であるならば、どうぞ」
男はドアの前でしばし私の顔を見つめたあと、茫洋とした表情でデスクを挟んだ向かいに坐った。きっとミミズクを見慣れていないのだろう。ハクビシンや狸、台湾リスなどなら見慣れているのかもしれないが。
中肉中背のこれといって特徴のない男。緊張してるのか顔が強張ってるせいでやや剣呑な雰囲気があるが、眼鏡の奥の眼も普段は柔和に違いない。
「近隣の書店で勤める佐藤といいます。アールビーさん、頼みたい仕事があります」
「ブッコローで結構。仕事を受けるか受けないかはまず話を聞いてから。次にお互いに妥協できる取引かどうか判断してからの話だ。ウチは零細なので飲み物もでない。それでもよければ、話しはじめたまえ」
「ぼくの応援している地下アイドルを探してほしいんです!」
「帰りたまえ」
「あ、いや言葉が足りませんでした。ある地下アイドルが、どうやら誘拐……略取? とにかく
地下アイドルの名前は
まるでNo. 1キャバ嬢みたいな名前なのに、キャッチコピーに違わぬリクルートスーツの似合う女性だった。
彼女はいわゆるロコドル(ローカルアイドル)とも違って、自治体のイベントに出るでもなく、ライブアイドルのイベントに出るわけでもなく、小さなライブハウスの対バン(バン?)として活動してるようだ。
「地下っすね〜」
思わず地の出た私の
ミミズクと中年男が顔寄せ合ってスマホの小さい画面を眺めている図というのはある意味ファンタジーかもしれない。そのミミズクが私でないのなら、だが。
そもそも佐藤氏が美月伶のことを知ったのは偶然だという。それまでポニカロードを応援していたのだが解散ということで寂しくなった懐に、ふと飛び込んできた野良猫のような存在、それがかの地下アイドルだった。
「ポニカロードってなんでしたっけ?」
「やだなあ、ブッコロさん。もぐりだよ。馬車道発の横浜アイドル知らないとか」
「もぐりといわれても『横浜さわやかさん』だって知らなかったのに……」
「そもそもポニカ知ったのも偶然で、あれは
「長い長い長いッ! どうせそのあとプロレスの話とかする気でしょ、尺考えて尺!」
・・・・・
「——というわけなんです」
神妙な顔で佐藤氏はいった。
「なるほど。経緯はわかりました。それにあなたの情熱も。それならば早速、今日から仕事にかかりましょう」
「事件でないといいのですが」
「私もそう願っています」
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