(39)仲間のかたち

 ――ヴァルハラの一角。


 窓をコンコンと叩かれて、ミミルは本から顔を上げた。

 そして、窓の外にとまる二羽のワタリガラスを見ると、窓を押し開く。


 ワタリガラスたちは、翼を広げて部屋に飛び込むと――少女の姿に変化した。


 フギンとムニン。

 漆黒のケープのフードを目深に被り、表情は伺えない。

 二人はミミルの前に膝をつき、恭しく頭を下げた。


「ミミル様。お命じの件、調査をしてまいりました」

 そう言ったのは、姉のフギンだ。

「どうでしたか? 『ヘヴン』なる転生者について、何か分かりましたか?」

「はい。再度のスキル発動を確認いたしました」

 妹のムニンの言葉に、ミミルは興味深い目を送る。

「それで、どんなスキルなんです?」


 フギンが答える。

「原稿用紙に書いた文章が、現実のものとなるスキルと思われます」


「…………」

 ミミルは緩やかな動きで椅子に戻る。

 そして、机に置かれた叡智の書に手を置いた。


「――私の『未来予知』に似ていますね」


 専属の密偵であるフギンとムニンを下がらせた後、ミミルは叡智の書を開いた。


 ――叡智の書の編纂へんさん者。

 それが、彼女の役割である。


 彼女は密偵姉妹に聞いた内容を書き込み、しばらく待つ。


 彼女の能力スキルのひとつである『未来予知』。

 一定の情報が集まると、叡智の書が未来を予測するのだ。


 ――そこに書かれた内容は、現実のものとなるまでなら、彼女が書き換える事ができる。


 だが、紙面に変化はない。

 まだ未来を予知するには、情報が足りないのだろう。


「真っ先にヘヴンを葬って、アルファズ様のお褒めに預かりたいわ」

 ミミルは赤らんだ頬に両手を置いて、夢見る少女の表情をした。


 明るいクリーム色の長髪に白い肌。

 金縁のメガネをしている。

 濃紺のタイトなドレスをまとった様子は、知的な雰囲気の秘書といったところ。


 ……そして、誰よりもアルファズを尊敬していると自負している。

 彼女は尊敬との違いを、理解していないのである。


 叡智の書を閉じふと顔を上げると、部屋の入口に人影があって、ミミルは顔を曇らせた。


「他人の部屋に入る時には、ノックをするものですよ――ヴィンセント」


 ヴィンセントは、手入れのされていない髪をモジャモジャと掻き、眠そうな目を彼女に向けた。

「ワタリガラスが出てきたのが見えてな」

「…………」

「分かったのか、ヘヴンとかいう奴の居所が」


 ミミルは答えない。

 するとヴィンセントは、無精ぶしょうヒゲを生やした顎を撫でた。

「アルファズ様の歓心を引きたいのは分かるが、隠し立ては良くないぜ。一人欠けた六賢が、意地を張り合ってどうする?」


「それを聞いて、あなたは何をしたいのですか?」

 ミミルが問うと、ヴィンセントは答えた。

「また絵を描こうと思ってな」

「…………」

「どうせなら、見物人が多いところがいい。奴らの行き先に先回りして、そこで描く」


 ――永劫の芸術家・ヴィンセント。

 彼の能力スキルは、描いたものを実体化するものだ。


 何を描こうとしているかは知らないが、先回りされるのは面白くない。

 だが、ここで情報を出し惜しんでは、アルファズに不興ふきょうを買う恐れがある。


 ミミルは仕方なく、先程フギンに聞いたヘヴン一行の居場所を教えた。


「ありがとよ」

 ヴィンセントは軽く手を振り、部屋を出て行った。


「…………」

 ミミルはヴィンセントが嫌いだった。

 能力はともかく、序列が上である彼女に対するあの不遜ふそんな態度、そしてだらしのない身なりが、どうしても許せない。

 六賢に列するだけの資質はないと、彼女は思っていた。


「失敗すればいいのに」

 ミミルは呟いた。



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 ――翌朝の空は、重く曇っていた。


 世話になったダーダル村のみんなに丁寧に挨拶をしてから、マヤは門に出てきた。


「マヤをよろしく頼んだよ」

「元気でな!」


 村人たちに見送られ、マヤを加えた一行は草原を進む。

 しかし、間もなく雨が降り出した。


「どうしよう、木陰もないわ」

 不安げなニーナに、だがマヤが微笑んだ。

「私に任せて」


 マヤは植木鉢を地面に置いた。そして手を掲げると……。


 ポンと膨らんだ植木鉢から、瞬く間に木が伸び枝を広げる。

 密になった葉が雨を遮り、俺たちは驚いた。

「これはイタヤカエデと言って、葉っぱが大きいから、雨宿りに向いてるんです」

 でも、雷が鳴ったら危ないから、その時は逃げましょう、と、マヤは笑った。


 幹にもたれて休憩だ。

「幹を傷付けると出てくる樹液が甘いんです」

 ――メープルシロップである。サトウカエデが有名だが、このイタヤカエデからも作られるそうだ。


 傷から垂れる樹液を交代で指に取り、舐める。

 甘いものには疲労回復効果があると、チョーさんが言う。

 確かに、元気が出そうな味がした。


「あと、それから……」

 マヤは照れ臭そうに、ファイに袋を差し出した。

 その中にあったのは、大量のオタネニンジン。

「あ、ありがとう……」

「これは当分、薬膳スープに困らないアルね!」

 チョーさんも大喜びだ。


 マヤは、昨日俺が原稿用紙でサポートしてからコツが掴めたようで、失敗が少なくなったそうだ。

 それでも、こんなにオタネニンジンを出して大丈夫かと心配になる。武器や体力の消耗が気になるところだが、

「植木鉢は陶器だから、落とさなければ壊れないし、土に置いて使えば、大地のエネルギーを使えるから、ご心配ならさず」

 と、マヤは答えた。

 これで、ファイが少しでも元気になってくれれば何よりだ。


 ……しかし、雨宿りとは暇なものだ。

 暇すぎて、俺はつまらない事を考えた。


「何かさ、チーム名というか、パーティー名というか、考えねえ?」


「悪くないわね」

 すぐにエドが乗ってきた。

「『チーム・ストランド』は?」

 バルサが言うと、ニーナが否定した。

「マヤちゃんはストランド村を知らないわ」

「『好好ハオハオ亭』はどうアル?」

「それはチョーさんが生きてる頃、働いてたお店の名前でしょ」

「うーん……」

 ファイがじっと俺を見る。

「やっぱり、ヘヴンがリーダーだと分かる感じがいいな」

「『天国への扉ヘヴンズドア』とか?」

「色々とアウト」

「『神代隊』は?」

「ダッサ!!」


 ……だが、そこからアイデアが全く出ず、グループ名は『神代隊(仮)』となった。


 しばらくしたら、雨は止んだ。

 マヤが植木鉢に触れると、途端に木が枯れ、土になる。

 ……可哀想な気もするが、環境保護の観点から、見ず知らずの木を生やしたままなのは良くないのだろう。


 身支度を整えて、再び草原を歩きだす。


 先頭はバルサ。

 ヤクの綱はアニが持ち、ヤクの角でファルコンが羽を休める。

 ヤクが引く、寝具や食料を積んだ台車を、俺とエドとチョーさんが押して手伝う。

 ニーナとファイと、そしてマヤは、エドが描いた地図を見ながら、方角を確認する。


 草原を吹き抜ける風が、俺のマントをなびかせた。

 麦の穂を描いた、ストランド村の村旗。


 ――偶然の出会いだったけれど、仲間の繋がりは、何よりも深い。


 目的地エリューズニルにたどり着くその時まで、この絆は決して切れないと、俺は信じている。

 


 ――Ⅱ章 甲鉄機兵編 ~完~――

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