(36)覚醒
「……ねえ、覚醒って、どうなるの?」
エドが俺に聞いた。
「活動限界時間が延びる」
「それだけ?」
「いや……」
俺は第三シリーズにはあまり詳しくはなかった。
「覚醒」というシステムとその後の展開が賛否両論で、あまり人気のないシリーズだったからだ。
でも、一通りは見たから、何とか記憶を思い出そうとする。
その間にも、フォートリオンは形態変化を遂げていく。
トビウオの翼を広げた虹色のオーラが、表面の鱗模様を伝って全身に広がる。
それを見て、俺は思い出した。
――自己修復機能が現出し、何とかいうシステムで、パワーとスピードが数十倍になる。
そして――。
「パイロットが、機体に吸収される」
「……え?」
「第三シリーズ以降の設定で、人間はトリオンエネルギーの塊というのがあるんだ。パイロットを吸収する事で、フォートリオンは爆発的なエネルギーを獲得する」
「そんな事をしたら……!」
劇中で、主人公の恋人であるヒロインが泣き叫んでいた。
「やめて……! 人間でなくなってしまう――!!」
虹色のオーラが巨体を包み、角が再生する。多分、右側のカメラも復旧しただろう。
そして、フォートリオンが吠えた。
「ヴオオオオオオーー!!!」
空に穴が穿たれる。森が渦を巻く。
「……ヤバい、ヤバいぞ……」
「同意ね」
これは想定外だった。
初代の設定だけじゃなかったのかよ……!
第三シリーズの何がいまいちだったかって、主人公がチートになりすぎたから。
敵の機体を片手で叩き潰しただけではおさまらず、暴走し地球滅亡レベルのダメージを与えた末、地球連盟総帥となったヒロインの指示で、核ミサイルを何十発か食らって爆死。
あまりの鬱展開に、公開後のSNSのコメントは
――そんな奴を、俺ら四人でどうしろと?
フォートリオンの肩の蓋が開く。そこから飛び出した虹色の光を見て、俺は蒼白になった。
ポジトロン・メガサイクル遊撃砲――!
第三シリーズの覚醒状態で、初代劇場版の最強武器を使うなんて、こんなの聞いてない。
俺はヤケっぱちで原稿用紙に書き殴った。
〖 ポジトロン砲の対象はトリオンアーマーのみだから、生身の人間には当たらない! 〗
文字は消えた。俺が胸を撫で下ろすと同時に、少し先の森から、激しい爆発音が轟く。ポジトロン砲が墜落したのだ。
吹き荒れる爆風。木の枝が吹き飛ぶ。
大きな木に身を預けないと、立っていられないほどだ。
その中で、俺は必死にボールペンを走らせる。
〖 初代フォートリオンに、第三シリーズの覚醒は適応されない。〗
すると、赤ペンは答えた。
【第三シリーズのフォートリオンは、初代フォートリオンの残骸を修復した設定となっており、世界観が繋がっている以上、不自然な現象ではありません。】
何で赤ペンが、俺よりフォートリオンに詳しいんだよ!
「どうすんだよこれ!」
アニとバルサがやって来た。
「…………」
俺は頭を掻きむしった。
……マヤなら何とかできるかもしれないと、筋書きを考えたが、あれは覚醒以前の話だ。
物語を書いた時と実際の状況が大きく違った場合、一体どうなるんだ……??
だが、呑気に考えている余裕などなかったのだ。
素早い動きで、ビームソードが俺たちの頭上に落ちようとしていたのだ。
「…………」
反応すらできない。迫り来る虹色の狂気を見上げ、無言で死を覚悟する。
――と、その向こうの空の彼方で、何かが光った。
それは彗星のように、こちらに向かい高速で飛んでくる。
そして、声がした。
「……ょ、ゎれらにダイヤモンドの加護をおおおお!!!」
それがニーナの魔法だと気付いたのと同時だった。
――ゴン。
フォートリオンの後頭部に、三つの輝きが直撃した。
……ニーナの保護魔法(十秒だけダイヤモンドに変身して、全てのダメージを無効化するやつ)で石化した、ニーナとファイとチョーさんだ!
思わぬ方向からの強烈な打撃を受け、さすがの覚醒フォートリオンもバランスを崩す。
その巨体を支えるため、ビームソードを森に突き立てて杖にした。
……よく分からんけど、助かった……。
状況が理解できないうちに、三人は地面に墜落し、直後に魔法が解けた。
フォートリオン――ハヤテは、状況が理解できていないようだ。
身を起こし、後ろを向いた、次の瞬間。
ビュン。
フォートリオンの胸に、何かが突き刺さる。
それがチョーさんの如意棒だと気付くまでに、しばらく時間が必要だった。
「…………」
何がなんだか分からない。
俺だけじゃない。バルサもエドもアニも、しばらく呆然と、その光景を眺めた。
如意棒はフォートリオンの背中まで貫通した。
槍に貫かれた騎士のように、のけ反った姿勢で静止したフォートリオン。
「……やった、のか……?」
バルサが呟いた。
「間に合ったようだね」
そこにやって来たのは、ファイだ。
「想像以上にうまく事が運んだようだけど、もしかして、これも君の筋書きだったのかな?」
俺はブンブンと首を横に振って否定する。
むしろ、赤ペンが【無理です。】とハネそうな事を、現実にやってしまうのは、俺の立場がないからやめて欲しい。
「良かったわ、みんな無事で」
ニーナが微笑んだ。
「如意棒、どうやって回収するアルか?」
チョーさんは不安げだ。
みんなでフォートリオンを見上げる。
その時、エドが低い声で囁いた。
「……目の光が消えてないわ」
状況の超展開で、俺は気付かなかった。
ドクンと心臓が打ち、冷や汗が滝のように背中を流れた。
巨体がグラリと揺れる。
こちらを振り向き見下ろす目の色が、赤から虹色に変化した。
そして自ら如意棒を引き抜いて、凄まじい勢いでこちらに投げ付けたのだ。
「サイコキネシス!!」
ファイがいなければ、俺の顔面に穴が開いていただろう。
「……もういいよ。みんな、壊してやる」
ハヤテの声が響いた。
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