(20)策略
これほどの絶望を、味わった事がなかった。
何なら、自分が死んだ時――妻子もろとも、通り魔に殺された時よりも、深い絶望が体の隅々まで支配して、少し気を抜けば、エクスカリバーを取り落として地面に崩れ落ちそうだった。
……メフィストフェレスが、ここにいる敵、全員の魂を支配している。
この世界での体は、
――だが、魂が消えないよう、
バルサたちは、不死者の軍団を相手に、無駄な抵抗をしていたに過ぎない。
そして意気揚々と、敵を自陣の内に放置していたのだ。
これが絶望でなければ、何なのだ。
……とはいえ、唯一の救いは、一人だけでも逃げられた、という事だろう。
そう思わなければ、己の無力さに打ちひしがれてしまう。
「ワタクシのオモチャとしては、あんたたち、まあまあだったわ。でも、ワタクシの可愛いファウストちゃんに傷を付けたのは許せないの」
赤いシルクハットの下で、メフィストフェレスの目が光った。
「全員、ミンチになってもらうわ」
-----------------------------
――状況も分からないまま、俺はひたすら、原稿用紙と格闘していた。
〖 突然大地震が起きて、侵入者たちは驚き逃げ出した。〗
【この世界に地震という概念はありません。】
〖 空から隕石が落ちてきて、化け物の頭に当たって死んだ。〗
【物語として無理があります。】
〖 敵が全員心臓発作を起こす。〗
【無理がありすぎます。】
「あー! もうどうすりゃいいんだよ!」
現れては消える赤ペンの文字に、俺は頭を抱えた。
ただでさえ、PVが一桁以上いった事がなくて、感想が来たと喜べば、『展開に無理がありすぎ、クソつまらん』だった俺に、この状況を打破する物語を書けって方に無理がある。
……でも、俺が何とかしなければ、ファイやバルサだけでなく、全員の命はない。
唯一の救いは、俺の存在が敵に知られていない事。
モタモタしていて、みんながやられてしまったら、そのうち俺も見付かるだろう。
その前に何とかしなければ。早く……!
「クッソ! 焦れば焦るほど何も浮かばねえ!!」
こんな時はどうする?
執筆に行き詰まった時、どうすればアイデアが浮かぶ?
気分転換の散歩? いや、それはまずい。
諦めてゲーム……やってる暇なんかない。
何か食う。ポケットの中には……何もねえ!
クシャクシャと頭を搔きむしり、俺はふと思い出した。
自分の過去作を読んでると、これ以上面白い話ある? っていう、謎の自信が湧いてくる時がある。
それで、いいアイデアが浮かぶ事も。
現状の場合、「過去作」とは、登場人物の動きを見直す事ではないか。
登場人物がどう動いてきたかが分かれば、次の動きが見えてくるかもしれない。
そう思い、俺は小屋の陰に走った。
そっと壁から顔を覗かせ、だが俺は絶望した。
――全員、なんか知らんけど、敵に捕まってる。
いや、アニだけは、一応自由の身ではあるようだ。でも仲間たちを人質にされているから、手も足も出ない様子だ。
それに、さっきエドやチョーさんやバルサが倒したはずの奴らまで、なんか知らんけど生き返ってる。
……落ち着け、俺。この状況を動かす物語を考えるんだ。
それには、敵の数と位置、能力を推察する必要がある。
例えば、ファンタジーバトルものの定番パターンだとどうなるか。
まずボスは、あの化け物――の隣にいる、赤い服の痩せた男、あいつだ。
確か、化け物の名前はファウスト。赤服男がそう呼んでた。
なら、あの風貌から、赤服男の名はメフィストフェレスとしておこう。
とすると、メフィストフェレスがファウストを操っている。言わば、人形使いだ。
――そう考えれば、死んだはずの兵士たちが生き返っているのにも説明がつく。
こいつら全員を、メフィストフェレスが操っているんだ。
ならば簡単。
メフィストフェレスさえ倒せば、この場面は終わる。
……と思わせておいて、多分奴は、何か仕込んでいるに違いない。
――ならば、俺がやるべき事は、人形使いと人形との繋がりを断つ事!
それには、どんな『物語』を展開させればいいのか?
俺は村の様子を見渡した。
それに使えそうな物は……。
――ふと思い浮かんだアイデアを、だが……と一旦白紙に戻そうとする。
あまりに無理がありすぎる。絶対に『ご都合主義』と批判されるやつ。
だが、可能か不可能かと言えば、不可能ではない気がする……ミステリー漫画のトリック程度には。
「…………」
何度も脳内をリセットしようとするが、その度に同じアイデアが浮かんでくる。
「あーもう!」
俺は心を決めた。こうなったら、書いてしまわないと頭から離れないのだ。
原稿用紙の赤ペンにボツにされれば、諦めがつくだろう。
俺は切り株に戻り、とりあえず浮かんだアイデアを書き綴る。何度か書式間違いや誤字脱字でハネられたが、最後まで書き切ると――文字が光ってスッと消えた。
「…………え?」
マジか!?
俺は焦った。
――アレを実行するには、俺の役割が重要だからだ。
そして空を見上げる。
地平線に消えようとする陽光を受けて、山に湧き出した分厚い雲が、不気味に光っていた。
――やるしかない!
俺はボールペンと原稿用紙をポケットに収め、駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます