まほろびの歌 〜変人とアイドルと殺戮と〜

もちづき 裕

第1話

「咲良、あなたはアイドルグループで活動を続けるよりもソロでやった方が輝けると思うのよ」

 マネージャーさんは私を随分と買ってくれているようで、

「ゲームのメインキャラクターのモデルになったお陰で人気も出たし、舞台でも成功を収めたじゃない?そんな咲良だったらグループを卒業してソロになったとしても上手くいくし、絶対に売れると私は思うの!」

というような事を言ってくれる人でした。


 そんなマネージャーさんの口車に乗った私は、所属するアイドルグループからの卒業を決め、私と他二人の卒業ライブチケットが販売し始めた頃にコロナウィルスが到来。


 私達の卒業ライブは延期のまま時が経ち、卒業ライブで一区切りする事も出来ずにグループを脱退。


 マネージャーさんは、私が卒業しても活躍できるように舞台の仕事を沢山取って来てくれたんだけど、その舞台も軒並み中止。


 そうして、世の中が隔離、隔離と騒いでいる間に、私の芸能関係の仕事は泡となって消えていき、

「今は高校生活を満喫・・は、コロナで出来そうにないから、大学受験の為のお勉強を頑張るしかないんじゃない?」

と、母親に言われてしまうのだった。


 グループの卒業を決めた時期が悪かったとか、タイミングが悪かったとか、そんな事は色々と言われたけれど、今となってはどうにも出来ないし、どうしようもない状況。

 幸いにも高校2年生から3年生に進級した後のことだったので、涙を飲んで、華麗なる芸能活動については封印する事に決めたのだった。


 そうして私が学校からの帰り道、誰かに車で送られる事もなく徒歩で駅から自宅へと向かっていたところ、

「咲良ちゃん!僕は!僕は!ずーっとずーっと君の事を愛していたんだ!」

後ろから駆け寄って来たファンの一人が興奮した様子で声をかけて来たのだった。


 コンサート会場で販売していた咲良推しのTシャツにジーンズ姿のその男の人は、ペンライトを持って踊り出しそうな風体をしているのに、何故かナイフを持っていて、しかも、ギラギラひかるナイフの刃先を私の方へと向けながら、ガタガタ小刻みに震えている。


「咲良ちゃん!なんで事務所辞めちゃったの!僕!ずっと応援していたんだよ!」


 私が事務所とのイザコザで辞めたとか何とかいうデマ記事がネットで流れていたのは知っているけれど、私は決して事務所とイザコザしていない。

 コロナで暇だし、せっかくだから受験勉強に力を入れるつもりなので、無理して仕事など取ってこなくても良いと宣言している程なのだ。


 確かに籍は置いているけど、ほぼ用無し要員となってしまった私を、事務所だってそれほど重要視なんかしていないだろう。つまりは、イザコザなど起きようがないのよ。


「応援してくれてありがとう!いつも咲良!嬉しいって思っているんだよ!」

 アイドル言葉にアイドルスマイルを送っても、男はちっとも引き下がらない。

 というか、ナイフを下げようとしないのは何故?


「僕、もう、色々な事が嫌になっちゃったんだ!お願いだから咲良ちゃん!僕と死んでくれない?」

「はい?」

「コロナで仕事もクビになって、住んでるアパートも追い出されそうなんだよ!今まで推しである咲良ちゃんに注ぎ込んだ金額を考えたら、一緒に死ぬのは当たり前だよね?」

「はいいい?」


 地方のライブやコンサートにも来てくれたとか、グッズを率先して買ってくれたとか、そんな事でお金を注ぎ込んでくれたんだろうけれど、そのうちの数パーしか私のとこに入って来てないから!私が全額もらってるわけじゃないから!


「待って!待って!待って!待って!貴方は何か勘違いをしている!貴方が使ったお金が全部私の懐に入ったわけじゃないし!そもそも!そのほとんどが事務所行きになっているわけで!」


「僕、咲良ちゃんのことを愛しているんだ!」


 人通りの少ない住宅街で、私は確かに刺されたのだと思う。

 丁度、通りかかった人がいたのか、私がアスファルトの上に倒れ込む間に、女性の悲鳴が響いていた。


「ごめんね!咲良ちゃん!ごめんね!」


 倒れた私を抱き起こしながら、おっさんが何かをほざいている。

 ごめんじゃねーよ!ごめんて言う位だったら人を刺すんじゃねーよ!

 ああ、意識が遠のいていく・・マジで死ぬのか・・

 結局、卒業ライブもせぬままに死亡、それもファンに刺されて、運がないにも程がある。

 くそ・・目の前が真っ暗に・・



「「新人は今すぐ市営野球場の方へと集まってくださーい」」


 は?


「「まほろびの世界へとやってきた新人は、今すぐ市営野球場の方へと集まってくださーい!今から戦いの教え方をレクチャーしまーす」」


「はい?」


 目を覚ましたら、そこは何処かの街の中みたいで、夜だから街灯の光が煌々と周囲を照らし出していた。どうやら小高い丘の上に連なる住宅街の路上に居るようで、眼下に広がる街並みの中で、煌々とライトの光を輝かせている野球場の方から、アナウンスの声が響いているようだった。


「何!何!一体どういう事?」


 私は刺されて倒れたはずだったけれど、今居る場所が、刺されて倒れた場所ではない事がよく分かる。

 ここは万穂山(まほろやま)と呼ばれる小さな山を切り崩して宅地開発した、私が小学生に上がるまで住んでいた住宅街で、駅前通りから万穂(まほろ)タウンまで続く幹線道路を幾台もの車が走っていく様が遠くからでもよく見えた。


 駅の近くの陸橋の方に黒い何かが見えたような気がしたけれど、目の錯覚だったのかもしれない。

 そもそも、今、居るのは夢の世界なんじゃないの?


 だって、私の胸のところにはぽっかりと穴が空いているし、その周りは灰色に染まっているし。服装は黒タイツを着てスカートを履いたような状態になっているし、現実とは到底思うことは出来ない。


 野球場の方でアナウンスしているみたいで、ライトで照らし出された野球場の中へと進んでいくと、私と同じように全身真っ黒の衣服を身に纏っている人たちが集まって来ている事に気がついた。


 夢にしては良く出来ているなぁと思いながら、野球場の中へと進んで行くと、

「あれって白間咲良じゃない?」

という囁くような声が周囲から聞こえてきたのだった。


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