第16話 旅立ちの準備

 大鷲の事

バイシク国への旅立ちの事

それらをハチナイとマイエに話した事で、うどんの心は随分と軽くなった。


ありがたい事に、二人との関係はギクシャクしなかった。

中々言い出せなかったのは、そのギクシャクを最も恐れていたのだから。


 領主の館に戻り、

領主ロフと秘書官テイに、うどんが面会を求めると。

「では、夕食前の時間に。」

との事で、面会時間が決まった。


面会の時間まで、うどんは自室で、ハチナイに習った短剣術を繰り返し稽古して過した。


稽古をしている間に時は過ぎ、ユニが面会の時間だと呼びに来た。

汗を拭いて、手早く着替え、ユニと共にロフの執務室へ向かう。


 うどん、ロフ、テイがソファに座った。

「悪い予感がする面会ですね。

ロフ様。」

とテイに先制パンチを食らう。

「私の身に起こった事を、お話ししなければと思いまして。」


 うどんは、私情を交えずに、大鷲との出来事を時系列のままロフとテイに語った。

大魔道士カラと大鷲が名乗った部分では、二人は大いに驚いた。

大鷲に付与されたスキルについては話さなかったが。


話し終わると、ロフが笑い出した。


「魔導師カラが生きてるなんて。」

とテイが呆れる。


「肉体と精神を分離する、高等魔法でも使っているのかもしれないね。」

ロフは楽しそうだ。


「今のうどん様の話から推測すると。」


「推測すると?」

テイがロフを見る。


「魔導師カラの呪いは今も衰えず強力なのだが、

【もしかしてやり過ぎちゃったかな、だから、私の呪いで起こった不具合を解消しようかな 】なんて思ってそうな節があるね。」


「はあ、まあ、なんとなくそんな気もしますね。」


「300年前の勇者フタ様も、同じく魔導師カラが絡んでいたりして。からだけに。」

テイがおどけて言う。


ロフとうどんが同時にテイを指差した。

「いや、冗談じゃなく、そうかもね。」

とロフ。


「勇者フタ様が、魔導師カラの思い描いた任務を遂行出来なかったんだとしたら、この話しは面白くなるねー。」

ロフはこの推測が楽しい様子だ。


「任務ですか?

橋を10コ作らせる積りが、勇者フタ様は1コしか作れなかった。

とか?

ワハハハ。」

とうどんが、笑う。


「ギャハハハハ。」


「…………。」


「マジで、それじゃないすか?」

笑いが突如巻き起こって、突如収まった。

3人は本気でそう思えてきた。


「まあ、橋を10コ作る積りだっかはともかく、次はバイシク国で作ろうとしてるのは本気な訳ですよ、うどん様。」

ロフが真面目な顔になる。


「あちこち行かされるのを、一応覚悟しておいた方が良いのかも。」


「バイシク国の次も有るかもって事ですね、ロフ様。」

うどんも真面目な顔になる。


「それって、家族の元に帰れますかね?」

テイがさらっと怖い事を言う。



「まあ、何にせよ、うどん様の事情は理解しました。

貴方を引き留めたいのは山々だが、

魔導師カラが関係者として出て来ると、引き留められない。

それにその大鷲、大きさと言いキマイラを凌ぐ災害級の魔物だし。

とにかく貴方の今後の無事と幸運を祈るしかありません。」


「スワンを出る時は、ナカタ様としてではなく、うどん様として出立する事でしょうから。

盛大な見送りは出来ませんよ。

むしろ、ひっそりと目立たない事が肝要かも。」


 ロフの意見には情が感じられて、さすがスワンの街の幹部達を纏めている人物だなと、うどんはあらためて尊敬するのだった。


 うどんの旅立ちは領主のロフに了承され。

幹部達への、この事の伝達は、吊り橋通行解禁の後日にする旨、打ち合わせが出来た。



 執務室を出ようと扉に向かううどんの背中に、

「マイエはどうしますか?」

とロフが疑問を投げてきた。


「スワンに残るのが、マイエちゃんの為だと思うのですが……。」

うどんは扉を向いたまま言う。


「マノウさん、エスタさんが、マイエちゃんを説得してくれそうな気がします。」


「うどん様、マイエの事も考えて上げて下さいね。」

そう言ったロフの言葉は、

うどんには、連れて行く、連れて行かない、どちらなのか判断がつかなくて返事が出来なかった。


 廊下には、美味しそうな夕食の匂いが仄かに漂っていて、この温かなロフの屋敷に滞在する日数が、残り少ない事を感じて寂しくなったうどんである。




ナカタ橋の前に、大きな掲示板が建てられた。


********

ナカタ橋 通行中の注意事項


下記事項を守らなかった場合、安全に渡れません。


橋を通行する者は全ての魔法を解除しましょう。

魔法道具、武具の魔法効果を、橋を通行している間は無効にしましょう

通行中は魔力及び魔法の使用は厳禁です。

ナカタ橋上での喧嘩・戦闘は逮捕及び拘束いたします。


マナーを守って静かな通行をお願いいたします。


すれ違う時は左側通行で通りましょう。

すれ違う時に武器の鞘当が起こらないように注意しましょう。


スワン街自衛団

********


掲示板を声を出して読んだ見物客が、感心したような声を出す。


「いよいよだね~~。明後日か。

俺は冒険者じゃないから、ナカタ様の橋は渡らないけどさ、人が川を渡ってるとこは見てみたいね~」

街の商店の隠居らしいおじいさんだ。


「ホントだね、かっこいい冒険者さんが渡ってる姿は是非とも見たいね。」

その娘らしい女性が相槌を打つ。


別の男性も話している。

「楽しみだなあ。

渡り初めは誰だい?

ご領主ロフ様かい?」


「えー、初めて渡る人は死んでもいい人物がよくないかい?」

妻らしい女が言う。


「誰かを実験台で渡らせるのかい?

死んでも平気な人物なんていないだろ?」


「あんたとかさ、渡ってきなよ実験台で。」


「なに!

亭主を殺す気か!」


「冗談だよ、真に受けて。

あんたは、ちーとおつむが足らないね。

街の偉いさん達で拵えた立派な橋だ、そうそう死ぬもんかね。」


「奥さんの言う通りだな、ハッツァン、おめえの負けだ。」


等と今日も橋の周りは見物客で賑やかだ。



うどんは、マイエを通してマノウに願い事を持ちかけた。

急に頼んだ事だし、もし願いが敵わなくても、それはしょうがないと思っていた。

ただ、願いが叶うならとても素敵だとも思っていた。

願いが叶った場合の為に、関係者と打ち合わせを進めるうどんだった。


木立の中でのクナイの稽古の後、うどんはハチナイと商人ギルドを訪ねた。

マイエはうどんの頼み事の為に、今日は別行動をしている。


商人ギルド長のフクロは、かなり忙しそうに仕事をしていたが、うどんの姿を見付けると、仕事を中断して相談を聞いてくれた。


「魔力を抑える布…、ですか。」


「はい、魔力が漏れると、吊り橋を渡る時に危ないかもしれないと思って。

そういう素材は無いのかな、欲しいな、と思ってるんです。」


「魔力を増やしたい人は大勢いますが、減らしたいとはねー。初めてのお問い合わせです。」

フクロは腕を組んで考える。


「魔法使いや僧侶が嫌って使わない素材は?

もしかすると、魔力を減らす効果があるから嫌うかもしれませんぞ。」


そう言ったハチナイの言葉がヒントになったのか、フクロがハタと手を叩いた。

「窓のカーテンに使われる素材で、ウラスロという生地が有るのですが。」


「ウラスロ…、お師匠はその生地ご存知ですか?」


「うどん様、わしはカーテンの生地は不案内じゃ。」


「近くの店に、実物が有りますので、一緒に見に行きましょう。」

フクロが二人を促してその店へ。

道々で話しながら行く。


「そのウラスロの生地の、柄を気に入った魔法使いさんが以前に居られまして、カーテンの生地だと分かっていたのに、マントとして仕立てた事がありました。」


「さては、そのウラスロとやらの生地が魔法使いには向かなかったのじゃな?」


「ハチナイどの、そうなのです。」


「その仕立て上がったマントを着た魔法使いさんが、魔力量が減った気がすると。

確か話されて、その後、捨てたとか燃やしたとか、の話しでございました。」


 うどんとハチナイが連れてこられた店は、商人ギルドの下請けもしているのか、フクロの要望に素早く答える主人だった。


「イセイさん、ウラスロの生地が幾つも有ったよね、見せてくれるかな。」


「はい、フクロ様。

ウラスロでしたらコチラとか、コチラとか、コレもでございます。」


 それらの生地を3人で手に取る。


「元がカーテンの生地ですので、厚みもあり、しっかりした生地です。

柄はお好みにより、でしょうけど。」

フクロが言う様に、生地としては、とても良い素材だ。


ハチナイが、外を歩く冒険者パーティに知り合いが居たと、店を出て行く。


魔法使いを連れてハチナイが戻って来た。

童顔の魔法使いの女の子は、ハチナイとは仲良しの様だ。


「娘さん、この生地をマントの様に羽織ってくれないか。」

フクロに言われて、魔法使いの娘は生地を見る。


「あら、良い柄ですね、素敵。

ハチナイさんが私にプレゼントしてくれるの?」

少し顔が赤らんでるのは気のせいか。


「あぁ、誤解しないで、ちょっとした実験なんだ。」

うどんが慌てて言い繕う。


「魔力量に変化が無いかを知りたいんじゃ。」

ハチナイも慌てる。


 魔法使いの娘がウラスロのカーテン生地を羽織る。


「あら?

変な着心地ねぇ、魔力が内に籠もる感じがする。」


娘が前を開けたり締めたりして違和感を確かめている。


「この生地を着て、戦闘になったら攻撃魔法の威力が落ちそうね。魔法を反射してるのか、吸収してるのか、よく分からないけど、魔法使い向きの生地では無いわね。」


うどんが

「良し!」

とガッツポーズする。


「ありがとうな、呼び止めて。

望んだご意見が聞けたわい。助かったよ。」


「これでいいの?

じゃあ行くね。」


「ありがとうね。」

うどんも礼を言う。


魔法使いの娘を冒険者パーティの元へ返すと、ハチナイもニッコリ笑う。


「やはり、魔法使いさんには不人気な生地ですね。このウラスロ。」

この店の主人が、残念な顔をする。


「違うんですよ、それが逆に良いんです。」

うどんが笑顔で説明する。


 ナカタ橋を渡る時、魔魚が襲ってくる条件は魔力量だ。

出来るだけ魔力量を0に近付ける事が大事なので、このウラスロは使い道がある。

そう説明を聞くと、主人も新しい商品の誕生の予感がして、喜びにピクピクし始めた。


「この生地で、急ぎで、そうですね、マントを30着作ってくれますか?

サイズは…。」


と、サイズの打ち合わせが終ると、フクロも主人も満面の笑みを浮かべている。


「いやー、こんな商品の誕生に関われて、うどん様、ありがとうございます。」

フクロは上機嫌だ。


「フクロ様、ウラスロはカーテンの生地としては定番品だ、それがマントになるなんてねー。

このお方、何者ですか?」


「ロフ様の縁戚の貴族様、うどん様だよ。」


「我がスワンにナカタ橋がある限り、このマントも売れるよ。」

とフクロが主人に言う。


3人は店を出て行きながら、

「そのマントは商人ギルドでも売るからね、多めに作って。」

と、念を押すのを忘れないフクロだった。


「マントは明後日の朝までにお願いしますね。」

うどんが言うと。


「お任せを、針子は何人もおります。」

フクロが胸を叩いて請け負った。


(これで、一つ懸念は消えたけど。)

と、フクロと別れてハチナイと歩きながら、

 うどんはマイエにお願いした件の首尾を気にしていた。


 突然、路地から

「親父の仇ーー!!」

と叫びながら、うどんの横のハチナイに、刃物を持った男が鋭い突きを入れながら激突した。

二人が路上に倒れ込む。

「お師匠ーー!!」

人が沢山行き交う昼間の路上で、ハチナイが刺された。

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