第15話 うどん、マイエを泣かす
ハチナイが人知れずキマイラを倒してから。20日が過ぎている。
スワンの街の幹部達はキマイラの動向を気にしているが、ぷっつりと目撃情報が途絶えて、戸惑っていた。
冒険者ギルドでクエストを出し、周辺を広範囲に捜索したが、見つけられないまま、日は過ぎた。
「よし、キマイラの脅威は去った。5日後に吊り橋のお披露目、とお祝いを開催する!」
領主のロフが幹部達に宣言した。
「滞りなく準備を進めてくれ。」
募集に応じた団員が増え、自衛団は必要な人員を確保出来た。
これで吊り橋の警護は万全。
もう既に、スワンの町民達は、何度も完成した吊り橋を見学に訪れている。ただ、街の外部には言わない様に通達してあった。
それが領主の号令で、情報解禁となった。
「********
スワンの街に、かつての吊り橋が再建された。
5日後に吊り橋の通行を解禁する。
誰でも 「 川を越えて 」 ニューランドに渡れる事になる。
冒険者達よ集え。
商人よ集え。
旅人よ集え。
吊り橋通行解禁の同日に、盛大に祭りを催す。
ラビナ領スワン街 ナカタ橋管理組合
スワン街商店会
スワン街自衛団
********」
冒険者ギルドや商人ギルドを通じて、他の街や、他領宛にもこの情報が送信された。
他領の領主や貴族へは、ロフの秘書官テイから情報が送信された。
魔導師カラの呪い以降、弱体化してしまった国王にも、知らせが送信された。
情報解禁の翌日から、スワンの街に続々と人が集まりだした。
宿屋はどこも満員。
飯屋は大繁盛。
武具、防具も質の良い物が値上がりしている。
住宅の建築があちこちで始まっている。
大工たちは何軒も掛け持ちして家を建てている。
商人ギルドのフクロは、寝る時以外はずっと笑っている、と噂されている。
実際、笑いが止まらないらしい。
吊り橋の通行料は、幹部会議で1人銀20枚と決められた。
通行料の徴収はナカタ橋管理組合が行う。
これは、新たに作られた組織だ。
架橋に貢献した「ナカタ様」の名を冠した橋を維持管理運営していく組織である。
徴収された通行料から、
有料で警備を自衛団に依頼し、
ラビナ領へ納税を行う。
管理組合の利益はスワン商店会にも配分される。
一番の功労者のナカタ様には、スワン商店会と同額が配分される。
商人ギルドに登録したうどん=ナカタの金主、マイエはナカタ様に支払われる金額の内の15%を受け取る事になった。
「そんな大金受け取れません!!」
マイエが涙目でうどんに抗議する。
領主の館の奥庭の東屋に、二人で座っている。
「幾ら貰えるか?
まだ、分からないんじゃない?
吊り橋の通行まだ始まってないし。」
うどんは大金と言われてピンと来ない。
「ケイが昨日の夜ウチに来て、おおよそ計算した金額を教えてくれたんです!」
「こんな事なら、断っておけばよかった。」
と嘆くマイエ。
「ケイちゃんは幾らって言ったの?」
うどんもその金額には興味ある。
「ケイが計算したのは、1日に50人が通行料を払ったらの場合で」
「ふむふむ。」
「詳しい計算内容は覚えてないんですけど、それだと私の取り分、銀貨2703枚になりそうだって…。」
「えーー!!」
「どうやったら、銅貨50枚がそんなお金に変わるんですか…。」
(喜んで良いはずの話しなのだが、金額が大き過ぎて混乱して泣きたくなってるみたいだ。)
「ちなみに聞くけど、それ、吊り橋を渡る人がいる限り毎年入って来るお金だよね。」
「そうだったー、忘れてたー。
一回で終わりじゃ無いんだったー。」
マイエから涙が止めどなく溢れ出した。
「落ち着いて、ね、ね。」
「どう責任取ってくれるんですかー!」
「いやいや、俺を悪者みたいに言わないで。」
「うどん様は悪い人ですー。人をこんな気にさせてー。」
「吊り橋の通行料を1日百人が払ったら、単純に倍だね。ははは。」
(トギさんが、冒険者パーティ20〜30組は毎日通るだろうって言ってたから。
冒険者パーティは通常4人編成。
80人から120人が吊り橋を通ってもおかしくない。)
「倍?
2700枚の倍?
ふぎっ」
と言ったきり、マイエは気絶した。
あまりの驚きに脳がついていけなくなったのかもしれない。
(前にマノウさんが、言ってたな。
銀貨20枚で我が家は一ヶ月暮らせますって。)
「お金の事は置いといて、旅立ちの根回しをしないとなぁ。10日後頃にはスワンの街を出る日が来るのに。」
なんの根回しも出来ていないうどんである。
「大鷲めー、面倒な事頼みやがって…。」
マイエが紙片を握っている、金額の様なメモが書いてある。
覗き込むと
マイエ=2703枚
うどん様=約15000枚
「ヒエっ!
俺の取り分、銀貨15000枚…。
うわ………。」
絶句したうどんだった。
スワンの街に、
「ナカタ様がいつの間にかお戻りになっていた。なのに勇者ナカタ様を見た者はいない。」
という噂が流れている。
関係者には厳重に口留めしてあるので、ナカタ様=うどん様という事に気付いている街の者は誰も居ない。
結婚適齢期の女性達にとって、ナカタ様を探す、見付ける、のがスワンの街で一大ムーブメントになっている。
玉の輿ってやつである。
中には、夫が居ても関係なく、突撃する気満々のツワモノ妻も居るとか。
うどんは、こうなる事を予想していたかの様な、スワン街の幹部達の先見性に、驚愕すると共に尊敬もしていた。
そのお陰で、うどんの毎日はしごく平凡だ。
領主の屋敷でも、ロフ、テイ、マイエ以外の使用人達は、うどんの秘密を知らない。
食堂に居ると、テイに耳元で囁かれた。
「独身の女性が、冒険者に紛れて単身スワンに移り住む現象が出てるらしいですよ。」
「えっ?
それ俺に関係が?」
「飢えた女にロックオンされない様に、お気を付けあそばせ。」
テイがうどんを、からかう目で囁く。
「こーわ。
なんか今、聞き流せない怖さを感じましたよ。」
フフフ、と形の良い尻を振りながら、テイが食堂を出ていく。
(それを言う為だけに近付いたのかな?)
女の情念の様なモノを残して出て行ったテイを、"怖い女認定"したうどんだった。
うどん、ハチナイ、マイエの3人は、スワンの街を歩いている。
商人ギルドから "うどん様にお越し願いたい" との連絡があった。
商人ギルドの建物に入ると、直ぐに商人ギルド長、フクロの執務室に通された。
「ご足労ありがとうございます。
うどん様、ハチナイどの、マイエも。」
フクロは朝から上機嫌な様である。
「うどん様のお陰で、スワンの街が急激に変わっていくのが、楽しくて仕方ありません。」
「あぁ、人も増えてますね。」
「移住希望者が凄く増えてます。別の街の商人ギルドは勿論、他領のギルドからも移住希望者の連絡がひっきりなしにあるんです。」
宿屋も満員だと聞いている。
そんなに増えて、どこに泊まるのだろうか?
急ピッチで建築は進んでいる様だけど。
「商人ギルドもスタッフを増員致しました。
もっと手狭になったら、隣の建物を買い取って、ぶち抜いて繋げますかな。
わはははは。」
フクロが無理やりうどんの手を取って握手する。
「うどん様のお陰ですよ。私が理事を務めるナカタ橋管理組合も、
スワン街商店会も、
うどん様の御恩に感謝し、必ず報いますからね。」
(商人ギルドに入会した時は、少し小馬鹿にされた雰囲気も感じたけれど、さすが商人だなあ。)
「うどん様、ギルドカードをお持ちですか?」
「はい、此処に。」
そう言いながらカードをテーブルに置く。
「では、こちらが新しいうどん様のギルドカードです。」
差し出されたカードが、高級そうに光を反射している。
「プラチナカードですよ。Aランクです。」
「プラチナ!」
「Aランク。」
うどんとマイエが前のめりで驚く。
「どういう事です?
まだ商人ギルドとは何も取り引きしてないと思いますが。」
「何を仰っているんです。
ナカタ橋架橋の第1の功労者ではないですか。
その報奨金が、このカードの口座に入金されてますよ。」
「そう言えば、報奨金が出るとは、最初の頃に聞いた気がしますね。」
うどんはすっかり忘れていた。
「銀貨10000枚、入金してあります。」
「えー!!!
銀貨1万枚。」
顎が外れるほどの驚きだ。
「そして、橋の通行料の徴収が始まったら、そのカードの口座に、自動的に毎月入金がありますからね。」
ムフフ、とフクロが機嫌良く笑う。
「私の予想だと、年に銀貨2万枚は超えるんじゃないですか?」
マイエは口に手を当てて驚いている。
ハチナイはさっきから、笑いを堪えて我慢している様子だ。
とうとう、堪えられなくなったのか、ハチナイがうどんの背中を掌でパンパンと叩く。
「痛快だ!
わしも長く生きてきて、こんなに痛快な事は無い!
ワハハ、ワハハ
やりましたな、うどん様。」
「俺、この世界でお金持ちになっちゃった…。」
「うどん様、プラチナカード、絶対に無くさない様に。」
と真面目顔に戻ったフクロから注意される。
「マイエもギルドカード出して。」
「フクロさん、私もですか?」
と言いながらマイエもカードを出す。
俺が今提出したカードと同じ色のカードだったので、マイエもランクFだったんだと知る。
「じゃあ、これがマイエの新しいカード。」
フクロがマイエに手渡したのは、金色のカードだった。
「ゴールドカードだよ。
ちょっと早いけど、もう交換しておく。
Bランク。」
マイエが怪訝な顔をしている。
「マイエにも、通行料の徴収が始まったら、うどん様の報酬の15%がそのカードに入金されるからね。」
「友達にもゴールドカードを持ってる事を教えたらダメだよ。」
マイエが不安そうな顔をする。
「ゴールドカードにBランク…。」
「大丈夫じゃよ、マイエどの、
スワンの街の幹部様達や関係者は口が硬い。
それはわしが実感している。
感心な、良い政をされている。
甘えなされ甘えなされ。」
「はい・・・、はい。」
と素直に頷くマイエが可愛らしかった。
「ナカタ橋を見に行きませんかな?」
ギルドを出た3人。
ハチナイの案に、3人は川に向かって歩きを進める。
「カードに入金されたお金は、どこの街の商人ギルドでも引き出せるのですか?」
ハチナイにうどんが質問する。
「そうですよ。
何処へ行っても、商人ギルドで現銀が出せます。」
ハチナイが微笑む。
マイエは考え込む。
吊り橋には、見物客が大勢集まっていた。
自衛団が吊り橋の周りに、丈の低い柵を立て回し、警備している。
柵は、大人なら跨げる程度の高さなので、見物客を威嚇する様な物々しさは無い。
吊り橋の通行解禁や、お祭りを待ち望んでいる雰囲気が伝わってくる。
3日後が通行の解禁日だ。
見物客の中に、子供もかなりの数混ざっていて、あちこちで、吊り橋を渡ってみたいと父や母に言っている声がする。
(子供に通行料の銀貨20枚は出せないだろうなぁ。)
吊り橋への期待度を確認し、3人は街へ引き返している。
うどんは考え事をしていた。
橋の人気ぶりを目の当たりにして、さらに沈思している様な感じだ。
マイエが心配そうに、うどんを見ている。
ハチナイが、美味しいスパゲティの店が有るというので、そちらへ向かう。
路地の奥にある、隠れ家的な雰囲気とおしゃれさが調和した店に、ハチナイが二人を連れてきた。
夜は外食して、楽しい酒を呑んでいるらしいハチナイだ。
夜に街を出歩く事で、知った店なのだろう。
店内を眺めるだけでも楽しい空間だ。
うどんとマイエは、店内を眺めているだけでも飽きない。
3人揃って、お店の"今日のオススメ"を注文する。
(この世界に来たばかりの頃は、お金がなくて、屋台の焼き鳥も買えなかったなぁ)
「うどん様、ハチナイ様と私に、何か隠し事をしていませんか?」
ド直球でマイエに迫られて、うどんはタジタジになる。
言い出せずにいたので、いい機会だと思って、二人に話す事にした。
ニューランド側に居た時の夕暮れ時に、黒い大鷲に会った事。
大鷲からの頼まれ事。
大鷲が魔導師カラだと名乗った事。
次の満月の日に、旅立てと言われた事。
話しの途中で、出て来たスパゲティを頬張りながら、全て偽りなく二人に話した。
付与されたスキルの事も。
「私もうどん様と一緒に行きます!」
マイエが断固とした、決意を持った表情で言う。
「冷静に考えて、マノウさんやエスタさんの意見も聞いてね。
ケイちゃんの意見だって。」
「そうじゃよ、親御さんの意見は、マイエどのを一番親身になって考えてくれてる意見じゃで、家に帰って話すといい。」
ハチナイが優しく言う。
「じゃあ、ハチナイ様はどうするお積もりですか?」
平静を保とうとしながら、マイエがハチナイに聞く。
「わしは、暇な余生を過ごしておる、隠退冒険者なのでな、弟子とスワンを離れてもなんの問題も無い。
うどん様が望めばじゃが。」
「ズルい。ハチナイ様。」
ダムが決壊するように、マイエの目から涙が溢れた。
また、泣かせてしまった、と思ううどんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます