第12話 魔道士カラの依頼

 黒い大鷲が、うどんの上に覆いかぶさっている。

鋭い嘴がうどんの体のすぐ近くに迫る。大鷲の眼がうどんを凝視している。


「起きろ、起きろって、おーい、うどーん。」

頭の中で、俺を呼ぶ声がする。


大鷲が右、左と大地を踏みしめ、羽をばたつかせる。


「起きろ、起きろって、おーい、うどーん。」

やはりさっきから、頭の中で、俺を呼ぶ声がする。


「はっ!!」

うどんは気が付いた。

目を開ける、巨大な嘴が目の前に迫っていて。うどんを凝視する目に射すくめられた。


(だめだ、食われる。)

目を瞑った。諦めの境地だった。


「今起きただろ、目を開けろ、寝るな!」


(誰だよ、死ぬ間際に話しかけるのは?)


「わしだよ、目の前にいるわしが話しかけてるの。」


「え?」

うどんはキョトンとして、目を開けた。


「さっきから声がするのは、あなた?」

大鷲を見上げて言う。


「ふーーー、そうだ、わしだ。」

大鷲の威圧感が凄い。


「食べない?」

「食わん」


「殺さない?」

「殺さん」


 (はー、良かったー、絶対死んだと思った。)

「うどんよ、落ち着け、危害を加えるつもりはない。」

「はあ。」


「わしは大魔道士カラ、分かるか?」


「どこかで聞いた様な・・・。」

うどんは起き上がって、大鷲を前にあぐらをかいて座る。


「まあ良い、スワンの架橋については、お主はいい仕事をしたと思うている。

真面目な人柄も良い。」


「はあ。」


「でな、でな、他にも、うどんに橋を掛けて欲しい街がある。」

「えっ?」


「やってくれるなら、お主の望む能力 スキルを授けるが。」


「急に言われても、何も思いつきませんよ。例えば?」


大鷲の眼光がさらに鋭くなった。

「モテモテの能力とか。

イケメン絶倫に変身できる能力とか。

透明人間になれる能力とかー。どうじゃ!」


「エロ方向のばっかりじゃないですか!

男だから嫌いじゃないけど。

他には?」

うどんが呆れて言う。


「わし、恥ずかしいのを我慢して言ったのに、クソっ後悔するなよ。

ではのう・・・。」

大鷲が悩む気配を見せる。


「前に、弱い自分を嘆いていたのう、力を上げる能力とか、足が早くなる能力とか、どうじゃ?」


「んー、んー、魔法を使える様になります?」


「それはダメじゃ。却下。」

「なぜです?

この世界で魔力0なの恥ずかしいんですけど。」


「だって魔力が0だから、川を渡渉出来るんじゃもん。

魔力を持ったら川で魔魚に穴だらけにされるぞ。」


「・・・。だから俺、魔魚に襲われないんですか…。なるほど〜。」

少し納得してしまった。



「特に無いなら、わしが勝手に能力を付与するぞ、良いか?」

「ええ!?ちょっと待って下さい。」


「早くしろ。5分待つ。」


 うどんは焦って悩んだ。

(エロの能力は魅力的だけど、35歳でエロに奔れるほど心臓に毛が生えてない。

だからエロ方面は却下。)


 大鷲が、嘴でうどんをつつく。早くしろと言う意味らしい。

(やめて、気が散る。)


(せっかく魔法がある異世界に来て、魔法が使えないってどういう事だよ。

えーっと、パワー系?スピード系?

ダンジョンで役立つ系とか?あぁ、それ魔力使うやつだ。

ええっと、ええっと。)

 その時、うどんの頭にマイエとハチナイの顔が浮かんだ。


「もう良いか、勝手に付与す・・・。」

大鷲の言葉を遮って、うどんが喋った。

「じゃあ、じゃあ、俺がパーティに誘ったら断れない能力。

って出来ますか?」


「ふふん、なるほど、そういう能力は思いつかなかったな。

では、パーティに入れるのも外すのも断れない能力を付与してやろう。」


 大鷲の足の爪がうどんに触れると、何かがうどんに注がれる気配がした。

うどんの体が徐々に黄色い光に包まれ、数秒後、光が消えた。


「最初に組めるパーティの人数は4人じゃ。経験値を積めば最大人数は増える。」


大鷲が羽を広げて、羽ばたく準備を始めた。


「次はわしの願いじゃ、バイシク国ロング領マナカの街の川に橋を掛けよ。

急がぬでよい、次の満月の日に旅立て。」


大鷲が羽ばたくと、強風を残して飛び立っていった。


「バイシク国ロング領マナカの街の川に橋を掛けよ。

旅立ちは次の満月の日。」

忘れないように、口にして覚えた。


 周囲は宵闇に包まれようとしている。

(確か昨日が満月だったので、旅立ちは一ヶ月後か。)


 うどんにとってスワンは離れがたい街になっている。

この街を出たくは無いが、あの大鷲に嫌われれば簡単に殺されるだろう。

行くしか選択肢は無さそうだ。


大鷲が飛んでいった空を眺める。

太陽が沈んだのとは反対側の空に、星が出ていた。


「帰る時間だ。」

そう呟いて、うどんは櫓のある河原に向かって歩みを進めた。



 渡渉してスワンの街側の河原に戻ると、ハチナイとマイエが待っていた。


「帰りました。お腹すきました。」


「はい、帰りましょう!」とマイエ。

「帰ろう帰ろう。」とハチナイ。


3人それぞれに話したい事が沢山ある。

でも今は静かに家路に帰るとしよう。

話す時間はたっぷりあるのだから。


(あの黒い大鷲の姿は、二人には見えていなかったみたいだなぁ。

見えていたら、マイエちゃんが静かに川岸で待ってない気がする。

あの大きな姿を隠せるって、やっぱ、此処って魔法の世界なんだな。)


「ついさっき、向こう岸でこの教会位の大きさの鷲に会いました。」

って、歩きながら横にある建物を指差して、冗談ぽく言ってみたら。


へえー、とマイエちゃんに怪訝な顔をされた。

うどん様も変わった冗談を言うことがあるのね、という表情だ。


(やっぱり見えてないのね。)

とうどんは思いつつ、

「あっ」と立ち止まった。


「どうしたんですか?うどん様。」


「向こう岸に、長剣と盾を忘れてきました~。」


情けない声でうどんが言うと、二人がにこやかに笑った。




 翌日、うどん、ハチナイ、マイエの3人は冒険者ギルドに向かった。

ギルドの扉を開けると、受付嬢のソアラが声を掛けてきた。


「うどん様、昨日のインシリー受け取りましたよ。」


「良かった。重いのに、あの職人さん、ちゃんと持って来てくれたんですね。」

言いながら、うどんがカウンターに近付く。


「今回、冒険者ギルドとの初取り引きですね。

今後とも宜しくお願いいたします。」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


「昨日のインシリーですが、Eランク魔物になります。

討伐依頼は出てませんので、肉と素材の買い取りでよろしいですか?」


「はい、それでお願いします。

インシリーはEランク魔物なんですね。

お師匠の稽古のお陰で、俺でもなんとか倒せました。」


うどんの後ろで、ハチナイとマイエがニコニコ聞いている。


「肉と皮革の買い取り金額が銀貨1枚」


「へー、皮も素材として使うんですね。」


「はい、それと、牙が大きく発達している個体でしたので、牙の買い取り金額が銀貨3枚になります。」

ソアラが、営業スマイルではないのだろうが、とびきりの笑顔で言う。


「嬉しい!牙の方が高いんだね。」


「魔物によって買い取り金額が違います、ランクが高い魔物が買い取り金額も高くなる傾向にあります。」


「まあ、そうですよね。」

マイエがうどんの背中をツンツンする。


「あっ、そうそう、ステータスを確認したいんですが。」


「ハイ、ではこちらの石版に手を置いて下さい。」

ソアラがカウンターの下から石版を出した。


うどんが右手を置く。


 ステータスが表示された。

 レベル1

 職種なし

 適正 水

 魔力 0

 攻撃力3

 防御力2

 力5

 技5

 素早さ5

 知3

 幸運10

 耐2

 スキル:強制連携+3


「レベルは1のままだけど、他は少しずつ上がってるな、よしよし。」


(大鷲に付与されたスキルが追加されてるな、強制連携+3、これ説明無かったらどんなスキルか分からないよ。)


「まあ、焦らずゆるゆるとステータスを上げましょう。」とハチナイ。


「はい。お師匠。」



「ハチナイ様、ギルド長がお話があるそうです。

お時間よろしいですか?」

と、ソアラがハチナイをギルド長の執務室がある、2階の階段を手で示す。


「できれば、ハチナイ様だけ。」


ハチナイがうどんと目を合わせる。

「お師匠、マイエちゃんと、そこのテーブルで待ってます。」


「そうですな、ちょっと話しを聞いてきますで、お待ちを。」

そう言い残してソアラと2階に上がって行った。


 冒険者ギルド長、トギの執務室。

ソファに座るトギとハチナイ。

直ぐにソアラが温かい飲み物を持って来た。


「トギどの、何用ですかな?」


「ご足労申し訳ない、うどん様は下ですな?」

ハチナイがコクリと頷く。


「うどん様に隠す積もりは無いのだが、取り敢えずハチナイどののご意向を聞きたいので。」


「私の?」


「冒険者ギルドとして、ハチナイどのに高難度クエストをお願いしたいのだ。」

そう聞いて、ハチナイの眉間に皺が寄る。


「わしは30年も前に冒険者は隠退しておる。

ギルドの登録も抹消されてるし、再度登録する積もりも無いが。」


「それは、サクラとのやり取りで分かっているのだが。

街の西の丘でキマイラが出て、何組か討伐に向かったのだが、失敗している。」


「キマイラか…。」

 キマイラはライオンとヘビの頭を持つAランクの魔物だ。

全員がAランクのパーティで勝てるかどうか、出来れば2パーティで討伐隊を組みたい魔物だ。

Bランクが束になっても勝てる見込みは無い。


「わしでは力不足じゃよ。買い被りだ。」


「コボルト11体を瞬殺するハチナイどのならもしかして、と思ってな。」

トギもハチナイなら倒せるとの確信を持って言ってはいない。


「そうか、ダメか、そうだな、なら別口で対策を考える。」



 銀貨4枚を貰って冒険者ギルドを出た。


「トギさんは何のお話しでした?」

マイエがハチナイに聞く。


「街の近くの丘にキマイラが出ているらしい。

マイエちゃんが知らないなら、街の衆にはまだ伏せてるのかのう。」


「キマイラ!!」

マイエの声が上ずる。


「お師匠に直接討伐依頼をしてこられましたか。」


「役不足じゃと断りましたがな。」


(キマイラって、確かライオンと竜の頭が2つ、尻尾にもヘビの頭があって、羽もあって、空を飛ぶって奴だったけど。)


「お師匠、キマイラはどんな魔物ですか?」

と、うどんが聞く。


「キマイラは、説明しにくいのう。絵でも有れば良いのじゃが。

とにかく魔法耐性が強いのでな、魔法使いの攻撃はあまり効きませんのじゃ。」


「羽は有ります?」

「羽は無いのう。」


(俺の知ってるキマイラとはちょっと違うみたいだ。)


「あまりランクをどうこう言うのは良くないとは思うのですが、キマイラのランクは幾つで?」


ハチナイが不敵に笑って。

「Aランクじゃ。」


「うわ~~。」

うどんとマイエが、同時に顔をしかめて嘆いた。



 ザカが営む居酒屋に、初顔の冒険者が来て酒を呑んでいる。

荒んだ雰囲気の40歳前後の男だ。

食う量より、酒の量が多いから、かなり、酔っている。

いい酒の飲み方ではない。


初めて来る客は珍しく無いのだが、荒んだ雰囲気の1人客なので、ザカもカヤも用心して見ている。

初顔で来る冒険者はパーティで来る事が殆どだから。


 男が、ポケットから折り畳んだ紙を出して、


「親の仇を探している、こんな男に見覚えは無いか。」

というので、ザカも、カヤも含め、近くのテーブルの者達も、その紙の似顔絵を覗き込んだ。


どっかで、見たような気がするなと、似顔絵を見た何人かが思った。


「はて?」

似顔絵に描かれているのは、目付きの鋭い、40年配に見えるの男だ。


店主のザカが聞いてみる。

「その似顔絵の男は、このスワンに居るんですかい?」


「いや、男を探して、あちこちの街を訪ねている。何の手掛かりもない。」

それを聞いた、近くのテーブルの客達が、次々に男を励ます。


「その似顔絵の男を見掛けたら、アンタに教えるよ。」

「その内必ず見つかるさ、アンタに女神様のご加護を。」

などと同情して話す。


 ザカには何となく思い当たる人物が居た。


(あの人がこの人の親の仇とは思えないが…。)

ザカの頭に思い浮かんでいる人物はハチナイだった。






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