ソフィア・レ・デュオ✧22世紀の日常と嗜癖と。

十夜永ソフィア零

22世紀のどこか違う青春の日々。【ソフィア・レ・デュオ 管制棟】

第二の世界転移の日 【三八式ぼっち、比任捌八希】

『お目覚めですか、サバキさん?』

 静やかな声が俺を呼ぶ。

 

 さば……き? サバキ? 裁き。

(何の、裁き?)

 そうだ。彼の内国で家事裁判なんてのを受けたんだった。


 いや、違う。サバキは俺の名……だ。

 無限小サイズに圧縮されていた俺の脳が、記憶を取り戻していく。


 そう、俺は、比任ひとう捌八希サバキ


 急速に訪れてきた覚醒感と共に、俺は目を開けた。

 視線を受けたディスプレイか、4つの□マークを表示し、再び静やかな声。

『ロックを解除しますか?』

 

 そうだ。思い出した。

 俺は、妹と再開するために、この機に乗り込んだのだ。

 ディスプレイの解除キーは、これだ。


「3、8……2、4」

 

 この身体で初めて出した俺の声は、少しかすれていた。

 何、はじめのうちは調子を掴めなくたってしょうがないだろうさ。


 画面にも4つの□には、期待通りに3824と表示された。



そして、3つ年下の妹、の摘希つむぎの写真が順に画面に映し出されていく。


 ✧


 3824は、摘希つむぎと俺との共通符号のような数字だ。

 

「サバにぃ式に、掛け算を教えてやるよ」

 小学校に入る前の摘希つむぎに、俺は得意げに言ったものだ。

「さんぱ、にぃじゅうよん」

 

 小学校高学年になると、元気余ってミリオタ少女になりつつあった摘希つむぎは、ボッチ気味な俺をからかう符号に変えるようになったのだが。

3824三八式ぼっち

 クソゲーやって徹夜明けの俺を、摘希つむぎはそう形容してからかった。


 摘希つむぎの最後の写真は、中学入学後に同級生と撮ったという一枚。

 海に浮かぶ琉球準州は宮古島市の伊良部大橋をバックに、制服姿の二人が手を合わせてウィンクしている。左が摘希つむぎ、右が同級生の子、穂香ほのか

 髪型は同じ、背丈もほぼ同じ(143センチメートル)。寮の同室の先輩がよく似た二人を間違い探し用に撮ったのだという。が、兄である俺から見れば、二人の違いは一目瞭然だ。勝ち気な顔立ちの摘希つむぎと、気弱さが見える穂香ほのかちゃんとでは……。


 ✧


 さて、すっかり目が醒めた。

 圧縮されこの未来世界にやってきた俺が目指すのは、二人と再会すること。正確には、二人のいずれかと。


 伊良部大橋で写真を取ってから3ヶ月ほど後に、二人は通う学校と宮古島ごと謎の異界に転移させられた。


 二人が通っていたのは米軍の支援下で設立されたレールガン部隊養成のためのミリタリーな学校。そして、本気印の軍ミサイル基地も隣接していた。異界にたとえ謎の敵がいたとしても、超音速ミサイル戦時代に備える彼らが、遅れをとることはないはず。


 二人の無事を、俺は信じていた。

 が、その謎の異界にフィールドに物理法則を上書きする難敵がいると聞いてからは、安心できなくなった。


 俺に異界のことを教えてくれたのは、上杉謙神という名の大巫女。その名の通り神がかった子で、平行世界に飛ばした分身体として俺の部屋にやってきた。


 その分身体が、俺に摘希つむぎ穂香ほのかの手助けをしろと言った。俺にはバトルに役立つであろう圧縮の資質があるのだという。

 圧縮の資質が何なのかを知る前に、俺は謙神の誘いを受けた。異界の摘希つむぎたちの手助けができるかもしれない話を断る理由はない。


 分身体に原子レベル以下のサイズに文字通り圧縮され、俺は一度目の世界転移をした。

 訪れた先は、摘希つむぎたちの異界とは別位相の異界にある平行世界の日本。北海道と樺太から成る北辰国と区別する意味で、彼らは内国人を自称していた。その地で、上杉謙神から力を分け与えられた武家の内国人、上杉桃佳なる子に、俺は圧縮の基礎を伝授された。


 

 確かに、俺の圧縮の筋は良いようだった。俺が、直景ただかげ流柔術の分家筋である比任ひとう家の者であることが役立ったようだ。ボッチ気質な俺は、直景ただかげ流の古武術は割りと性に合っていた。その古武術の意の使い方が、物理法則を操る異能の類に応用できるなど、想像したこともなかったが。


 そして、上杉謙神に導かれ、俺は二度目の世界転移を行った。これから降り立つこの世界は、異界の敵との主戦場になるのだという。

 自らが物理法則を操っている上杉謙神が、難敵と呼ぶ異界の敵がどんな無理ゲーな敵なのかは知らない。

 どんな敵だって良いさ。妹の摘希つむぎか、その親友の穂香かに、この世界で再会できる、というのだから。


 なんでどちらか一方だけに?

 そう思うよな。

 

 けれども、お互いに物理法則を書き換えあっている中で世界転移を行うということは、そんなものらしい。転移先で生じることは確率的にしか分からない(どちらとも出会えないのかもしれない、なんてことは考えないようにしている)。


 そんなもんだって言うなら、まずは世界に飛び込んでみるしかないだろう。



 俺は第二のパスコードを呟く。

 「4、2、8、3」


 「3824三八式ぼっち」の逆順のこっちは、摘希つむぎ的には「4283夜道にヤーさん」らしい。全く、小学生の言う事じゃないだろうに。


 ディスプレイから摘希つむぎたちの写真が消えた。

 この世界との通信が始まる。





 画面に、摘希と穂香が現れた。

「おひさ、サバぃ」

 懐かしい口調で摘希がニカッと笑う。


「お久しぶりです、三八サンパチのお兄さん」と穂香が頭を下げた。

 穂香にも兄がいる。ゴールデンウィークに宮古島を訪れた俺の事を、『三八サンパチの方のお兄』」と呼ぶように、摘希は穂香に仕込んでいたのだった。


 思いがけず二人の姿を見ることになって歓喜が浮かびつつあった俺だったが、三八サンパチのお兄と聞いたところで違和感を覚えた。この声、明らかに穂香じゃない。いや、それを言うならば、摘希の声の方もどこか……。


 違和感にとらわれ、どう返したものか刹那固まる俺。


 ディスプレイから二人の姿が消えた。




「ごめんなさいね。はじめに謝っておくわ。

まずは、こうやってお出迎えするよう言われたもので」

 静かな声音が言った。


「そうだよ~、ちょっと趣味が悪いよね、ごめんね~」

 別の声が続けた。こっちは、穂香ほのかの声音を真似ていた方だ。


 ディスプレイに、二人の見知らぬ女子が現れた。

「はじめまして、比任ひとう君。ユキノカミアキナです」

「はじめまして、比任ひとう君。ハマダショコラ、ですです」


 澄ました顔の方が雪乃上ゆきのかみ晶菜アキナ、大げさな笑みを浮かべている方が濱田はまだ翔子楽ショコラだと、映し出された漢字で分かった。この世界でも、同じような漢字を使うらしい。


比任ひとう捌八希サバキです。どうも、はじめまして」


 ひねくれた声が出た。仕方ないだろう。あんなフェイクな姿を見せられた後じゃ。

 俺の目から見ても、完璧に思える摘希つむぎたちの姿だったにしても。


「まずは歓迎するわ、比任ひとう君、ようこそ、22世紀世界に。そして、妹の摘希つむぎさんの声音を真似たことを改めてお詫びしておくわ」

そう言って、晶菜アキナは頭を下げた。その落ち着いた所作は、俺の気持ちを冷ましてくれた。


比任ひとう君、ようこそ~。凪沙野穂香なぎさのほのかちゃんの声を真似たのは私ですぅ。似てなかったよね。ごめんね」

笑みを浮かべたままに翔子楽ショコラが言った。


「あのね、晶菜アキナちゃんはね、ぁ、私はアッキーと呼んでるからアッキーって言うね。あのね、アッキーも比任ひとう君と同じく、この世界に転移してきたんだよ。3年前に……

 でね、アッキーの時もね、元の世界、ぁ、アッキーは大日本帝國ってとこから来たんだけどね。アッキーがソフィアレ・デュオに着いた時もね、アッキーの大事な人の姿でのお出迎えがあったんだって。雪乃上夏目さんっていう、すんごい美人ないとこの……」


 話し続ける翔子楽ショコラの声を、晶菜アキナの声が遮った。


「端的に言って不快さを伴う経験だったわ。なので、同じような事に私が加担することには、とても前向きに慣れなかったのだけれど」


 妙なテンションで話していた翔子楽ショコラの声が止まったことに、俺はホッとしていた。


 異界ではないにしても、ここは100年先の未来世界だ。転移後に目覚める前に記憶なんかを読み取って、完璧なフェイクを作る技術くらいはあるのだろう。

 固いというか、どこか時代がかった口調の晶菜アキナ。彼女は、元の大日本帝國とやらでは、バーチャルな映像をそもそも見たことがなかったのではないか。


 摘希つむぎたちのフェイクが現れた理由を、俺はまずは晶菜アキナから聞いておきたいと思った。あと、摘希つむぎとしか思えない声音をどうやって出せたのかということについても。

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