自己犠牲ヒーローの献身〜親友よ、どうか幼馴染を幸せにしてあげてくれ〜
午前の緑茶
第1話 事故
「これでまた3人一緒だな」
賑わうファミレスの中で、テーブルに向かい合って座る坂口駿は口を開く。
「ほんと、大学までみんな一緒なんて嫌になっちゃう」
隣でちゅるちゅると飲み物をストローで吸う小鳥遊明奈。長いまつ毛が横顔からはっきり見える。うんざりした表情を浮かべながらも、口元にははっきりと笑みが浮かんでいる。
駿と明奈は俺の幼馴染だ。生まれた時からずっと一緒にいる。腐れ縁と言ってもいい。
「そんなこと言ってー、本当は喜んでるくせに」
「うるさい。要は黙って」
明奈は俺の名前を呼んでぷいっとそっぽを向く。背けた横顔には僅かに朱が刺している。からかったのがお気に召さなかったらしい。お可愛いこと。
ついさっき大学の合格発表を3人で見てきたところだが、無事3人とも同じ大学に通えそうなので安心だ。
合格発表までも1週間は正直、気が気でなかった。これまでずっと一緒に過ごしてきた訳だし、今更二人がいない生活なんて想像がつかない。
何より、もし自分だけが二人と離れ離れになったら……。そんな嫌な予感が何度も頭をよぎった。まあ、みんな合格したのでそんな心配はもう要らないが。
「こうやって3人で集まるの久しぶりな感じするー」
「実際、受験で忙しかったからな。3ヶ月ぶりとかじゃないか?」
「もうそんなに?」
駿の言葉に明奈は僅かに目を大きくする。自分としても驚きだ。そんなに3人で遊ばなかったのは初めてだろう。そりゃあ、久しぶりな気持ちにもなるか。しばらくの間、3人での下らない話に華を咲かせ続けた。
店を出ると、駿がスマホを見ながら何やら神妙な面持ちを見せる。
「じゃあ、俺は寄るとこあるから」
「えー、せっかくなんだし、3人で帰ろうよ」
「うるせ。こっちはこれから大人の本を吟味しにいくんだよ」
「うわ、最低。さっさっと行って」
明奈のドン引きした冷気がこっちまで伝わってくる。ひえ、怖い怖い。
駿は特に気にした様子もなく、明奈から背を向ける。そのままこっちに寄ってきて俺の肩を手を乗せた。すっと軽く顔を寄せる。
「せっかく二人きりにしてやるんだ。そろそろデートの誘いでもしとけよ? 受験も終わったんだし」
「っ……ありがと」
にっといたずらな笑みを浮かべる駿。何かと背中を押してくれる駿の存在は本当にありがたい。手をひらひらと振って駿は去っていく。なんてかっこいい背中だ。エロ本を漁りに行くだけなのに。
「こそこそ二人で何話してたの?」
「ん? おすすめのエロ本聞かれてた」
「もう、二人して最悪」
呆れたため息が明奈の口から漏れる。流石に本当の会話は話せるわけがない。
「じゃあ、俺たちも行こっか」
「うん。二人で帰るのも久しぶりな感じする」
「実際、久しぶりだし」
「ちょっと変な感じ」
「変?」
「……なんでもいいでしょ!」
なにか気に入らなかったようで僅かに明奈の歩速が上がる。遠ざかる明奈の背中を慌てて追いかけた。
慣れた家路を二人で歩く。会話で時々溢れる明奈の笑顔が太陽のように眩しい。なぜか見ているだけで胸が弾む。
「……あのさ」
「うん? 要、どうかしたの?」
足を止めると、明奈が立ち止まって振り返った。図らずも明奈の上目遣いの視線が交わる。くりくりとした瞳が愛らしい。
明奈と遊ぶことなんてもう何度もあるはずなのに、いざ誘うとなると妙に緊張する。簡単な言葉のはずがなかなか口から出ない。
一度深く呼吸して、ようやく口から出た。
「……受験も終わったしさ、今度二人でどこかに行かない?」
「っ! 行く!」
「そ、そっか」
予想外の食いつきようだ。身を乗り出さんばかりの頷き具合。思わずこっちが一歩引いてしまった。
「な、なによ」
「いや、別に。いつなら空いてる?」
「来週末の土曜日とか?」
「ん、分かった。じゃあ、その日にしよ」
デートに誘えたことに内心でガッツポーズを繰り出す。安堵が半端ない。
(やっぱり、明奈も俺のことを……)
受験の間は先延ばしにしていたが、これは次のデートで行くしかない。改めて気合を入れ直す。
「楽しみにしてる」
「俺も楽しみ。受験の不安も無くなって心置きなく遊べるし」
「それね。高三の後半とかずっと不安だったもん」
「明奈でもそうなんだ?」
「なによ、私が脳天気みたいに」
「いや、それは事実……」
「なにか言った?」
「いや、何も言ってないです」
細められた明奈の視線が怖い。触れない方がいいこともあるよね、うん。触らぬ神に祟りなし。
「じゃあ、私こっちだから。来週の楽しみにしてる」
「ああ。詳しくはまた後で」
「うん、またね」
交差点に差し掛かり、明奈とは別な道を辿る。デートに誘うことに成功したし、スキップして帰りたい気分だ。あの感じ、絶対上手くいくはず。駿も完全に脈ありだって言っていたし。
来週には付き合っているのか……。あまり想像がつかない。なにか変わるのか。あるいは何も変わらないのか。
どっちになるにしろ自分の気持ちは伝えたい。ずっと大事にしてきたこの気持ちを。
来週を想像してついにやけそうになっていると、いつのまにか6車線の横断歩道まで来ていた。白と黒の線の上を歩いていく。
ふと、なぜか横を見た。なにが気になったのかは自分でも分からない。ただ、なにかが俺を横に向かせた。
迫る一台の大型車。赤信号のはずなのにブレーキをかける気配がない。減速することなく進んで来る。
幸い、戻れば間に合いそう。だが、俺より前に女の子が一人歩いているのが視界に映る。
女の子に気付いた様子はない。ゆっくり呑気に歩いている。気付けば、身体が勝手に動き出していた。
駆け寄り、思いっきり突き飛ばす。女の子のポケットからスマホが落ちる様子がゆっくり見える。後ろ姿で表情は見えないが、さぞかし驚いているに違いない。
ぐしゃり。何かが折れる音。続いて襲う衝撃。ふわりと重力から解放される。視界がぐるりと回転した。
「かはっ……」
背中に再び衝撃が来て、肺から空気が無くなる。吸っているのにあまりに苦しい。なぜが横たわっていて、視界には高い青空がやけに広く輝いている。
痛い。熱い。気持ち悪い。ぐらりと視界が揺れて、重い瞼が視界を閉じた。
♦︎♦︎♦︎
ゆっくり。ゆっくり。意識が浮上する。まるで久しぶりのように。静かな空気の中で、瞼が開く。
まず視界に飛び込んできたのは天井。暗闇の中でぼんやり見知らぬ天井が浮かび上がっている。
(…………どこだ、ここ)
まるで知らない場所。自分が横になっていることだけは分かる。首を動かし、横を見ると、アパートの一室のような部屋。知っているものは何一つない。
今度は逆を向く。
「……は?」
すやすや寝息を立てる一人の女の子。暗闇の中でも光り輝いているのかと思うほど、肌が白い。端正な顔立ち、首、さらにその下へと視線を向けて固まった。
隣に見知らぬ女の子が一糸纏わぬ姿で眠っていた。
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