100年を数える100年間

鈴木秋辰

100年を数える100年間

小さな国の小さな城だった。

「大臣よ、大臣はいるか」

「はっ、ここに」

小さな国の小さい城なりの大きな王の間に大臣が馳せ参じる。普段であれば定例の議会が行われるのだが、このような急の呼び出しは決まって王に不安がある時だった。

今の王様は良い王様でも悪い王様でもなかった。何か国を豊かにする改革を行っただとか、戦争で大きな武功をあげただとかそういった実績があるわけではない。かと言って悪政を敷き、城下に不浄を蔓延させるだとか、地位にかまけて贅沢三昧ということもなかった。先代から受け継いだ領地を、政治を、取りこぼす事なく守っていたのだ。つまり名君である。しかし、そのような王が歴史に名を残すわけではない。むしろ影は薄いほうで、何もしなかった。という扱いだ。王は几帳面であった。また、自分の能力が及ぶ範囲をよく理解していた。だから無理なことはせずできることをできる範囲で行った。前述の実績はこの性格あってのことだろう。そして今回、大臣を召集したのはそんな王の几帳面な心配事からだった。

「大臣よ、来月に控えた建国百年の記念式典の準備、順調か」

「もちろんでございます。中庭から楽団の演奏が聞こえますでしょう。我が国にふさわしい美しいマーチです」

「ふむ、確かに素晴らしい。しかしな、わしの懸念はそこではないのだ」

「と、申しますと」

「前回の定例会議の際、歴史学者が言っておったこと、覚えておるじゃろう」

「ええ、百年前の長い戦の末、我が国は勝利し、勝鬨の声と共に太陽が昇り、それが建国の瞬間であった。という話ですな」

「そう、その話じゃ。大臣よ。記念式典は今中庭で練習をしておる楽団のマーチをもって開式とする予定であったな」

「そうです。我が国にふさわしい勇ましいマーチです」

「マーチに文句はない。そこでな、わしはその記念式典を百年ちょうどのタイミングで開式したいと思っておるのじゃ」

「でしたら簡単です。歴史学者の言ったように、日の出と共に式典を開始すればよろしいかと」

「うむ、それはわしも考えた。しかし、我が国は四方を山に囲まれておる。山の高さの差異のおかげで太陽が地平から昇って見える瞬間が場所によって異なるのじゃ。戦争の記録は残っておるから、歴史学者に聞けば大まかな場所はわかるじゃろう。しかしそれでも、天気や山頂の木々によって太陽が顔を出す正確な瞬間は百年前とは異なるはずなのだ」

その時、正午を告げる教会の鐘の音がなった。中庭の楽団は練習を中断し、城館の中へと戻って行く。

鐘が空気を揺らし終わるのを待ってから王はゆっくりと口を開く。

「時に大臣よ。あの教会の鐘の時刻は正確なのだろうか」

「もちろん正確でございます。国民はあの鐘に従って生活をしていますから」

「あの鐘は誰が管理しておる」

「城下町の時計職人です、整備を欠かす日はないと仕事熱心で評判の男です」

「そうであるか、もしその鐘が昇る太陽より正確な時刻を知らせることができるなら、開式のタイミングをその男に任せたい」

かくして翌日、臨時の定例議会が召集され、時計職人もまたその場に招かれた。

「はあ、なるほど王様のお話はわかりました。あっしのようなしがない職人にお任せいただけるとは身に余る光栄でございます。しかし、いくらあっしでもお天道様よりも正確な時間を告げる事はできないでしょう」

「むう、難しいのか」と王様。

「ええ、ええ。あっしが作る時計も元を辿ればお天道様の動きを参考に調整して作っておりますから。そのお天道様より正確な時刻を告げることはどうしてもできないのです」

「そうか。わざわざ呼び出してすまなかった。これからも鐘をよろしく頼む。もう下がってよいぞ」

「あ、ありがとうございます。そうだ、今しがた思い出したんですがね、城下町にはこんな噂話がありまして。国を囲む山の一つに隠居した賢者がいるそうでして、その男はずっと時の始まりから今が何秒か数えているって話です」

「おい、平民の分際で王に下らぬホラ話をするとは何事か」大臣が立ち上がり声を荒げた。

するとそれを制するように歴史学者が立ち上がった。

「おまちください大臣どの。職人どののお話は歴史書にも記録があるのです。どうかわたくしに詳しい説明をお任せください」

王は机に向けた掌を上下に振り、興奮した大臣と歴史学者に席へつくよう促した。

「時計職人よ、うちの大臣の非礼を許せ。もう少し話を聞いていってはくれぬか。学者よ、続きを聞かせてくれ」

「はい、それではお話させていただきます。実はこのお話は建国の神話にも記されているのです。百年以上前の戦争において国に仕えていた賢者は戦火を逃れ、国を囲む山のうち最も高い山に隠居したと。そして、彼は時の始まりから終わりまでを数えており、その時間は正確で太陽でさえそれを参考に昇ったほどであると。一説では我が国建国のきっかけとなった戦の勝利において昇った太陽もまたその賢者の数える時に倣ったものであり、彼は建国の瞬間を予知できるほどの賢人であるといいます」

「なるほど、その賢者に話を聞くことができれば正確な百周年の時間がわかるというわけか。しかし、我が国で最も高い山か。見つけ出すのは困難であるな」

「王よ、その任それがしにお任せを」手を挙げたのは王国軍の隊長であった。

「我が軍はその山で訓練をたびたび行っています。訓練に使用している場所や雪の積もる山頂付近を除けば捜索場所は自ずと限られるでしょう」

歴史学者も手を挙げた。

「わたくしも協力します、文献に隠居した場所のヒントがあるかもしれません。学者団には地理に秀でたものもおります。彼らにも協力してもらいましょう」

王国軍と学者団の連携のもと、捜索は始まった。その尽力の末、式典の一週間前に賢者は発見された。山の中腹、木々に隠された獣道の奥、崖側の洞窟に隠れ家はあった。

「ほっほっほ。百年前の戦争か。もちろん覚えておるよ。あの戦争からちょうど百年経つタイミングを知りたいと。構わんよ、一週間後、夜明け前にまたここへ来るといい。普段はやらないのだが、その時だけは時間を声に出して数えてやろう。街の鐘のようにな。ほっほ。洞窟の前に開けた岩場があるじゃろう。そこで狼煙でもあげて城下町に伝えれば良い合図になるじゃろう。なに。夜明け前では煙が見えないとな。ではこの仙薬をくれてやろう。この粉を火に落とすと煙が金色に輝くのじゃ。これなら日が昇る前でも煙が見えるだろう。しかし、そなた達の王は随分と細かい事を気にするものだな。日の出の時間の百年後はどうせ日の出の時間なのだから太陽が昇ったタイミングで式典を開始しても多少はズレるだろうが大して変わることはないだろうに。うむ、ではまた一週間の後にな。山道は険しい、気をつけて帰るのじゃぞ。ほっほっほっほっほ」

帰路、軍人と学者の一団はそれぞれ意見を交換していた。

「歴史学者どの、それがしは軍人ゆえ見当違いのことを尋ねるかもしれないが、賢者とはあのような老人なのか。なんというか親切な老人には違い無いのだが、それがしの想像とは少し異なっていた」

「隊長どの、わたくしも同感です。しかし、あの仙薬。さきほど松明に粉をかけてみたところ金色の煙がたちました。あのような代物を作れるのは賢者に違いないでしょう」

「なるほど。学者どの、疑問といえばもう一つ、賢者どのは次回訪れた時は時間を声に出して数えると言っていたが、具体的に何秒の時に狼煙をあげれば良いのだろうか」

「そうですね、噂では時の始まりから数えているとは言いましたが、さきほど数学者に聞いたところ百年は三十一億五千三百六十秒ほどだそうです。おそらくそのタイミングで狼煙をあげれば問題ないかと」

「おぉ流石は学者団、それがしの部下に任せようものなら計算するだけで百年経ってしまっていたことだろう」隊長は豪快に笑った。

一週間後。建国百年の式典を控えた夜明け前。歴史学者たちと隊長たちは再び賢者の洞窟を訪ねた。

隊長たちは洞窟前の岩場で狼煙の準備を行い、歴史学者は洞窟の中に向かい、賢者の数える時間を聞きに行った。洞窟の中でちょうど百年のカウントを聞いたら洞窟の外に合図を出して隊長たちに狼煙をあげてもらうという寸法だ。

「おお、歴史学者のお主か、突然後ろから肩を叩くものだからたまげたわい。もう一週間が経ったか。不思議なもので時間を数えていると時間が過ぎるのを早く感じるのじゃよ。しかしなあ、お主が突然話しかけたせいで今、何秒の所まで数えたのかわからなくなってしもうた。ほっほっほ。冗談じゃ。冗談。そんな顔をするな。昔は数えている数字が大き過ぎて忘れそうになったこともあったがの。長く数えたおかげで今はもう数える数字もずいぶん小さくなった。本当に小さくな。ほれそろそろ時間じゃ。数え始めるぞ。十。九。八」

今はもう数える数字もずいぶん小さくなった。本当に小さくな。賢者の話を聞いてなにを悟ったのか青ざめた歴史学者は賢者が数え始めるころには駆け出していた。

「七」

歴史学者は一目散に洞窟の出口を目指し走っていた。

「六」

しかし、いくら走っても逃れることはできないと直感していたのも事実だった。

「五」

洞窟から飛び出した歴史学者は止まることなく。隊長たちの準備していた狼煙用の藁の束や炭を蹴散らし進んでいった。火の粉が舞った。

「四」

歴史学者はそのまま、バランスを崩し岩場から急な斜面を転げ落ちていった。

「三」

助からないだろう。

「二」

隊長たちは呆気にとられてその様子を眺めることしかできなかった。

「一」

賢者がゆっくりと洞窟から出てきた。

「零」

太陽が昇ることはもうなかった。

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100年を数える100年間 鈴木秋辰 @chrono8extreme

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