第5話 俺はズルイ
本編第21、23話の孝之視点の話です。
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翌日の金曜日、俺は中野さんに萌の様子を聞いた。中野さんの昨日の態度を見た以上、『リコちゃん』とか『萌ちゃん』と慣れ慣れしく呼ぶ勇気はもうない。
「中野さん、昨日、佐藤さんはあれから大丈夫だった?」
「休ませたら大丈夫でしたよ。じゃ、忙しいんで」
中野さんは俺をキッと睨んだ。萌が大学に来ているかどうかも聞きたかったんだが、中野さんは聞く暇も与えずに行ってしまった。その後、キャンパスを探してみたが、萌の姿は見なかった。
週が明けて月曜日、萌が大学に来ているのを見かけてほっとした。それと同時に謝らなきゃいけないと思った。謝罪には真理も引っ張って行くつもりで真理のいるカフェテリアへ行ったが、彼女はちっとも罪悪感なんてないような態度で普段通りだった。
そこに随分怒った様子の園田がやって来た。でも俺は彼に打ち明けるつもりは全くなかった。俺が謝るのは萌だけだ。
「おい、野村!」
「いつもと違って強気だね。それともそれがほんとの姿?」
「そんなこと、どうだっていい。それより佐藤さんの飲み物に何を入れた?」
園田は珍しく強気な態度だった。萌のためならそこまでするみたいに感じられて俺はなんだかむしゃくしゃした。
「おお、怖い、怖い。証拠もないのに何言ってるんだか」
「正直に言……」
「悠! これから帰るの?」
園田が俺を更に問い詰めようとした時、真理が取り巻きの中から声をかけた。
「そうだけど、今は野村と話してるから邪魔しないでくれる?」
「俺は何もしてない。だからこれ以上話すことないから、真理さんと話しなよ」
俺は真理が黒幕だと匂わせた。真理だけに責任転嫁するつもりはないけど……やっぱりずるいかな? 知らずに渡してしまったのは何かしたうちに入るんだろうか。俺は罪悪感を覚えながらも園田の追求から逃れるためにカフェテリアを出て行った。
それから真理の様子を見ていたが、彼女が反省した様子はなかった。でも俺も真相を打ち明けて謝罪する勇気がなかったから、同じ穴の狢だろうか。
とにかく嘘でも真理の取り巻きでい続けるのが辛くてもう彼女に近づくのを止めた。それに元々、萌を守るために真理に近づいただけだから、ミッションが失敗した以上、真理の近くにいる必要はない。
俺が真理に近寄らなくなってからしばらくして彼女は俺に話しかけてきた。
「野村君!」
「ああ、真理さん」
「最近、私達のところに来ないのね。寂しいな」
そう言って真理は俺を上目遣いでウルウルして見た。そういう男に媚びる態度に俺は寒気がした。これで大抵の男が落ちると思ってるんだったら、大間違いだ。そんなの、頭がお花畑の取り巻き連中だけだろう。
「またまた、思ってもないこと言っちゃってぇ~ほんとは俺がうまいこと佐藤さんとヤれなかったから怒ってるんでしょ?」
俺がそう言った途端、真理は鬼のような顔をして俺を睨みつけた。おお、怖っ! これが本性なんだな。
「わかってるなら挽回してくれる?」
「俺はもう下りたよ。あんなことしてもう振り返ってもらえないとは思うけど、このままずっと最低なこと繰り返してもっと呆れられるよりはいいからね」
俺が萌を好きなんだと真理が思えば、悔しがると思って俺はわざと呷ってみた。でも本音を言えば、確かに萌のことはいいなとは思ったけど、恋人にしたい程、想っていた訳じゃない。ましてやこんな事になって両想いになる希望はほとんどない。俺は女に困ってないんだから、負け戦はしない主義だ。
「ちょっと! まさかアンタ、萌のこと好きなの?!」
「男は皆、真理さんのファンじゃなきゃダメ?」
「なっ! アンタがやったこと、犯罪なのよ?! 萌に好かれるわけないでしょ!」
「今すぐは挽回できないだろうね」
「挽回どころか、犯罪なんだから! 警察に言ってやる! それとも私にまた協力してくれる?」
この期に及んでまだ萌に悪い事をしてやろうという真理には呆れてしまった。そうまでして幼馴染の園田を取り戻したかったのか。なら逆効果というか、何をしてももう遅いだろうな。なんだか憐れになってきたけど、情けはかけない。
「なぁ、俺はたまたま同じ居酒屋にいた真理さんからチューハイ、受け取ったんだ。それを佐藤さんにあげただけ」
「なっ!」
「まさかミス甲北が同じゼミ生にクスリ入りのチューハイをあげた、なんてことはないよね?」
「何言ってるの?! アレはアンタが私に自分で用意しろっていうから!」
「知らないなぁ。俺がそんなこと言ったなんて録音でもしてるの?」
俺は元々、真理の言う通りにするつもりはなく、睡眠薬が入っていない方のチューハイを渡すつもりだった。そうは言っても、睡眠薬をチューハイに混ぜるような犯罪の準備を自分でするつもりは毛頭なく、真理にやらせた。すり替えれば問題ないと思ったからだ。
俺がやらなければ、誰かにやらせていただろうから、あそこでチューハイを萌に渡さない選択肢はなかった。でもそれは間違いだっただろうか。
目の前の真理には、俺が感じているような葛藤や罪悪感は全く見られない。
「ねぇ、なんでこんなことするの? 園田が佐藤さんと仲いいから? こんなことしたって園田は真理さんのものにならないよ。むしろ嫌われるだろうね」
「あ、あんな陰キャ、どうでもいいわよ!」
「ふぅ~ん、じゃあ、俺はもう協力しないけど、見てるのは楽しいから、勝手にやってね!」
「ちょ、ちょっと!」
真理がワーワー後ろで何か言ってたけど、俺は真理からさっさと逃げた。
それからというもの、俺は萌に対して罪悪感が消えなかった。警察に突き出される事も覚悟して謝罪するのをとうとう決意した。だが、あれから園田とリコのガードが固く、キャンパスで萌が1人でいるのを中々見かけなかった。でもとうとう萌が1人でいる時をようやく見つけて話しかけた。
「佐藤さん、ちょっといいかな?」
「何? 次、授業あるからあんまり時間ないんだけど」
「俺も同じ授業とってるよ。遅刻させないから、5分だけちょっといい?」
すごい警戒していたけど、萌はお人好しだから結局俺の頼みを聞いてくれた。
「その……ちょっと前の話になるけど、グループ発表の打ち上げの時の事を謝りたいんだ。その時は知らなかったんだけど、俺が持ってきた佐藤さんのチューハイには睡眠薬が入ってたみたいで……本当にすみません!」
俺は腰を直角に曲げるぐらいの勢いで謝罪した。
「ちょっと止めて、頭上げて」
「本当に済まなかった。新田さんが佐藤さんに睡眠薬入りの飲み物を飲ませる計画を立ててるのを聞いて俺はすり替えるつもりだったんだ。だけど新田さんが裏をかいてたみたいで俺用のチューハイに睡眠薬を入れたらしい」
「もう今更謝ってもらっても……でもさ、そんな話にのらなきゃよかっただけじゃない?」
「だけど、彼女の勢いだと、俺がやらなきゃ他の奴にやらせる感じだったんだ。実際、気の弱い奴に押し付けようとしてたし。だから俺が飲み物をすり替えて失敗すれば、諦めると思ったんだ」
「ふぅん……まあ、何を言っても言い訳がましい感じがするけどね。そういう時は止める説得をするのが先だよ。じゃあね」
萌の言う事は正論で俺はぐうの音も出なかったが、あの真理を説得できる奴は誰もいないとも言い訳がましく思った。
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