第4話 逆手を取られた

本編第19話の孝之視点の話です。

真理の企んだ事は当然犯罪です。あくまで架空の設定で、犯罪を推進するものではありません。


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 打ち上げの乾杯の音頭は俺がとった。


「え~、皆さん、それでは発表の成功とこれからの友情に乾杯!」

「何それ! オヤジくさい!」

「何が友情だよ! 萌ちゃんにしか興味ないくせに!」

「え~、ばれたぁ?!」


 どっと皆が爆笑した。研究発表準備の間、俺がこういう態度をとっても微妙な雰囲気だったんだが、酒の入る場では――まだ飲んでないんだが――皆、とげとげしい気持ちが和らぐようだ。


 肝心の席取りは失敗だった。萌の隣には、彼女の親友リコが陣取っていた。皆が酒を飲んで雄弁になった頃、俺はそっと席を離れた。真理は同じ居酒屋に取り巻き連中と来ていて、メッセージアプリに何度も連絡を寄こしていた。


「ごめん、盛り上がってて連絡に気付かなかったよ」

「本当にぃ?! まあ、でもいいわよ。今、チューハイに例の物を混ぜた所だから」

「ねえ、本当にするの?」

「今更な事、言わないで。さあ、早くこれ持って行って萌に飲ませてお持ち帰りしなさい。こっちは貴方のね」


 俺はハイハイって適当に返事してチューハイを持ち帰ったが、萌には俺用のチューハイをやるつもりだった。まさかあの鈍い真理が俺を怪しんでいるとは思わずに……


 俺が席に戻ろうとすると、萌の隣のリコがトイレに行くのが見え、その隙に萌の隣に座った。


「萌ちゃん、飲んでる?」

「言われなくても飲んでるよ」

「そうだよね、萌ちゃん、お酒大好きだもんね」

「えっ?!」


 萌が酒好きな事は結構有名だけど、本人は周囲に知られていると思ってなかったようだ。


 俺は、真理が俺用と指定したチューハイを萌の前に置いた。


「さあ、飲もう!」

「ちょっと、いつ注文したの? 私、まだあるからいらないよ」

「いいから、いいから、早く飲も!」


 俺は睡眠薬入りのチューハイに少し口をつける振りをして萌の2杯目を注文する時に好みじゃないし、氷が溶けてるからと言って下げさせ、新しいチューハイを頼んだ。


 萌はお酒が好きなこともあって、早いピッチで2杯目のチューハイを空にして3杯目に突入した。俺が最初に座っていた所に座っているリコが何度も止めようとしていたが、萌は大丈夫と言って仕舞いにはうるさいと怒ってしまい、リコは心配そうにチラチラと俺達を見ていた。


「野村く~ん、ちょっろちょっと、トイレ、ひってふる行ってくるね」


 萌はかなりの酒豪のはずだが、呂律が回っていない。立ち上がってフラフラしながらトイレに向かった。その様子が気になって俺はトイレに向かった。女子トイレは使用中で、萌はまっすぐ立っていられなくて通路の壁に寄りかかって待っていた。


 その様子を見て俺は心配になった。――まさか、萌に渡した方のチューハイが睡眠薬入りだったのか?! 真理は俺を疑ってわざと間違えて伝えたのか?!


 俺は顔面蒼白になった。萌を早く帰宅させなくちゃいけない。それか救急車を呼ぶべきか……このぐらいの酔っ払いの様子で救急車を呼ぶとしたら、萌が睡眠薬入りのチューハイを飲んだ事を打ち明けないと駄目だろう。できればそれは避けたい。彼女を送って行ってしばらく見守って万一異変があったら救急車を呼ぼう。情けない事に俺は自分の保身を考えてしまった。


「萌ちゃん、大丈夫?」

「あ、野村君……ありゃがとう……らいしょうふ大丈夫……」

「うん、でも大丈夫そうじゃないよ。送っていくよ」

れもでも、リコもいりゅし……ほんとに……らいしょうふら大丈夫だから……」

「リコちゃんには伝言しておくよ。ほら僕に寄りかかって」


 俺は萌の肩をぐっと抱き寄せた。


「うっ……は、はにゃして離してっ」


 萌は吐き気を催したようで、口を押えてちょうど空いた女子トイレに駆け込んだ。トイレで吐くとすっきりしたようだったが、ふらつきは変わらず、彼女はとうとうトイレ前の通路に座り込んでしまった。


「萌ちゃん、送るよ。ほら、立って」


 俺はフラフラと立つ萌を抱き寄せた。


「佐藤さん!」

「萌! 大丈夫?!」


 トイレに行ったままの萌を心配して悠とリコがやって来た。


「心配しなくても僕が送っていくから大丈夫ですよ」

「萌は私と同居してるんだから私が一緒に帰ります」

「でもこの状態の萌ちゃんをリコちゃんは支えきれないでしょ?」

「園田君が手伝ってくれるから大丈夫です。ね、園田君?」

「うん、だから野村君はまだ2人と飲んでて」

「いいよ、こんなになった萌ちゃんを放っておいて飲み続けられないよ。それとも僕が信用できない?」

「だから! 私と園田君が萌をうちに連れて行くんで大丈夫です! じゃあ!」


 リコが俺から強引に萌を奪い取り、彼女と悠が片方ずつ肩を貸してフラフラの萌を支えて店を出て行った。打ち上げで皆と結構打ち解けられたと思ったんだが、これでかなり警戒されてしまった。


「傷つくなぁ。僕が信用できないんだ。ま、しょうがないか」


 一応、真理には失敗した事を知らせて向こうが何か勘づいているのを匂わせる事にした。俺はスマホをポケットから取り出してメッセージアプリを開いた。


「えっと、ミッション失敗っと……怒るだろうなぁ。まあ、でも元々そのつもりだったけど」


 真理にメッセージを送った俺は、残ったグループメンバー2人が飲んでいる席に戻ったけど、俺が上の空なのが分かって2人は内輪の話をし始めた。もう酒の味も分からない。俺が帰ると言うと、残りの2人も帰ると言い出して打ち上げは解散となった。

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