第4話 しばしの別れ

2人が萌の実家に戻ると、萌の母が慌てて出てきた。


「萌!園田君の新幹線、何時?お昼食べる時間ある?」

「あるよ。15時台だから」

「よかった。後、お父さんがねぶた漬け買ってきてくれたから、園田君の実家にも持って行って」


ねぶた漬けは津軽漬けとも呼ばれている。数の子や昆布、スルメの細切りが醤油漬けされている点では松前漬けと同じだが、きゅうりや大根も入っているのが特色だ。萌は我田引水ながらも、野菜が入っているねぶた漬けのほうが好きで帰省するといつも買って東京に持って行く。これがあるとご飯が何杯でも食べられてあっという間になくなってしまうのだが、なくなると両親が冷凍品を注文してくれて送ってくれる。悠も萌に感化されてねぶた漬けが大好物になった。


萌の父が買ってきてくれたねぶた漬けは冷凍ものだが、保冷バッグに保冷剤を沢山入れて持って行っても流石に千葉に着く頃には溶けている。そういうのを気にして口に入れたくない人もいることは知っているので、萌は両親のいない所で悠にこっそり聞いてみた。


「悠、うちの親が悠の実家にってねぶた漬け買ってくれたんだけど、4時間以上保冷剤入れた保冷バッグで持って行っても悠の親は気にしない?」

「大丈夫。うちの親はそういうの気にしないよ。なんなら賞味期限切れた調味料とかも平気で使ってるし」

「そうなの。じゃあねぶた漬け持って行ってね」


悠は萌に礼を言って、もちろん萌の両親にも感謝を伝えた。


萌の実家での時間はあっという間に過ぎてまた萌の父に新青森駅まで送ってもらう時間になった。萌ももちろん一緒に車に乗っていく。


「お義父さん、ありがとうございました。よいお年をお迎え下さい」

「…園田君のご両親にもよろしく伝えて下さい」

「お父さん、私、改札まで送っていくね」

「いいけど、駐車場無料なのは30分以内だからな。すぐに戻って来いよ」


2人仲良く駅舎へ向かう後ろ姿を見ながら、萌の父は『まだ「お義父さん」じゃない!』と悶々としていた。


そんなことは露知らず、2人は改札前で別れを惜しんだ。たった数日間のこととはいえ、毎日会っている2人には長い別れのように思えた。


「悠…気を付けて帰ってね。千葉に着いたらLINEちょうだい」

「うん。萌も正月明け、気を付けて帰って来るんだよ」


名残惜しかったが、萌の父が駐車場無料の30分を気にしていたので、仕方なく悠はスマホを改札機にかざして構内に入った。


「悠!」


萌の呼び声がして悠は振り返った。悠が思わず改札機のほうに戻ると、萌も悠のほうに近づいたが、2人の間を改札機が阻んだ。


「萌…」

「悠…」


悠は改札機越しに萌の両肩を引き寄せて顔を近づけた。唇が重なりそうな瞬間に駅員の注意が聞こえた。


「お客様、すみません!他の方の邪魔になりますので、改札機から離れていただけますか?」

「あっ、は、はいっ、すみません!」


悠は顔が真っ赤なまま、プラットフォームに上がって行った。


萌は悠の姿が見えなくなるまで改札口に立っていた。その頬は赤いままだったが、外の冷気でどうせ頬が赤くなるからそのまま父親の車に戻った。でも照れて赤くなるのと冷気で頬が赤くなるのでは表情が違う。少なくとも近しい人間にはその違いはわかる。それに加えて萌は愛しい男性と数日でも離れ離れになるのが悲しくて仕方ないのを隠せなかった。萌の父は駅から戻ってきた娘の上気した顔を見て寂しいような、悔しいような複雑な心境になった。

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