第83話 拘束


 ゲレオン准教授は自分が武装していないことを示すため、着陸艇のハッチから出て上着を脱ぎ、ハッチの中に放り込む。

 続いて、もう一枚脱いで、腕がむき出しになるようにした。

 ついで、尻を下ろして座り込むと、ズボンの裾を上げる。

 これで、なにも持っていないことがわかるはずだ。

 右足の裾を上げきり、左足にかかったときに、日が陰った。

 

 ゲレオン准教授はふと上を見上げ、翼竜ワイバーンの両足の爪が自分の両肩に食い込むのを感じた。

 そのまま着陸艇から落とされ、翼竜が屋根の下に舞い込むままに運ばれた。

 そこには長剣を構えた屈強な兵士が数多く待ち受けていて、ゲレオン准教授はなんの抵抗もできないまま一瞬でぐるぐる巻に縛り上げられていた。

 ゲレオン准教授は、ただの一言の声を上げる余裕すら与えられなかったのだ。



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「ゲレオン准教授が!」

 交渉を音声付きで固唾を飲んで見守っていた操艦艦橋の士官たちから、悲鳴のような声が上がった。

 旗艦レオノーラの操艦艦橋のメインモニターに、翼の獣に襲われるゲレオン准教授が映し出されていた。


 士官たちは、戦いの場であれば同僚さえも駒として見て、扱う。そのような心理的な訓練も受けている。

 だが、この交渉に赴くゲレオン准教授はなんだかんだ言っても民間人ということもあり、心理的に駒にはなりえなかったのだ。


 すぐに翼の獣は屋根の下に潜り込み、ゲレオン准教授はもはやどこにも見えない。

 上空待機のドローンからの映像は、その後、静止画となったのかと思うほど動きがない。

 情報端末は、着陸艇に残されたままだ。着陸艇の船外カメラからも、死角に入られてしまった。

 そのため、ゲレオン准教授の状況を、艦橋まで伝えるものはなにもない。せめてドローンが複数機あれば、さまざまな透過線から情報を再構成し、おぼろげでもなにが行われているのか掴めるのだが、1機のみではどうにもならない。


「落ち着け!」

 総作戦司令ダコールの叱咤が、浮足立った士官たちへ飛ぶ。

「こうなることも想定の内だ。

 これから本当の交渉が始まるし、本当の情報収集が始まる。

 ドローンは目的地に向かっているか?」

「到着にはまだ掛かりますが、順調に飛行中です」

「では、このままゲレオン准教授からの連絡を待つ。

 ただし、全艦戦闘態勢」

 ダコールの命令が復唱されて、艦隊各艦に伝えられていく。


 副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートが、小さくダコールに聞いた。

「ゲレオン准教授、どれほどの器でしょうか?

 生きて戻れる見込みが高いから、この作戦を許可したのですよね?」

「おそらくは、大丈夫と踏んでいる。

 それなりに、初対面の種族との交渉も慣れているし、なによりもそもそも敵に殺す意思がないからな。

 殺す意志があるのなら、ダイレクトに死体を見せればいい。こちらが上空から監視していることは知っているのだから」

「なるほど」

 バンレートはそう相槌を打った。


 そして、心のなかに浮かんだ懸念を口に出す。

「生きていることにして交渉を持ちかけてくること……、もないですね。

 あまりに無駄だ」

「そのとおり。

 営利誘拐なら、殺してから冷蔵し、死体から切り取って指と引き換えに何度でも身代金詐欺ができるが、まぁ、今回のような件ではリスクしかない。

 今までモニターした准教授とマリエットとかいう女との会話、なかなかのものだった。いいゲームができる相手だな、彼女は。

 まあ、彼女が准教授を殺させないだろう」

「なかなかに美しかったですしね」

 ダコールの言葉に、バンレートは混ぜ返した。

 着陸艇の船外モニターが画像を送ってきていたので、すべて見ていたのだ。


「ま、今、そこまで言うと不謹慎だな」

「失礼しました」

 バンレートは頭を下げたが、ここまでの想定をしていたからこそ、ダコールはゲレオン准教授の単独行を許したのだと思い至っていた。



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「縛り上げた挙げ句、殴ったりして私に触ると、検疫……、他の星の病気に罹るかもしれないぞ」

 縛り上げられたゲレオン准教授は、周囲を取り囲む屈強な兵士たちにそう牽制を掛けた。

 捕虜は酷く扱わないなんてこと、言うだけ無駄だ。逆に、そんなことを口に出したせいで殴られてもつまらない。なら、触ること自体に心理的なブレーキをかけようと思ったのだ。


 だが……。

「病気になど罹らない。

 また、罹ったとしても我々は、即、治る」

 そう言い返されて、ゲレオン准教授はさらに言い返そうとして固まった。


 翻訳にも使っていた情報端末は、着陸艇に置いてきてしまった。

 なら、今、誰が自分に話しているのだろう?

 明らかに自分たちの言葉で、敵が話しかけてきている。なんの訛もない綺麗な言葉だ。

 ゲレオン准教授の全身が鳥肌立った。底知れぬ恐怖のためである。


 完全に言葉を知られているということは、他の情報もすべて知られていると考えるべきだ。

 いつから、自分たちのすべてを知られていたのだろう?

 どう考えても、あの総作戦司令ダコールが下手を打ったとは思えない。敵が完全に上手だったとしか考えられない。


 ゲレオン准教授はそのまま引き立てられ、そのまま手近な部屋に放り込まれた。

 窓もなく真っ暗な部屋に縛り上げられたまま突き飛ばされたので、床を舐める体勢である。

 背中側でドアが閉められ、鍵が掛けられた。


 さすがに不安にかられたところへ、声が掛けられた。

 威厳に満ち、冷酷で、恐怖そのものを体現するような男の声だ。

「10万人の恨み、ここで晴らしてくれようぞ」

「ま、ま、待ってくれ。

 私を殺すと、各国の上空に着いたドローンが、お前たちの企みを暴露するぞ!」

 ゲレオン准教授の声は、すでに悲鳴に近い。


「面白い。

 我らが、どんな企みを抱いているというのだ?」

「隣の国の王族を皆殺しにしただろ!

 あれは、多分、私たちに内通していたという言い訳をして、他の国の王族を従わせる手段だったんだろう?

 知っているんだぞ!」

 ゲレオン准教授は、せめてもの虚勢を張った。



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あとがき

捕まっちゃいましたねぇ……。

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