第82話 生命観
ゲレオン准教授の「保護の対象にしたい」という言葉に、内務省の長、マリエットは笑い声を上げた。
「我々を見世物にしようと?
そしてそれは、我々が力を持つようなことがあったら、即滅ぼすためにか?」
このふてぶてしさは、どういうことなのだろう?
ゲレオン准教授は、割り切れない思いに戸惑っていた。
この惑星の指導者層は、10万人を一気に蒸発させた敵が恐ろしくはないのだろうか?
それとも、完全に軍事的優位を確保したと思っているのだろうか?
身の程知らずの交渉役、という可能性は極めて低い。
幾多の星を征服するにあたり、まずは一定数を殺しておくのは、身の程を知らせるという意味もあるのだ。十分にそれを知っていながら、なぜここまで強気に出られるのだろう?
死や滅びを一笑に付すなど、絵空事である。誇り高く座して死を待てる種族など、かつていなかったのだ。
どこの種族も、建前と本音は違う。民を救いたいと思っても、矮小に自分が助かりたいと思っても、どこかで妥協点を見出していくものだ。
「たとえそうであっても、今日を生き延びることが大切ではありませんか?
あなたたちは、宇宙の中でも極めて特殊な文明を持っている。
それを残すことも必要ではありませんか?」
ゲレオン准教授は、ついに相手の持つ謎の力に踏み込んだ。
ここで拒絶されたら、交渉は終わる。
だからこれは、ゲレオン准教授にとっても最大の賭けだった。
「……我々にとっては、御使者殿たちの方が、よほどに変わって見える。
円の周と直径の比など、なんの意味があるのか?」
ようやく、釣れた!
ゲレオン准教授は内心の高揚を押し隠して、このまま問答に持ち込むこととした。
「数は宇宙全体を統べるものです。
真実は、数の中にある。
我々の文明、そして作られる機械もすべて、数の裏打ちがあってできているのです」
「それは、御使者殿たちの宗教観か?」
そう聞き返されて、ゲレオン准教授はここが話が噛み合うポイントだと思った。
やはり、この惑星の民たちも、こちらに対して決して無関心ではないのだ。
「宗教ではありません。
科学です。
自然に属しているあらゆる対象を取り扱い、その法則性を明らかにするものです」
「さっぱりわからぬ。
自然の法則性など、眼の前にあるではないか。
なにゆえそこから目を逸らし、小理屈を並べるのか?」
「……」
さすがに、ゲレオン准教授は絶句した。
こういう物言いをする種族は珍しくない。ゲレオン准教授自身、複数回の経験をしている。
逆もまた真であり、1度でも勝利を得た種族がこのような物言いをすることも、また、ない。
精神文化の力が、文明の力で生み出された軍事力に物理的に勝てることなど、かつてどこの宇宙でもなかったのである。汎宇宙的に存在している「悟り」という概念は、軍事的侵略を前にして何事もしえなかったのだ。
「ではお聞きしたい。
生命とはなにか? と。
我々はいまだかつて、それを定義しえていない。
生命の仕組みは極限まで突き止め、すべての生命に対してその身体の設計図を合成し、そのとおりに身体を作るまでになっている。腕の本数、指の本数、自由自在だ。
だが、その設計図をもって生命であるとは定義しえてはいない」
これは、ゲレオン准教授の、文化人類学者としてのいつもの問いである。
調査対象の種族の生命観を知ることは、死生観から宗教観、社会構造に至るまで推測できる有効かつ便利な問いなのだ。
だが、この問い掛けに、マリエットは渋い顔になった。
次に、憐れむような顔になって、ゲレオン准教授に話した。
「それは……。
本質に向かう道筋が、根本的に間違っているではないか。
それでは、幾星霜かけようとも、決してわからぬであろう。
逆に聞きたい。
生命を知ろうとして、なぜ生命の究明をせずに肉体を知ろうとするのか?
肉体を知ろうとして肉体を知ったのだから、それはそれでよいではないか。
御使者殿の言うことは、あまりに的外れ」
「……生命とはなにかを知ろうとして、自然科学だけでなく、人文科学も含めてさまざまにアプローチしてきた歴史が我々にはある。
だが、生命は見えず、触れられず、失われたら戻らず、測定もできない。
脈や脳波なども、肉体の動きから生命を推し量っていて、生命自体を計っているわけではない自覚はあるのだが……」
ここで、不意にマリエットは黙り込んだ。
その不穏な雰囲気に、ゲレオン准教授も黙り込む。
1分程の長いようで短い時間が過ぎたあと……。
「ゲレオン殿。
まさか、貴殿とここまでの話になるとは思わなかった。
だが、ここまで話した以上、我々のことも話さねばならぬだろう。降伏する方法などの共通した知識についても、改めて考え直さねばならぬ。
この先を話すにあたり、やはり武装していないことを示していただきたい。
他に聞かせられる話ではないゆえに、私がもう少しそちらに寄りたいからだ。
なにもすべてを脱がれる必要はない。上着と腕、足に武器が巻き付けていないことが確認できれば良い。
それからでないと、これ以上の核心は話せぬ」
改めて、マリエットに武装解除を持ちかけられたゲレオン准教授は、返事の代わりに着陸艇の上部ハッチから出た。
上着はともかく、武器を脛に巻き付けていない証をするには、全身が見えるようにしなければならないからだ。
マリエットはそう小柄な方ではないが、鍛えられたゲレオン准教授に対抗できる体格ではない。核心に迫る話ができるのであれば、乗らない手はなかった。
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あとがき
地雷を踏み抜いているゲレオン准教授なのでした……
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