第75話 承認


「それはともかく……。

 相手と話ができたあとの安全は確保できるにせよ、無事に着陸できねばすべての意味がない。

 生身の人間が乗って無事にとなると、ドローンとは大きさの桁が変わる。

 そうなると、攻撃機と誤認されて落とされるリスクが無視できない」

 総作戦司令ダコールの言葉に、ゲレオン准教授は頷いた。


「それについては、考えています。

 こちらを欺く目的か否かはわかりませんが、敵は送り込んだドローンに描かれた円周率を祀っていましたね。

 なので、その円周率の図を、さらに大きく着陸船に表示できれば、撃ち落とされることはないかと思うのですが……」

 そう話されたゲレオン准教授の案に、ダコールは改良を提案する。


「なるほど。

 こちらに対し、円周率を祀って見せたのがやらせであれば、擬態との整合性でいきなりは撃ち落とせまい、と。そして、やらせでなく本当に祀っていたのであればさらに安全度が増すと判断できる、というわけですな。

 ならば、着陸機に描いたものなど地上からは見えないのだから、この際、ドローンを5機出すのを利用しない手はない。

 ドローンにスモークで上空に同じ図を描かせ、その中を有人機が降りるという方法ならどうですか?

 これなら、疑いなく地上からでかでかと見える。誤解の生じようがない」

「……なるほど」

 ゲレオン准教授はそう呟いた。やられたという風である。


「つくづく残念ながら、私にはこういう案が浮かびませんねぇ。

 もっと、視野を広く持たねばならないことを自覚させられます。

 思えば、我々は敵のことをなにも知らない。

 いわゆる降伏の儀式も、休戦の儀式も、戦場の使者の儀式もわかっていません。

 そんな中で、なんらかの信頼関係を築くよすがとなるのは、今の段階では円周率しかない。

 となれば、総作戦司令の案のとおり、大々的にそれを打ち出すしかないですね」

「……ふむ」

 ゲレオン准教授の嘆息に、ダコールはそう頷いた。


 思えば、副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートと図り、敵の出方を見るために送った円周率が、ゲームを進める上で随分と役に立っているではないか。

 そう思うと、感慨深いものがある。

 だが、円周率だけでなく、平方根、ネイピア数も送っていたはずだったが、平方根には反応が薄く、ネイピア数についてはまったく反応がない。

 おそらく、数学的概念自体が未だ発達していないのだろう。

 ゲレオン准教授の翻訳でも、まったく触れられていなかった。

 文化として、せいぜい算数止まりなのだ。

 

「で、着陸のあとは、どうされるんですか?」

「脱ぎます」

「……は?」

 ゲレオン准教授の簡潔な返事に、ダコールは思わず問い返した。


「害意がないことを示すのには、武器を持っていないことを示すしかない。

 なので、一旦は脱ぐしかないと思っています」

「ちょっと待ってください。

 それは、今で通用してきた方法ですよね。

 裸になって、どのように武器も持っていないことを示せば、悪意がないことに繋がると。

 たが、今回の敵の『魔術』は、無手でも使えるかもしれません。そうなると、害意のないことの証明にならない」

「おそらく大丈夫です」

「なぜ?」

 希望的予測では困ると、ダコールはしつこく聞く。


「今までの総作戦司令の攻撃命令が、すべて魔術を使用していなかったからです。

 さらに、脱いでいる間は意図不明ですから、殺されないでしょう。

 その間に、翻訳機で話しかけ、翻訳の精度を高めます。

 5分話せれば、今より遥かに確実なものになりますから。

 意思疎通ができれば、向こうもこちらの情報を得たいと思うはずです」

「なるほど」

「翻訳は当然、この端末を通して大学の研究室の量子コンピュータでリアルタイムに行います。

 総作戦司令も、それを見ていていただければと思います」

「わかりました」

 ダコールはようやく、納得したと取れる返事をした。


 たしかにこの翻訳の精度の高まりのスピードがあれば、会話が成り立つ可能性は高い。

 ゲレオン准教授の今までの実績への評価も高いものだ。

 ようやくトライしても良いかもとは思う。

 最終的に賭けになる部分は残るが、それはもう仕方あるまい。


 そこへ、再び艦橋に通じている回線からの呼び出し音が響いた。

 ダコールは立ち上がって、受話器を手に取る。

「……そうか。

 引き続き、検討しろ」

 それだけ言って、ダコールは回線を切った。


「ゲレオン准教授。

 やはりというか……。

 コモンモード・ノイズにノーマルモード・ノイズを足すと、ワープ時の空間擾乱に似た波形が現れたそうだ。

 それぞれの単体データでは、出てこなかったらしい。そもそも、ノイズ自体へのセンサーなどないから、母艦との通信状態の安定度と各センサー間での干渉から推測した、と。

 全デジタルデータから、短時間でこれだけのものを抽出するのに、艦のメインフレームの使用率が一瞬とはいえ、90%を超えたそうだ。

 部下が良く頑張ってくれた」

「それは素晴らしい。

 では、敵はワープを可能にする技術を……」

「それは違う」

 ダコールの返事は短い。


「ワープであれば、空間擾乱のセンサーがダイレクトにデータを記録したはずだ。

 だがそうなっていないのだから、ワープに似たような痕跡を、電気回路に残す技術としか言いようがない。

 それ以上のことが言えるわけではない。

 だが……。

 技術自体は謎でも、無から有を生じさせるような不合理なものではないことだけは証明されたと思う。

 ゲレオン准教授。

 これをもって、敵とのゼロ和ゲームが成立すると判断し、提案された案を総作戦司令として承認しましょう。

 こちらも各機器について十分な調整を行いますが、ゲレオン准教授におかれても、万が一にも不慮の事態が生じないよう、十分な準備と検討を」

「ありがとうございます。

 感謝します」

 ゲレオン准教授の返事を聞いたダコールは、副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートを呼び出した。

 今決まったことを伝えるためである。

 艦隊組織は再び動き出した。



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あとがき

さてさて、接点は持てるのか、持ったとして停戦に繋がるのか……

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