第73話 反論


 改めて、総作戦司令ダコールは自らの考えの説明をした。

「ゲレオン准教授。

 貴方は気がついていないことがあります。

 それは、あの惑星に住む者たちの適応力というか、進歩の速さです。

 順当に考えて、我々の攻撃が通用したのは、最初のたったの1回のみです。

 2回目の攻撃は、街は破壊できても1人として殺せなかった。

 3回目の攻撃は、そもそも当たらなかった。

 4回目の攻撃あたりから、我々の偵察衛星やドローンによって収集してきた情報に疑義が見られるようになった。

 5回目の攻撃と、艦隊を動かしての作戦は、手痛い反撃を食らった。

 いろいろ考えてみたのですが、やはり、1回目の攻撃は有効だったとしか思えない。

 そうなると……」

「極短期間のうちに、我々に匹敵する艦隊をもって反攻に転じる可能性さえある、と?」

「そのとおり」

 ゲレオン准教授は、目を見開ったまま言葉を失った。


 そのようなことはないと反論しようとして、具体的な言葉をなにも思いつかなかったのだ。

 だが、その進歩の速さの特異性と、文明・文化の独自性は表裏一体なものである。それを星ごと滅ぼすことに、素直に納得はできない。


 ダコールは、ゲレオン准教授の思いに気がついているのかいないのか、そのまま言葉を続けた。

「どうやら、あの星の連中は科学というものに対して抵抗感がないらしい。

 普通なら、新しい概念に対して抵抗感を抱くはずだ。今まで科学なしで上手くやってきたのだとしたら、なおのことだ。

 なのに、中世の町並みからは想像できないことに、10日あまりの短期間で偵察衛星を乗っ取るまでになった。しかも、我々の艦隊に対する攻撃も、対消滅炉に対してピンポイントで攻撃してきた。

 あの星の連中の『魔術』とやらは、よほどに科学との相性がいいらしい。なのに、こちらは向こうの『魔術』のことをまったく理解できていない。

 ゲレオン准教授、小官の危機感、わかっていただけると思うが……」


 ゲレオン准教授は、ダコールの立場による決断の重さと、自分がその意思決定の場に立ち会うことになってしまったことへの極度の緊張に、生唾を飲みながら答えた。

「……そうですね。

 それについては、反論の言葉がありません。

 ただ、それでも私は星ごと滅ぼすことには反対です。

 あの星の連中がいかに科学の取り込みが速いとしても、今まで科学が発展しなかったのには理由があるはずです。

 今、連中が科学を取り込んだにしても、それは模倣に過ぎません。彼らが、模倣を脱して自分のものとして発展させる可能性は低い。できたとしても、数十年、いや100年はかかるはずです。

 いくらなんでも、我々が積み上げた400年にもわたる科学史を、数十日でトレースできるはずがない」

「それを可能にするのが、彼らの『魔術』かも……」

「お待ち下さい。

 最後まで聞いていただきたい」

 ゲレオン准教授は、ダコールの言葉を遮った。


「常に問題となるのは、その彼らの『魔術』です。

 その正体がわからないから、常に議論は堂々巡りになりますし、失礼ながら、総作戦司令の仰る極端なまでの安全策にも繋がってしまいます。

 ダコール総作戦司令、お願いがあります。

 私を、かの惑星の地表に下ろしていただきたい。

 私には、そういったファーストコンタクトの経験があります。そして、敵の情報を得てからでも、殲滅は遅くない。

 いや、むしろ、殲滅を考えるのであれば、できうる限りのデータは残すべきだ。

 そもそも総作戦司令、あなたがこの惑星の特異性を総統府に訴え、私の派遣を要請し、艦隊の補充をしたのです。

 データがないまま破壊したら、総統府に言い訳ができないのではありませんか?」

「軍は、民間人の身の安全を守る義務があります。

 敵地に民間人を先行させるなど、できるはずがない。

 そして、総統府に対しての報告は、小官の専権事項です」

 ダコールの拒絶の言葉に、准教授は諦めずにさらに食い下がった。


「我々調査チームの身分は、前線での研究ということもあって、軍属ということになっています。

 民間人ではありません」

「おやおや、ゲレオン准教授。

 軍属であれば、私の命令に従っていただくしかありませんが……」

 それこそ、一蹴である。


「私の任務は、知ることです。

 知ることで、総統への忠誠を尽くしているのです。

 その任務を、軍の総作戦司令自らが否定するとは、どういうことでしょうか?

 それに、私が情報を持ち帰ったら、それは総作戦司令の功績です。

 私が敵地で殺されたら、それは惑星殲滅への大義名分になるでしょう。

 どちらに転んでも、総作戦司令に損はありません」

「軍人の義務を果たせなかったという、最大の汚名と引き換えにですか?」

「だから、我々は軍属だと申し上げている!」

 ついに、ゲレオン准教授は立ち上がって叫んだ。


「まぁ、落ち着きなさい。

 すでに敵は、我々のドローンを解析し、我々の科学技術を知っている。

 こうして話している間にも、我々の技術の模倣は進んでいるでしょう。

 日に日に危険度が増す敵地、いや、死地に行きたいと言われて、『はい、そうですか』と許可する責任者がいないことは、ゲレオン准教授、貴方にも理解できるはずだ」

 ゲレオン准教授は唸り声をあげてソファに座り、頭を掻きむしった。

 そして……。


「身の安全が保証されれば、我々の惑星降下を許可していただけますか?」

 覚悟を決めた声になって、ゲレオン准教授はダコールにそう聞いた。


「物理的な身の安全だけでは許可できません。

 危害が加えられないとしても、貴方が捕らえられ、人質になって我々への取引材料にされてしまうのでは意味がない」

「もっともです。

 ですが、成算があります」

「どのような?」

「彼らとは、ゲームができる。

 彼らは高度な損得勘定ができる」

「だから?」

 ダコールの追求は、どこまでも厳しかった。



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あとがき

それもこれも、ダコールの手の内かもしれませんが……

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