第72話 惑星破壊、皆殺し


 総作戦司令ダコールはゲレオン准教授に一礼して立ち上がると、艦橋に通じている回線で戦術分析班に命令を伝えた。

 ドローンが着陸する直前からの、全センサーのデータの洗い直しを、である。もちろん、至急中の至急だ。


 考えてみれば、敵は先日の侵攻時に、宇宙空間を航行している艦の対消滅炉に正確に岩を放り込んできた。

 その技術を使えば、着陸直後のドローンを横から掻っ攫うくらい、朝飯前なのだったのだ。まさか、送るだけで回収はできない技術とも思えない。

 

 だが、これで敵の尻尾を掴めたかもしれない。

 着陸後の移動が実際にあったものとしたら、センサーのどれかがなんらかのデータを記録していたかもしれなかった。

 当然、なにも出てこない可能性も高い。

 それでも、なんらかのデータが取れていれば、客観的事実として敵の『魔術』とやらの痕跡を初めての得たということになる。



「ゲレオン准教授、こちらからお尋ねしたいのですが……」

 座り直したダコールは、准教授に改めて聞いた。

「私に答えられることであれば、なんでも」


「准教授は、戦闘の前線が広がるに連れて、新たな文明との遭遇のたびに調査に出向かれていますね。

 このような、今まで積み上げてきた我々の科学が通用しない文明とは、他に例があるものでしょうか?」

「ありません。

 今回が初めてです。

 そういう意味では、私も興奮しているのです」

「……なるほど」

 そう言って、ダコールは自分のカップの茶を飲み干した。


「思い切ったことをお聞きしますが、この宇宙のどこかに、『魔術』とやらが実在する可能性はあると思いますか?」

「わかりません。

 ですが、ないとも言い切れません」

「それはなぜですか?」

 ダコールは、さらに突っ込んで聞いた。


「我々は、我々の感覚に縛られています。

 例えば、磁力は見えません。

 感じることもできません。

 ですが、鉄粉が描き出す模様を見たりすることで、その働きを観察することはできます。

 でも、それがわかるまでは、感覚に捉えられない磁力は存在しないも同じだったはずです。

 現在の我々の感覚で捉えることができぬ事象については、観察することもできませんし、それを探知するためのセンサー機器を作ることも思いつきません。

 だから、呪文をごにょごにょ唱えて野菜を乗り物に変えるような魔法使いなら否定できても、例えば『魔素』を使い、『魔術』を操る『魔術師』の技術体系の存在は否定できません。

 この空間に満ちているかもしれない『魔素』を、我々は感知できませんし、感知できないものを肯定も否定もできないからです」

「なるほど。

 ワープを可能にした、理論と実験の歴史と同じということですね」

 ダコールの言葉に、ゲレオン准教授は深く頷いた。



 ワープは、時空間を捻じ曲げ、ワームホールを生成して空間をジャンプする技術である。

 口で言うは易しい。

 だが、それを実現するには大きな問題があった。

 その最大のものが、人類の誰一人として時空間そのものを観察できたことがないということだった。

 時計という一定のスピードで動く機械を作ったとしても、それは時空間を測ったことにはならない。時空間の中で、時計という機械が動き、自分が動いた量を示しているだけで、時空の進んだ量や速さを示すことはできないからだ。


 結局、時空を歪める客観的事象を生み出せるほどの巨大なエネルギーを手に入れ、実験材料にできるようになって、初めて時空間を観察できるようになったと言えるし、その制御についても足を踏み出すことができたのだ。


 そういう意味においては、未知の技術体系の存在の否定はできない。

 完全無欠な大統一場理論の構築は、未だ完成されていないのかもしれないのだ。



「では、ゲレオン准教授。

 われわれは、どうしたら良いでしょうか。

 この技術体系が存在したとしても、汎宇宙的なものにはなっていません。

 今時点で、敵の惑星ごと破壊できる我々の優位は揺らがないと、小官は考えています」

「ダコール総作戦司令。

 貴官は、私がどう答えるか、答えのわかっている問いを聞いていますね?」

「そうかもしれません。

 でも、そうでないかもしれない」

「……わかりました」

 ゲレオン准教授も、自分のカップの茶を飲み干した。


「戦争し、相手を滅ぼすのは簡単です。

 ですが、このような宇宙でも特異な文明は、保護し、守るべきです。

 この惑星に住む者たちにとっては不本意でしょうが、動物園にしましょう。

 外部から観察し、この星の技術体系とそれによる文明、文化がどのように進展していくかを見守るのです。

 それは、我々にとって大きな知的財産となるでしょう。

 さらに、この星の技術体系を、観察の結果、無傷で入手できるかもしれません。それは、我々にとって、新たな技術的フロンティアとなり、大きなアドバンテージになるでしょう」

「まったく同感です。

 だが……」

 そう答えたダコールの顔は、恐ろしいまでに厳しいものになっていた。


「……まさか。

 総作戦司令は、この星を壊そうと?」

 ダコールの迫力に飲まれた准教授は、恐る恐る聞いた。


「はい。

 この惑星は破壊し、住人は皆殺しにするべきと考えています」

「ダコール総作戦司令。

 私は貴官と知り合い、それなりの理解をしてきたつもりです。

 貴官は、力に酔ってそれを使わずにはいられないタイプには見えない。また、自らの嗜虐性を満足させるために戦うというタイプでもない。

 その貴方が、どうしてそのような判断を!?」

 最後の言葉は悲鳴に近かった。


 ゲレオン准教授は、さまざまの文明がこの宇宙から消え去るのを見てきた。

 さらにもう1つ、特異で消えなくても良い文明が消えるのは、耐えられないことだった。

 一度消えた文明は、二度と蘇らない。

 ゲレオン准教授は、それを一番良く知っている人物なのだ。


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あとがき

次回、ダコールの決断……

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