第58話 第二波、攻撃


「皆の者、我とともに、魔素の流れを越え、力の限り」

 そう乾いた唇からさらに言葉を絞り出すフォスティーヌは、自らの生命に加え、さらに数名の魔術師の生命を使ってでも王命を果たす覚悟なのであろう。


「魔素の流れを越え」とは、魔術師が他の魔術師の臨終に立ち会う際の言葉である。魔術師にとって、死の世界は「魔素の流れ」の向う側、魔素の流れない地にあると考えられているのだ。

 死した後までも、共に戦おうということである。


 ゼルンバスの王は、ぎりぎりの選択に追い詰められていた。

 ここでフォスティーヌを止めれば、魔法の術はこの惑星に残るであろう。だが、第1波の攻撃成果のみでは、このまま敵が怯まずに乗り込んでくるかもしれない。その際には、魔法無しでは戦えないのに、フォスティーヌが回復しているはずもない。

 逆にフォスティーヌを止めなければ、その生命を失うことと引き換えに第二波の攻撃ができ、相手を撃退できるかもしれない。だが、再び敵が来襲してきたとき、フォスティーヌがいなければ戦えない。


 王は悩み、大将軍フィリベールと目が合う。

 戦友は自分と同じところに気が付き、同じように悩み、決断を済ませた目をしていた。

 通常、軍というものは3割を失うと全滅とされる。機能維持が不可能となるからだ。敵もそれは避けたいだろうが、せめて1割を撃破しなければ退却はすまい。わざわざ宇宙を越え、はるばる戦いに来ているのだから。

 未だ、5分ほどの損害しか与えられていない以上、戦果は足らなさすぎる。

 そして、そもそも魔素が枯渇していた時点で、詰んでいるのかもしれぬ。

 ゼルンバスの王は歯噛みしながらそう考え、どう決断すれば今日の被害が少なくて済むかを悩んだ。

 今日を切り抜けねば、明日がない。

 大将軍フィリベールの考えも結論は、そこにある。

 王は決断をした。


「フォスティーヌ。

 王として命ずる。

 死力を尽くし、敵を落とせ」

 ゼルンバスの王の決断は非情に見えたろう。「戦って死ね」と言うに等しいのだ。

 だが、今日を生き延びるためにはこの判断しかない。

 それに、自分もすぐに後を追うことになると王は考えている。それは免罪符にもならない事実だが、フォスティーヌがいなくなれば戦線は維持できなのはわかりきったことだ。

 結果として、数日以内には残りの家臣たちとともに逝く。

 それもまた、よいではないか……。


「我が王よ、嬉しゅうございます」

 魔法省の長としてフォスティーヌはそう呟くと、口元にうっすらと笑みを浮かべた。

 そして、最期の詠唱を始めるために目を瞑った。

 目を開けたままでも集中できる体力は、もう、ない。

 そして、術の発動は確実に彼女の命を奪う。それもあって、自力で瞑目したのだ。せめて死に顔は醜くしたくないという思いである。


 そこへ……。

「我が王よ!」

 玉座の間に駆け込んできたのは、モイーズ伯だった。

 数人の子飼いの部下を引き連れている。

 3日前に、玉座の間を辞してから、なにをしていたのかはここにいる誰も知らない。王命を果たした後、自領の復興に全力を尽くしていると誰もが思っていたのだ。


「貴族には貴族の意地があり申す。

 我が家が辺境伯に任じられしは、200年前のアニバールとの戦役で戦勲を上げしとき。その時の戦さの記録はここマルーラの戦勝記念館にありまする。

 その中に、我が祖先が使いしキャップが展示されており申した。

 それを持ち出し、この近隣の貴族の所領を巡り、治癒魔法ヒーリングができる者たち100人から、微々とはいえ魔素を集めて参りました。

 古いキャップゆえ容量は少なく、またそこを完全に満たすことも叶いませなんだ。

 ですが、お使いいただければ……」

「フォスティーヌ!」

 王の声が飛ぶ。


 モイーズ伯の部下たちが、フォスティーヌの横まで、無骨な作りのキャップを運ぶ。

 キャップから伸びる2本の金線を両手で握らされたフォスティーヌは、くわっと目を開けた。

 やつれまでは回復していない。だが、爛々と光る目は、死の淵から戻ってきたことを明白に示していた。


 そこへ、簡易魔素炉に手をおいていた魔術師が叫ぶ。

「セビエ、コリタスからも、魔素の手当ができたと報告が!」

「それらは、モイーズ伯が交渉に向かった国々ではないか!

 もしや?」

「彼の国にも貴族はいますからな。

 互いにできることはしようとて、語らっておいたのです。

 他国であっても貴族であれば、どこの家にも先祖の古い武勲の証たる武具とキャップがあるもの。戦勝記念館や軍事博物館で眠っていたとしても、たかが1000年で壊れるものではないゆえ、魔法省の数えるうちには入ってはいなくても使えるはず、と。

 そして、所領には魔術師はいなくても、それ未満ならそれなりにいますし、その者たちも戦う意思あり。

 我ら貴族とて、たまには新たな武勲で上書きせねば、大きな顔もしておられませぬし」

 そう言って、なぜか申し訳無さそうにモイーズ伯は笑った。


「モイーズ伯。

 そなたの言うことを聞いていると、事態の深刻さを忘れるな。

 だが、その武勲、後ほど大いに報いよう。

 攻撃派遣、第二波、今こそ」

「御意!」


 あと2回の召喚、派遣である。

 1つ目は魔素の吸集・反射炉に、近くの山に用意された岩を運び込む召喚。これは距離が近いので、そうは魔素を使わない。もちろん、呼び寄せるのだから精度も不要だ。

 2つ目はその岩を、敵に撃ち込む派遣である。こちらは死力を尽くさねばならぬ。


 魔術師たちの、各々の術を使うための詠唱が高く低く響く。

 村々からかき集められた魔素と、魔術師の体内に残った魔素、それらを使ってもう一度戦うのだ。

「撃退せしときは、必ず皆に報いようぞ。

 第二波、派遣!」

 各地の魔素の吸集・反射炉から、岩が消えた。



「フォスティーヌ、術を解き、休め。

 天眼通の魔術師たちよ。

 個別に戦果を確認し、報告せよ」

 それがこの戦いにおける、ゼルンバスの王の最後の命令だった。



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あとがき

次話、敗戦処理

に続きます。

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