第56話 玉座の間の戦い


「流れ星、見えます!」

 と、玉座の間の窓の外から声が聞こえてくる。

 これは天眼通の魔術師にあらず、王座の間の儀官である。


 魔術を使えぬ彼らは、肉眼で空を見つめていた。魔術師以外のからのダブルチェックも必要なことなのだ。

 天から降ってきたものは、惑星の空気に触れると燃え上がる。これは、天眼通の術で見られていて、広く知られていることだ。この惑星では、最初から天動説は唱えられたことがない。それは、天眼通の術の魔術師が、月と太陽の動きを見ているからだ。月はこの惑星を回っているが、太陽は遠く、この惑星を回ってはいない。それを直接に見ることができるのだから当然のことだ。


 だが、天から降ってきた岩が流れ星になるような単純なことであれば、その確認をするのは肉眼の方が早く、魔素の消費もない。まして今回のような場合、昼でも見えるほどの明るさなのだ。


 天耳通の術のリゼットが、コリタスの王宮の間で、セビエの王宮の間で、カリーズの王宮の間で、アニバールの王宮の間で、そして王の甥、コランタン伯の領主の間で同じ声を聞き取った。

 それらも同時に、レティシアを通してフォスティーヌに流れ込む。

 


 流れ星が見えた。

 つまり、天の敵の攻撃がこの星に届いた。

 フォスティーヌは、声を立てない。そんな余裕はないのだ。

 だが、儀官の声と同時に、その意志は正確に各国の魔素の吸集・反射炉で呪文詠唱している魔術師に伝わった。

 6つの送り出された魔素の糸が、瞬時で極細の光の尾を引いて天に伸びていった。


 ここから先は、幸運がこの惑星の王国の味方をした。

 天からの大岩は速度が遅く、侵入角が浅く、地上に落下する寸前まで通信機能を失わない。

 だが、天からの大岩と違い、対惑星地表用弱装弾の大気圏への侵入角は深く、その速度もはるかに速い。

 その結果、対惑星地表用弱装弾は、大気圏突入と同時に断熱圧縮された大気のプラズマに覆われ眩く輝く。この状態では電波は届かない。制御もできないし、センサーによる観察データも報告できない。だからこそ、ミサイルではなく、「弾」なのだ。


 魔素の流れを当てられ、表面の一部を気化ガスとして吹き出させた対惑星地表用弱装弾は、計算された大気圏突入後の回廊を外れ、目的の街には落ちなかった。たった数度の角度のズレが、大きく着弾点を動かしたのだ。

 その対惑星地表用弱装弾に積んであったセンサー類に、フォスティーヌは手を打つ余裕がなかった。だが、その通信は最初から途絶していたのだ。

 そして、ダコール艦隊が持つもう1つの偵察方法、偵察衛星の画像はすでに操作されていた。

 結果としてダコール艦隊の戦闘艦橋C.I.C.では、対惑星地表用弱装弾の全弾が外れたという事実を知ることはできなかったのだ。



 そして、すべての街を守りきれたという魔術師たちの安堵は、たった2呼吸で終わった。

 感覚共有され混じり合っていて、すでに天眼通の術の魔術師のうちの誰が一番最初に見つけたのかすらわからない。

 だが、その全員が目を離せない事態が起きていた。


「月軌道から、再び金属でできた大きな長細い箱が多数侵入せり。一つの箱に、500人から3000人も乗っています」

 と、これはフォスティーヌの声。

 天眼通の術の魔術師の視界を、ことごとく共有しているからこその報告である。


「……およそ、100もの箱ですが、大きさも、外見も、中身も異なります」

「叩き落とせ」

 ゼルンバスの王の声が飛び、即座に補足された。

「可能ならば、だ」


「2つ問題が。

 金属でできた大きな長細い箱はあまりに速く、岩を派遣魔法で送ってもとてもぶつけられぬかもしれませぬ。

 次に、金属でできた大きな長細い箱はあまりに大きく、魔法省の魔素の吸集・反射炉で送り込める大きさの岩1つでなにを為しうるものか、と」

 敵の全容を初めて見通したフォスティーヌの声には、怯えが含まれていた。


 フォスティーヌが見たイメージは、天足通の術の魔術師が具体化し、玉座の間に置かれた巨大な天球模型の上にプロットされた。

 ゼルンバスの王も、大将軍フィリベールを始めとする省庁の長たちも絶句した。あまりに敵は強大だった。

 ゼルンバスの誇る飛竜旅団ですら、傷ひとつ付けられないであろう。フォスティーヌの怯えは当然のものだのだ。


「狼狽える必要はない。

 敵は速度を落とす」

 大将軍フィリベールの落ち着いた声に、浮足立った魔術師たちはいくらか落ち着きを取り戻した。フォスティーヌの頬にもさっと朱が差す。いくらか心に余裕ができ、怯えを見せたことに思い至って恥じたのだ。


「敵は遠矢で攻撃できるのに、わざわざ人がやってきている。

 ということは、この星に降りるということだ。

 降りるからには、スピードを落とさねばならぬ。焦る必要はない」

「フィリベールよ、さすがに大将軍は頼りになる」

 ゼルンバスの王の声が、重々しく響き、浮足立った玉座の間の空気をさらに鎮めた。

 これで、玉座の間は完全に落ち着きを取り戻した。


「フォスティーヌよ」

 さらに王の言葉は続く。

「金属でできた人の乗った大きな長細い箱は、大きさも、外見も、中身もみな異なると申したな?」

「御意」

「では、その中身のうち、どの箱にも存在している部分はあるか?

 それが、あの箱を空で進ませている技であろう。

 翼竜ワイバーン馬竜ギータを討てば、乗っている兵も討てる。同じことよ。

 よいか?

 繰り返すぞ。

 天眼通の魔術師たちよ、どの箱にも存在している部分を探すのだ」

「ははっ!」

 その声は、フォスティーヌだけでなく、アベルとクロヴィスのものも重なっていたし、遠く離れた各地の王座の間の天眼通の魔術師のものも重なっていた。

 

 さらにそこへ……。

「セビエの王からのお言葉、申し伝えます。

『ゼルンバスの王の仰る、どの箱にも存在しているという部分は、熱く熱を持っているはずだ』とのこと」

 簡易魔素炉に手を置き、各国との連絡調整をしていた魔術師が割り込んだ。

 その声に、ゼルンバスの玉座の間は期せずして響動どよめいた。



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あとがき

10万人が焼き殺された。だが、ようやく、復讐の時がくる……

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