第31話 尻拭い


「……なるほど。

 ゼルンバスの天眼通の術は深いの……」

 ディルクの言の口調に、ここで初めてクロヴィスは我に返った。


「いいえ。

 見ると観るの違いを常に心掛けよ、見えるものがすべてではないと言われているだけで、術自体はコリタスの方が深うございます。

 私の申したのは、術の本質から離れたことでした。お許しください」

 明らかに不機嫌になったディルクに、クロヴィスは弁解せざるをえない。


「なるほど、術の本質のコリタス、術の運用のゼルンバスということですな。

 魔術師でなくとも、話として面白い。

 考えてみれば、ゼルンバスでは魔術師が考察と施策提言まで求められますからな。このような違いが生じるのも当然のこと。まこと興味深い。

 で、クロヴィス殿、敵の策がお見えなのですな?」

 モイーズ伯が口を挟んだ上で、話を変えた。尻拭いしてくれたのだ。


「おそらくは、でございますが……。

 敵がコリタスの第二の都市バーニアに落とすことを優先したのであれば、はやその進むべき道は修正されているはず。敵にとってはできることなのに、それがなされていないということは……」

「なるほどの」

 と、モイーズ伯は緊張と納得を織り交ぜた表情になった。


「これは早急に、ゼルンバス王都に報告せねばなるまい。

 レティシア、文をしたためてくれるか?」

「わかりました。

 ですが、その前に1つ。

 後学のために、コリタスの天眼通の術の深さにつき、お教えいただけますでしょうか?」

 と、これはレティシアの質問である。


 モイーズ伯に続き、レティシアまでがクロヴィスの尻拭いに心を砕いてくれている。

 忸怩たる思いのまま、クロヴィスは答えた。

「まず、天眼通の術以前に、魔素の扱いにおいてコリタスの魔術師は一日の長があると思っております。

 同じものを見ても、体内の魔素の消耗の量が違います。同時に私とディルク殿が術を使いだしたとして、私はどう保たせても1日半しか保ちますまいが、ディルク殿は2日以上任に耐えましょう。

 これは間違いなく学ぶべきことかと」

「なるほど、学ぶべきことは多いと……」

 レティシアは神妙な面持ちで納得という声を出した。


 このクロヴィスの言には、大きな誤魔化しが含まれている。

 念入りに見ていないからこそ、ディルクは消耗が少ないのだ。

 裏を返せば、いい加減だという非難である。

 だが、クロヴィスは話しながら、その意を汲んでレティシアに感謝していた。なので、本心から感動したように話している。相手がよほどひねくれていない限り、機嫌を直すだろう。


 ディルクは、クロヴィスの「見えぬものをも見ろと仕込まれました」という言葉に、心中穏やかならなかったに違いない。「お前は見ていない」と罵倒されたに等しいからだ。

 表面上は取り繕っていても、ディルクの抱いた不快さをレティシアはその持つ術で見抜いた。モイーズ伯のとりなしだけでは不十分と見たレティシアは、ディルクを持ち上げる機会を作ったのである。


 現にディルクの表情は、ほくほくと喜びを隠しきれていない。

 他国の辺境伯と魔術師のクロヴィスに結果として持ち上げられ、美しいレティシアに感動されれば、これは大きい。先程の不快も中和されようというものだ。


「それでは、私は王あての報告をしたためますゆえ、これにて」

 レティシアは優雅に膝を折ってあいさつをすると、玉座の間から出ていく。

 居室はルノーが警戒しているから、心配はないだろう。

「……私も王に報告せねば」

 ディルクも思い出したように呟くと、玉座の間の上座に向かう。クロヴィスの言が王の不興を買うことになろうとも、やはり黙殺するには事が大きすぎると判断したのだ。


 だが、コリタスの王がこの報告を聞いたのち、どうするのだろうか?

 クロヴィスは憂鬱な気分になった。

 西の最果ての国コリタスと呼ばれているのは、三方を海に囲まれた辺境の地にあるからだ。加えて国土の乏しさもあって征服の軍を送られた例も少なく、戦乱に対する経験も乏しい。

 ゼルンバスにとっては、自国にとって代われるアニバールほどの国家も困るが、これもまた困ったものである。北の隣国セビエぐらいが、話が通じてちょうどよいのだろうが……。


 ふと気がつけば、残されたモイーズ伯は、クロヴィスの顔を見ながらにやにやと笑っていた。

 おそらくは、クロヴィスの懸念を見通しているのだろう。

「モイーズ伯、先ほどはありがとうございました」

 口では礼を言いながらも、クロヴィスはどこか悔しい思いに囚われていた。

 モイーズ伯に対し、「コリタスの王の反応について、一緒に心配してくれてもよいではないか」と思うのだ。そもそもモイーズ伯は、自分より遥かに百戦錬磨であるはずなのだから。


 だが、モイーズ伯の口から出たのは、クロヴィスの思いとは別のことだった。

「クロヴィス殿。

 この部屋に、コリタスの魔術師はどれほどいるのかな?」

「天眼1人はともかく、天足2人は珍しゅうございます。

 ゼルンバスの5分の1ほどの人口の国ゆえ、計してもその3人くらい。全員がここにいるかと」

「ゼルンバスの魔法省の魔術師の数、15名を考えれば妥当よな」

「はい」

「では盗み聞きされてはいまい」

「はい」

 クロヴィスは同じ返事を繰り返す。


「クロヴィス殿、レティシア殿に救われましたな」

「はい」

 辺境伯という上の立場のモイーズ伯にずばりと言われると、クロヴィスは己の至らなさに穴があったら入りたいほどの羞恥を覚えた。


 国のこと、術のことを語る前に、魔法省の国家公認魔術師としての自分の分をわきまえていなかったと、そうも思わされたのだ。

 師、アベルがこの場にいたら、激しく叱責されていたに違いない


「だが、そんな顔をしてはならぬぞ」

 モイーズ伯の言葉はクロヴィスの予想を超えていた。



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あとがき

この尻拭いがあとで効いてくるのです……。


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