第2話




 何故捨てられたのか。

 何故拾ってくれたのか。


 幾度となく生まれる疑問は泡沫となり消えていくのみ。


 ただ、生かしてくれた、生かし続けてくれているこの恩義に報いる為に。

 オヤジの夢を叶える為に、この命を使い尽くそう。

 そう、心に決めた。

 のに。




 不甲斐ねえ。






 二十年の月日を懸けて設ける事ができた、敵対組織との和平の盃を交わせる場。

 その間に流れ続けた。

 目に見える血も、目に見えない血も甚だしく、夥しく。

 永久に残るほどに。


 無事に終わらせなければ。

 わしも含めて組員は全員堅く心に誓い、蟻一匹侵入できないように計画を立て、当日も心身を集中させて警護に当たっていた。

 カタギの連中に迷惑をかけぬように、住宅街や商店街、オフィス街からも離れた公園内の一角に建てられた茶室が、和平の盃を交わす場として設けられた。

 公園はもとよりその周辺も封鎖。ヤクザだけではなく警官も警備に配置されていた。


 襲撃もありえる。

 誰もが神経を尖らせていた。

 早く盃を交わしてくれ。

 誰もが無事に終わる事を願っていた。


 誰もが。

 もう血が流れない事を願っていた。


 そう思っていたが、違っていたらしい。


 気付けば。だ。

 気付けば、オヤジと敵対する組織の組長の前に駆け走り。

 気付けば、畳の上に伏していた。

 血でも消せないんだな。い草の匂いは。

 初めに思ったのは、そんな場違いな事。

 次に思い直したのは、この場を収拾する事。

 オヤジの夢を叶える事。


 誰が。

 敵対組織か。

 警官か。

 同じ組の者か。

 カタギの連中か。

 誰がこの場を、オヤジが、オヤジと志を同じにする者が、心血を注いで設けたこの場をぶち壊しやがったのか。




 俺だ。

 俺だった。

 攻撃ありきだったのだ。

 邪魔はあると、重々承知していたではないか。

 だから俺が攻撃を躱せていれば、攻撃を受けても致命傷を負いさえしなければ。

 犯人を捕まえて、この場は収拾できたのだ。

 俺がへましなければ。


 夢は叶えられたのだ。




 四方八方から怒号が響き渡る。

 誰がやりやがった誰がやりやがったといきり立つ声。

 空に打ち上げられる空砲と実弾が入り混じる銃の発砲音。

 襖や障子、窓硝子が派手に壊される音。

 畳を、木板を、地面をけたたましく蹴り上げる音。


 どうか、どうか。おねげえだ。場を収めてくれ。

 どうか。

 どうか、






 死んで事が収まるなら、喜んで死ぬ。

 喜んで死ぬのに。






 ああ、オヤジ。

 オヤジ。

 申し訳ねえ。


 申し訳、ねえ。


 ずっと堪えていた涙をこんな刻に流させるなんて。


 本当ならば、和平の盃を無事に交わした時にとっておいた大切な涙だったのに。

 全員が笑って流す涙だったのに。




 申し訳ねえ。

 申し訳ねえ。


 言えた立場にねえのは、重々承知しているが。

 どうか、どうか。

 夢を叶えてくだせえ。

 どうか。

 どうか、











(2023.4.12)





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