第14話 魔法族の集落 1
ジャングルを出ると風が通り、過ごしやすい気温の場所に出た。
海が近いのか、潮のにおいがする。
ここまで来ればもう雷魔法族(サンダリアン)の集落はすぐだと少女――モミュアは言った。
その言葉に相棒の男――ヴァーレンハイトは使い魔の子ザルに礼を言い、荷物から果物をだして与えていた。
ぼく――アーティアの視力なら遠くに集落があるのが見えた。
ほっとして持ったままだった短剣を腰の鞘に仕舞う。
集落に着くと、周囲がざわりと騒めいた。
「モミュアちゃん!」
「よかった、無事だったんだね」
「もう、心配したんだよ」
「リークちゃんに知らせてあげなきゃ」
「家の方にも連絡してやれ」
ざわざわと人が集まってきて、一部の人たちがどこかへ駆け出した。
あっという間にモミュアと共に大勢の人たちに囲まれたぼくたちは目を瞬かせるしか出来ない。
「ご、ごめんなさい……」
モミュアが先頭の女性に謝っている。
女性はいいのよぉと大らかに笑った。
「ちゃんと怪我もせず帰ってきたんだから。でも次からはちゃんと誰かと一緒にね」
「はぁい」
子どもを心配する大人の声に、モミュアは素直に頷く。
彼女が迷子になったことで、集落中が結構な騒ぎになっていたらしい。それだけ少女がみんなに愛されているということだろう。
あと集落はそう大きくもないのですぐに話が伝わるという意味もある。
騒めいていた人たちがふいに二つに割れた。それを通ってやってきたのは少々派手な衣装を身に纏ったモミュアと同じ年頃の少女。
黄みがかった茶髪にモミュアと同じ黄色い目。
「モミュア!」
少女は勢いよくモミュアに抱き着いた。
肩に頭をうずめてわんわんと泣く。
「モミュア~! ごめんね、ごめんね! やっぱり帰るところまで一緒にいればよかった!」
モミュアは眉尻を下げて微笑む。少女の頭を撫でてやりながら、優しい声で「リーク」と呼んだ。
「リークは悪くないわ。わたしが一人で大丈夫って言ったんだもの」
「……怪我は」
「ないわ」
その言葉でようやくホッとしたのか、リークと呼ばれた少女は顔を上げて目尻を拭う。
周りにいた大人たちは「あんまりリークちゃん泣かせたらダメよ」「いやぁ、安心した」「よかった、よかった」と口々に言いながらそれぞれに散っていく。
そうだ、とモミュアはぼくたちを振り返る。
釣られたのか、少女もぼくたちを見た。
「この人たちが助けてくれたの。……実は、ジャングルの奥の方まで入っちゃってたみたいで……」
ひぃ、とリークが手で口を覆う。
「ジャングルの奥! よく無事だったわね……あっちは魔界へ通じるって言われてるのに」
大丈夫よ、とモミュアは笑う。
「怪我もなかったし、大丈夫よ。ティアちゃんとヴァルさんが助けてくれたもの」
割と間一髪ではあったが。ぼくは黙ってモミュアと少女を見た。
ホッとした少女がぼくたちにぺこりと頭を下げる。腕につけた鈴がちりちりと鳴った。
「親友を助けてくれてありがとう。あたしはリーク・サンダリアン」
少女――リークがにこりと笑う。
ぼくたちが魔法族(セブンス・ジェム)とは無関係の外の者だと気付いての名乗りだった。魔法族は所謂、家名を持たず、それぞれの種族名で統一して名乗る風習があるのだ。
魔法族は全部で七ツ。光、闇、風、水、地、炎、そしてここ雷。
魔法を使える種族としては珍しく、それぞれの属性のみを得意とする種族だ。
多数の魔法を得意とする妖精族(フェアピクス)などの一部は「魔法が使える人間族(ヒューマシム)」と揶揄する者もいる。
基本的に自分たちの集落で身を寄せ合って暮らし、別の地域で見かけることは滅多にない珍しい種族だ。
リークが手を差し出し握手を求めてくるのに答えながら、ぼくたちも名乗る。
「ぼくはティア」
「ヴァル」
がっしと思いの外強い力でぼくと男の手を両手で握ったリークは「ありがとう、ありがとう」と言いながら上下にぶんぶんと振り回した。
肩が痛い。
一通り満足したのか、すぐに手を離してくれたのが幸いだ。
「セニューにも知らせなきゃ。すっごく心配してたんだからね」
腰に手を当てて、リークは頬を膨らませる。そんな様子も可愛らしく見える少女だ。
ごめんね、とモミュアは眉尻を下げた。
「モミュア!」
ふいに少年の声がこちらに投げかけられた。
見れば独特な恰好をした少年が駆け寄ってくる。
上はほぼ半裸。長さのあるズボンを穿いているが、変わった模様の帯を肩から斜めに掛けているだけで寒そうな格好だ。頭には白い布。そこから短い黒い髪が覗いている。
肩と鎖骨の辺りに刺青のようなものが入っており――何故か片腕に何かの獣を抱えている。
そのぐったりした(死んでる?)獣を放り出して少年はモミュアに駆け寄った。
「モミュア、無事だったか!」
がっしと少女の肩を掴んで全身をじろじろと見まわす少年。
きょとんと目を丸くした少女は我に返ると頬を赤くした。
「あ、あの……セニュー、わたしは大丈夫だから……その……」
声がだんだん小さくなる。それに合わせて顔が紅潮していった。
ねぇ、とリークが横から声を上げる。
「そろそろセクハラになるからやめといたら?」
「えっ」
はっと我に返った少年は、自分とモミュアの体勢を見た。
かぁっと頬が紅潮する。
「ご、」
ぱっと手を離す少年。
次に少年がとった行動は土下座だった。
地面に直接座り込み、ガツンと音がするほど頭を下げる。
「ご無礼をお許しください、申し訳ございません」
よく見れば耳どころか首下まで真っ赤だ。
「え、え? ちょ、セニュー?」
混乱した様子のモミュアは慌てて少年の腕を取る。
呆れた様子でリークも反対の腕を取った。
二人がかりで立たされた少年はガシガシと頭を掻きながら、ごめんと謝る。
大丈夫だから、とモミュアは赤い頬のまま笑った。
そうだ、とモミュアがぼくたちを見る。
「リークには紹介したんだけど……この人たちが迷子のわたしを見つけて、助けてくれたの」
もう一度、モミュアがぼくたちを少年に紹介する。
さっきと同じようにぼくたちは名乗った。
きょとんと目を丸くして、初めてぼくたちの存在を認識した少年はにかっと笑う。
「ジェウセニュー・サンダリアンよ。みんな、セニューって呼んでるわ」
横でリークが口添えた。
「そうだったのか、ありがとな! モミュアは大切な――と、ととととと友達……だから」
口どもりすぎだ。
「……耳、赤いよ」
指摘してやると、勢いよく少年――ジェウセニューは手で耳を隠す。そんなことをしても赤いのは耳だけではないのだが。
にやにやとリークがその顔を覗き込む。
「えぇ~? 友達ぃ? ただのぉ?」
肘で突かれたジェウセニューは「あああああ……」と言葉にならない声を上げている。
見ればモミュアも顔を更に真っ赤にしていた。
青春か。
からかうリークを押しやって、モミュアがぱんと手を打った。
「そ、そうだ、お礼に晩御飯でも食べて行かない? ごちそうするわ!」
急にぼくたちに振ってこないでほしい。巻き込まないでほしい。
それはともかく、ただで夕食というのはありがたい。
それはいいわね、とリークも頷いた。親友たちをからかうのは満足したらしい。
「モミュアの料理は美味しいわよ。是非、食べて行けばいいわ」
そうだな、とジェウセニューも頷く。
「それに今夜はそのままうちに泊まればいいしな」
聞けば集落には旅人などほとんど来ないし、宿のような施設がないのだという。あるのは図書館や神殿くらいだとモミュアたちも言い添える。
「……当然のようにモミュアが自分ちで料理するものとしてるわね。そこまでしておいて、なんで進展がないのかしら?」
横でぼそりとリークが呟いた。モミュアたちには聞こえていないようだ。
「宿も食事もありがたいけど、いいの」
リークを無視してぼくが二人に尋ねる。ジェウセニューは「それくらいさせてくれよ、モミュアが世話になったんだから」と当然のように言った。
確かにモミュアは助けたが、ジェウセニューにはなにもしていない……と言うのは野暮なんだろう。
もだもだするリークは放っておいて、今夜は二人のお世話になることになった。
じゃあ早速、と案内しようとするモミュアを手で制する。
「悪いけど、先に用事を済ませていい? 魔法族の神官の誰かに渡してほしいってものをを預かってるんだ」
今回の仕事は手紙配達だ。とある町で預かった手紙を魔法族の各種族にいるという神官の誰かに渡してほしいと言われたものだ。依頼料は先に受け取っているので、戻って報告する必要はない。
魔法族の神官! と、リークが反応した。
魔法族はそれぞれ精霊というものを信仰しており、その精霊の意思を聞くための精霊神官というものがいるらしい。集落ごとに一人いて、場合によっては族長よりも発言力を持つという。
どの種族の精霊神官でもいいらしいので、このまま雷精霊(ヴォルク)神官のところに行きたい。
それを伝えると、はいはいと勢いよくリークが手を上げる。
「はい! じゃあ、あたしが案内したげる! 雷精霊神官さまのところ!」
勢いに押されて、それじゃあとお願いするとリークは両手をぐっと握りしめてやったぁと喜んだ。
くすりとモミュアが笑う。
「リークはニトーレさまが大好きね」
「いいでしょー、別に」
「悪いとは言っていないわ?」
要するに会いに行く口実としてぼくたちを利用したいわけだ。
行きましょ、とリークはぼくの手を引く。
引っ張られるぼくに代わって男が「あとでそっちに伺わせてもらうから」と残る二人に言った。
ずるずると引かれる手の力は流石、魔法族一戦闘能力が高いと言われる雷魔法族だなと思った。
+
それほど大きくない集落にあるにしては立派な建物が、集落の中心にあった。
これが雷精霊神殿だと言う。
リークは勝手知ったるとばかりに当然のように神殿へと入っていく。
中は静かだ。
お待ちください、とローブを着た男がリークの前に立ち塞がる。神殿の守りをしている護衛神官というらしい。
「ニトーレさんいますか」
リークが問うと、護衛神官は困った顔で頷いた。
雷精霊神官はニトーレという名前らしい。
「はい。しかし今、ニトーレさまは日課のお祈りの真っ最中です。流石にリークさんの頼みでも……」
えぇー、とリークは頬を膨らませる。
日課なら把握しているものでもないのか。
それなら面会を申し込みたいというと、護衛神官はぼくたちを見て更に困惑したようだった。
それなりの地位がある者への面会申し込みのマニュアルがないのか。どうなんだ、それ。
どうしたものか、と考えていると、護衛神官の後ろの大きな扉が開き、綺麗な刺繍のされたローブに身を包んだ男性が中から出てきた。
ニトーレさま、と護衛神官が呼んだことから、彼が雷精霊神官ニトーレのようだ。
金色の髪を結い上げ、釣り目がちな鮮やかな黄の目で護衛神官とぼくたちを見比べている。
「ニトーレさん!」
嬉しそうにリークが彼の名前を呼んだ。
「リークじゃねぇか。また遊びに来たのか」
にっと笑った顔は人懐っこく、リークともそれなりに仲がいいようだ。
リークはぷくりと頬を膨らませ、ニトーレに駆け寄って袖を掴む。
「遊びじゃないですー、今日はお客さんを連れてきたの!」
「お客さん?」
護衛神官の後ろに立っていたぼくたちを見た。
ふむ、とニトーレは考えると、護衛神官に顔を向ける。
「応接室に通してやってくれ。着替えたらすぐ行く」
はい、と護衛神官が頭を下げるのを確認すると、ニトーレはリークの頭を撫でて背を向けた。
「えへへ、頭撫でてくれた……」
嬉しそうなリークを置いて、護衛神官はぼくたちを応接室に案内した。
リークが慌ててついてくるのを横目に応接室に入る。
こじんまりとした簡素な部屋だ。二人掛けのソファーが二つと一人用ソファーが一つ、真ん中にティーテーブルが置いてあるだけ。
窓の外は陽が沈み始めたのが見える。
ぼくと男は二人用に、リークは一人用ソファーに腰かけた。護衛神官の一人がお茶と茶菓子を持ってくる。
それを摘まみながら、リークはほうとため息を吐いた。
「はぁ……神官正装のニトーレさんカッコイイ……」
頬に手を当て、うっとりとするリーク。完全に恋する乙女状態だ。
相手は十くらい離れていそうな男だが。
やがて外に人の気配がすると思うと同時に扉をノックする音。リークがどうぞと答えると、入ってきたのは先ほどのニトーレ。
動きにくそうなローブを着替えてきたらしく、髪を下ろして楽そうなシャツ姿になっていた。
額にここにきて何度も見た模様の入った帯を巻いている。あの模様は魔法族の伝統模様らしく、目にした人みんな、どこかしらに身に着けていた。
手にしたサンドイッチをもごもごと加え、片手にはそれが入った篭を持っている。
ごくりと飲み込みながら足で扉を閉める辺り、足癖は悪そうだ。
「悪いな、用事があって昼飯食ってないんだ」
「ぜーんぜん大丈夫です! いっぱい食べてください!」
ぼくたちが答える前にリークが答える。
まぁ、別に食べながら話すくらいどうでもいいけど。
ニトーレがぼくたちの正面に座り、二つ目のサンドイッチを飲み込む。
「一応、雷精霊神官を任されているニトーレ・サンダリアンだ。俺に用っていうのは?」
「ぼくはティア。こっちはヴァル。あんたに用っていうか、精霊神官に、なんだけど」
そう断って、荷物から封筒に入った手紙を渡す。
ニトーレは三つ目のサンドイッチを口に放り込んで、手拭きで指を拭いてからそれを受け取った。
裏返してなにも書かれていないのを確認して顔をしかめる。
「今、見た方がいいのかね……返事は?」
「早めに届けてくれとは言われたけど、早く読ませろとは言われてない。返事はいらないらしい」
そうか、とニトーレは手紙を開けた。
目で文字を追いながら、眉間に皺を寄せていく。
「……族長呼んで会議かな」
難しいことでも書いてあったのだろうか。内容は依頼に関係ないからと知らされていない。
少し気にはなったが、部外者が口を出すことでもないので黙っておく。
ニトーレはもとのように手紙を封筒に入れると、最後のサンドイッチを口に放り込んだ。
「遠いところ、わざわざすまなかったな。今夜の宿はどうする予定だ?」
集落に宿がないことを心配してだろう、ニトーレが尋ねる。
「ジェウセニューって子のところに泊まる予定」
「この二人がモミュアを見つけてくれたんですよ!」
リークの話を聞いて、そうだったのか、とニトーレまでもが礼を言い出す。
あんたには関係ないだろうと思ったのが顔に出ていたのか、ニトーレはくくと笑いながら、
「同じ雷魔法族の仲間のことだからな。それに俺は精霊神官でもあるから、代表として礼を言ってるんだ」
と言った。
「村にはいつまでいるんだ?」
どうする、と横でお茶を飲む男に尋ねる。
男はお茶を飲み込むと、考えることすら面倒くさそうに、
「別に……急ぎの用もないし、ティアの好きにしたらいいんじゃない」
ともそもそ言う。
肩をすくめてニトーレに向き直る。
「……だって。まぁ、適当にゆっくりしたら出て行くよ」
そうか、とニトーレは考え込む仕草を見せた。
ふむと頷いてぼくたちを探るように見る。
「二人は旅人なんだよな。ギルドで仕事を請けるくらいに」
「……そうだけど」
「どれくらい戦える? 強いか?」
質問の意図が見えず、ぼくは男と顔を見合わせて首を傾げた。
「そりゃあ……それなりに長く旅をしているし、腕には自信がある方だけど」
「そうだな――そうだ、冒険者ギルドの依頼ランクはどの辺を請けてるんだ」
ギルドの依頼にはそれぞれランクが設けられている。S、A、B、C、Dの順に下がっていき、Sが一番難易度が高いとされる。ごくたまにSより上のSSやSSRなんてものも見かけるが、そう言うのは並みの冒険者では太刀打ちできない魔獣や魔族が複数現れた場合になる。
冒険者は自分の力量に合わせてそれぞれの依頼を請けるようになっているのだ。
一応の目安にはなる。
ニトーレの聞きたいことがなんとなくわかってきた。
「討伐系依頼ならSランクまで請ける。何度かSSにも手を出したことはある。採取系はあんまりしないかな、時々Cランクを請けるくらい」
そうか、とニトーレが胸を撫で下ろした。
「それじゃあ仕事を頼むかもしれない。どれくらいまでなら滞在出来る?」
男と再び顔を見合わせる。
男はいつでも、と肩をすくめた。
「まぁ――かもしれない、なら二、三日くらいなら待てるかな」
そう言うとニトーレはわかったと頷く。
よしとソファーを立ち上がった。
「じゃ、俺はこれから会議だ。だから構ってやれないぜ、リーク」
「えぇー」
ニトーレはくすくすと笑って、頬を膨らませるリークを撫でる。
「そんじゃあ、セニューたちによろしくな」
はぁい、とリークは頭を撫でられた嬉しさと別れの寂しさで複雑な顔をしながら頷いた。
ニトーレが去ると、はぁ、とため息を吐くリーク。
「あたしが大人になればもっと一緒にいられるのかなぁ」
代わりに頭を撫でてもらう数は減りそうだな、と呟くリークは、よしと気合を入れて手を叩いた。
ぼくたちに向き直ってにっこりと笑う姿はもう恋する乙女ではない。
「じゃ、セニューの家まで案内してあげるわね」
よろしく、と言ってぼくたちもソファーを立つ。
男だけは座り心地のいい椅子から動くのをためらっていた。
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