第三話 子は遭遇する
◆◆◆
昔から、お願いされると断れない性格でした。
そのままズルズルと面倒事を押し付けられて、嫌なのに受け入れるしかできなくて。
身体も声も周りのみんなより小さかったし、そのおかげで優しくしてもらうことだってあったけれど、それよりも嫌な記憶の方がたくさんあって。
だから誰も知り合いのいないこの学校で、今度こそはそんな自分を変えていこうと思っていたのに。
入学したばかりの間もない時期から、もうこんなことになってしまうのは……あまりにも酷すぎると思ってしまった。
◇◇◇
今日から班ごとの掃除が始まって、遅れて同じ班の子に迷惑かけないようにと、いの1番に中庭まで急いで来たのはいいものの。
掃除しながら待てども、誰も来なくて。
もしかしたらもうすぐ誰かが遅れてくるかもなんて思いつつ、タイミングを失ったままで、一人寂しく掃除を続けていたのですが。
中庭全部の掃除なんて、一人で簡単に終わることもなく。
泣きそうになりながらセコセコと手を動かしていた、そんなとき。
お昼休みにしか賑わないようなそんな人気のない中庭に神様……ではなく、神さんは現れたのでした。
「……あの」
だれかの声が耳に届き、やっと来てくれただなんて見当違いの喜びを抱いて振り返ったのですが。
そこにいた人の顔を見た瞬間、驚きで呼吸が本当に止まってしまった。
オバケや幽霊なんか大の苦手だけど、きっと本物の幽霊を見てもここまで驚かなかったと思う。
同じクラスの『神さん』。
名前からもう目を惹くのに、そんなことは些細なことだと断言できるほどに、とてつもなく可愛い女の子。
入寮した日からあまりにも目立っていて、名前と顔の神々しさから、誰も軽々に近寄ることのできていないクラスメイトがそこにいたのです。
今日まで誰かと一緒にいるところを見たことがなく、けれども孤立しているわけではなく。
たった数日も経たずして、むしろ孤高の存在なのだと疑わずにはいられないような、みんなの憧れの的になったすごい人なのです。
実は芸能人だとかアイドルだとかって言われても、絶対に納得してしまうほどに顔が可愛くて。
同じ女の子として憧れるけど、そんな憧憬を抱くことさえ烏滸がましいとさえ感じてしまうほどのクラスメイト。
高嶺の花さえ、自ら喜んで髪飾りになりにいくような神さんですし。
当然自分には話しかけれるような勇気もなく、今までは寮でも教室でも遠くから眺めていることしかできませんでした。
そんな神さんが突然目の前に現れたのですから。
そりゃ呼吸どころか、心臓もとまりそうになっても仕方ないでしょう。
「あ、あの……」
神さんが話しかけています。
この場にはほかに人もいないのですから、おそらく自分に向かって。
「……っ……っ」
それなのに、何か言おうにも言葉は一切出てくることなく。
パクパク口を開け閉めしながら息を吐くことしかできませんでした。
よりにもよって神さんの前でこんな醜態を晒あいてしまうなんて……。
恥ずかしさからさらに顔が紅潮し、何も考えられなくなくて。顔も合わせられなくなり、身を翻して一心不乱に箒で地面を掃くことしかできませんでした。
声をかけてもらったのにそんな失礼な態度をとってしまったんです。
呆れられて、中庭から去っていってしまってもおかしくなかったはずなんですが。
自分の意気地のなさに泣きそうになりつつも、背後の気配にだけは気を向けていると。
神さんは私のそばを離れていくことはありませんでした。
「一人で掃除してるの?」
離れないどころか、まだ声をかけてくれています。
振り向くことは出来ず、だけどせめて返事は返そうと、コクコクと何度かうなずくことだけはできました。
「……それは、ひどいね」
正直あなたが現れるまでは自分もかなり悲しかったし、少しは不満を抱いていたのですけども。
神さんの降臨によって、それ以上の感情で一人掃除とか全部些細なことになってしまった。
同情してくれるような言葉をかけてもらっても、なんの反応も返すことができなくて。
さらには神さんに背を向けて同じ場所を竹箒で掃き続けたまま、幾許かの空虚な時間が流れていきました。
今までの自分を変えようと新天地に飛び込んだクセに、この様は情けなすぎると凹んでいると……。
後ろにいた神さんが歩き去っていく足音が耳に届きました。
ひとりぼっちの掃除を強いられて惨めなだけでなく、マトモに顔も合わせて話せないような子なんて、そりゃ見限られて当然なのでしょう。
だけどその足音が告げる事実は……。
掃除を押し付けられた現実や、過去の情けない私。
そして、これからだってずっと情けないままだという未来を、無理矢理にも実感させるには十分すぎる威力を秘めていて。
せめて、せめてと神さんの足音が聞こえなくなるまで耐えながら。
耳にその音が届かなくなるや、皮切りに聞こえてきたのは……私の情けのない嗚咽する声で。
ひとりぼっちの中庭に私の啜り泣く声だけが、静かにこぼれて消えていったのでした。
◇◇◇
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