月の弔い

@nobuco

第1話 あの日

私は恋に落ちたことなんて無かった。


経験はあった。

人並みに男性と付き合い、身体を重ね、くすぐったい言葉を交わしあったりもした。

これが「好き」であり、「恋」なのだと納得していた。


あの人に出会って、今までの「好き」が「恋」ではないと気付かされた。

まさかの事だ。


そんな衝動的な「恋」に落ちた経験がある人間はこの世にどれだけいるのだろうか。


そして「恋」が「愛」に変わるその瞬間は格別なものだ。


あの瞬間を今でも噛み締めている。






話は10年前になる。


当時私は18歳のアルバイトで、専門学生だった。

物欲にまみれていたのもあり、シフトを沢山入れてもらい、すぐに看板娘のような存在になっていた。


バイト先は居酒屋。

4店舗程のチェーンをもった小さな居酒屋だった。

小規模なので仲が良くてよく合同で飲み会が開催されていた。


そこの社長はとっても人望に厚くてユーモアのある、分け隔てない人だった。

年齢は20程離れていたが、そのカリスマ性にあてられ、すぐに打ち解けた。

今思うとこの時既に憧れを抱いていたのだ。



年が明け、合同で新年会が開催された。

昼には社長考案のレクリエーションに参加し、その後夜から飲み会だった。


夜、指定の居酒屋に着き、広い席に通された。

社長とは1番遠い席だったが、その時、社長の隣にショートカットの綺麗な女性がいたのだ。


今まで散々飲み会に参加してきたが、初めて見る人だったので凝視してしまった。


「るりちゃん。見すぎ。」


うちの店長に声をかけられてハッとする。


「すみません、初めて見る方だったので。新しく入った方ですか?」


「違う違う。あれは社長の女。」


小声で耳打ちされた。


女って。

私は結構ドロドロな人間ドラマが好きだが、本当の不倫を目の当たりにしたのは初めてだったので、少したじろいだが、同時に鼓動が高鳴っていた。


そうか。

社長にもなると愛人がいて当たり前なのか。


一気に飲み会に集中出来なくなってしまった。


鼓動が早くなる。

なぜ?

嫉妬でも嫌悪でもない。

ただ鼓動がうるさい。



自分の気持ちが分からないまま、飲み会は終わった。


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