首が落ちた

おくとりょう

落ちてた

「ハァ……」

 テレビを観るのも嫌になって、ゴミの散らばる床を見た。脱ぎ捨てられた黒い上着、ひっくり返ったリュックサック。ぐちゃぐちゃになったシャツの下から、失くしたはずの茶封筒が顔を覗かせる。昨夜の大捜索は何だったのか。うんざりしながら、げっぷした。

 プワンと漂う油の香り。食べたあとの弁当を片付けようと、袋を探して腰を屈めたときに、見覚えのある黒い塊を見つけた。黒い天パの後頭部。

 あーぁ、またか。

 乾いた言葉を飲み込むも、ため息代わりの温い空気がゆっくり漏れた。肩の間の暗い穴から。首から上が取れてしまったから。

 僕の首はすぐ取れる。イライラすればするほどに。

 まあ、これもいつものことだ。それほど、問題があるわけじゃない。別に、首が取れたところで死ぬことは無いし、外出中には滅多に取れない。意外とシャイなのかもしれない。

 特に問題はないのだけれど、生えてくるまでの時間、特に何もできることもなく、いつものようにのんびりする。

 とりあえず、一息つこうと、コーヒーカップに手を伸ばすと、手首から先も取れていた。「げっ」と心の中で呟いて、足元を見ると足首も綺麗に失くなっていた。きっとどちらも部屋の中に埋もれているのだろう。腐る前に、片付けないと。

 やることが増えて、一層、憂鬱な気持ちになっていると、床の頭が「ぎゃー」と鳴き出した。会話をしたりはできないものの、たまにこうして喚くことがある。声帯もないのに、どうしているのか。

 僕は手首のない両腕で挟むようにして持ち上げて、太股の上で抱え込むように抱き締めた。肘から先で頭をポンポンたたいていると、叫んでいた頭は満足したのか、口を閉じた。眼はカッと見開いたまま、虚空をギョロギョロ見つめている。お腹がほんのり温かかった。


 部屋が静かになったので、眠たくなった僕は頭を床に払い落とした。ガンっと鈍い音が響く。賃貸の敷金のことを思い出し、慌てて下を見ると、頭は動かなくなっていた。見開いた両目の上で、ひたいが果物みたいに割れていた。うっすら開いた口から覗く舌は濁った色で汚かった。

 僕は机に突っ伏して、まだ無いまぶたをゆっくり閉じる。胸から何か落ちた気がして、少し気分が良くなった。

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首が落ちた おくとりょう @n8osoeuta

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