転生したら有隣堂のアイドルがポメラニアンだった件
@iri03
第1話
ブッコローは朝の日課である上空のパトロールをしていた。
「今日は14時から有隣堂の撮影か。ハア…最近ブッコローに対する扱いが酷いんだよなあ」
これくらいできるよね?と無茶振りをされることから始まった。
乾燥たくわんの早食い対決に、格闘家とのボクシングバトル、ついこの間の打ち合わせではフクロウがサメと一緒に泳いだらおもしろそうだという企画で盛り上がった。
「そろそろ切り上げるか」
いつもと変わらない街並みを確認して地上に降りようとしたとき、目の前にブッコローの体より何倍も大きいジェット機が現れた。
言葉を発する間もなく、ジェット機とぶつかりそのまま意識を失った。
目が覚めると見慣れた公園のベンチの上だった。YouTubeの撮影の合間に息抜きとしてよく訪れている公園だ。
ジェット機にぶつかったはずなのに痛むところはなく血も出ていない。なにか悪い夢でも見たのだろうか。
ふと、公園の時計に目をやると時刻は14時を過ぎていた。
「やばい!遅刻じゃん!!」
ブッコローは慌てて公園を飛び出し、有隣堂へ向かった。
有隣堂へ着くと奇妙なことがいくつもあった。
レジ前に並べられているブッコローのぬいぐるみや、壁に貼ってあるはずのYouTubeの宣伝ポスターがどこにもない。
ブッコローがおはようと挨拶しても有隣堂の社員は不思議そうな顔をするだけで、誰も返事をしない。数分遅刻してしまったから怒っているのだろうかと解釈して、いつもの撮影部屋へと入る。
撮影はすでに始まっていて、陽気な声が聞こえてきた。
「ポメ様、ついに登録者数が1000万人越えですよ!お気持ちはいかがですか?」
ポメ様と呼ばれたのは白くてふわふわの愛らしいポメラニアンだった。きゅるんとした黒目がその可愛さをさらに引き立てている。
「くぅーん」
今すぐに抱きしめたい。そう心がグッと掴まれる声だった。
「きゃあ!ポメ様っ!!」
いつもの撮影より社員のテンションが高い。
というか、さっき登録者数が1000万人越えと言っていた。1000万といえば今流行りのKPOP人気グループにも匹敵する人数だ。
どうしてそんな大切な回にブッコローじゃなくてポメラニアンなんだ!!
沸々と怒りが湧き上がり、先ほどまでの遅刻をして申し訳ないという気持ちは消え去った。
頭に血がのぼったブッコローはカメラの前に立ち、ポメ様と向き合った。
有隣堂の社員たちが慌てて立ち上がり、ブッコローを退かそうとする。
「おい!なんだあのフクロウは!?誰が連れてきた?!」
「ブッコローのことをあのフクロウ呼ばわりするな!!このチャンネルがここまで来れたのはブッコローのおかげでもあるだろぉ!」
「つかまえろ!追い出せ!」
気付くと周りを有隣堂の社員に囲まれて、その威圧感に飛び立とうとしていた羽がすくんだ。
「今日はエイプリールプールじゃないんだよ!冗談きついよお!」
周りを和ませようとした発言だったがなにも効果はなかった。
「何をごちゃごちゃ言っているんだ!!」
社員の手がブッコローを捉えようとしたそのとき
「ワンッ!」
ポメ様の鈴のような美しい声がした。
その場にいる全員がポメ様へと視線を向ける。
すばらしいカリスマ性だと気を取られたが、その一瞬の隙を見てブッコローは撮影部屋を飛び出した。
「なんだったんだ…」
有隣堂から無事に抜け出して、トボトボと町を歩く。
よく町を見てみると、バスを待つサラリーマンが手に持っている文庫のブックカバーにはポメ様が描かれていたり、駅前の電光掲示板にはポメ様の顔と有隣堂チャンネル1000万人突破記念のニュースが流れている。
町中のどこを向いてもポメ様だらけになっている。ブッコローの痕跡は怖いくらいに何も残っていない。
ある考えが頭をよぎった。カクヨムとのコラボ動画で教えてもらった異世界転生じゃないのか、と。
立ち止まって考え込んでいると、カバンにポメ様のキーホルダーをつけた女子高生たちの会話が耳に入ってきた。
「生配信見た?」
「見たよ!フクロウの乱入のせいでポメ様が超怯えてて可哀想だった」
「マジであのフクロウなんなの」
「全部あいつのせいだよね」
「今逃げてるらしいよ」
「うっそ!じゃあこの辺りにいるかもしれないじゃん」
「てか、あのフクロウ超似てない?」
「確かに、写真撮っとこ」
カメラを向けられてシャッター音がした。ヤバ!マジで似てる!拡散しよ!と女子高生が騒いでいる。
もしかしたら、この世界の全住人に嫌われるようなとんでもないことをしてしまったのかもしれない。想像している何倍も悪い方向へと事態が進んでいる。
ブッコローはその場から逃げるように空へと飛び立った。
夜になり飛び続ける体力も無くなったブッコローは、目を覚ました公園の木の上で休んでいた。
「明日からどうしようか」
どうやったら元の世界に戻れるのだろう。考え出すと不安でたまらなくなる。
「くぅん」
誰もいないはずの公園で今のブッコローの心の状態を表すような切ない鳴き声が聞こえた。声のした方に視線を向けるとポメ様がいる。
「ブッコロー、降りてきてください」
何かの解決の手掛かりが見つかるかもしれない。その呼びかけにこたえ、すぐさまポメ様の隣に座った。
「昼間は驚かせてごめんなさい」
「いや、突然乱入したブッコローが悪かったよ。反省してる」
「実はブッコローにお願いがあって、匂いを辿ってここまで来たんだ」
「お願い?」
「ぼくの代わりに有隣堂のアイドルになってくれませんか?」
「どうしてそのお願いをブッコローに?」
「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけれど、夢を見たんだ。ブッコローによく似たフクロウが現れてぼくを救ってくれる夢」
ブッコローは恵まれた環境にいるポメ様が救ってくれるという言葉を使うことが理解できなかった。
「なんで、あんなに成功してるのに辞めたいんだよ」
ポメ様が身につけているものは全て高級ブランドの製品で、生活に困っているようには見えない。
「みんなから敬ってもらえてチヤホヤされる生活なんて最高じゃないか」
過酷な企画もなく、ヨシヨシされるだけでお金がもらえる仕事なんて他にないだろう。
「それはぼくが望んでいる幸せじゃなかった。ぼくはポメ様じゃなくて普通のポメラニアンとして扱われたい。自分の理想のポメ様を押し付けられるのが苦しいんだ」
「くぅー!成功した人は言うことが違うね〜」
「……ダメかな…?」
潤んだ瞳で見つめられた。
「助けてあげるよ!全部、ブッコローちゃんに任せな!!」
それから間も無くブッコローは巧みな話術を使って、ポメ様に代わり有隣堂のアイドルになった。
世間の評判も上場で登録者数も伸び続けている。
テレビでは毎日特集が組まれ、外を少し歩くだけで人だかりができる。夢見たいな最高の毎日を送っていたはずなのにーーー
「苦しい…」
世間から向けられる視線が常にそばにあるように感じ、趣味である競馬場には行けなくなってしまった。
何を言ってもすごい!さすが!と持て囃されるだけで、会話にならない。みんなが本当にそう思って、ブッコローのことを褒めてくれているのかさえ疑心暗鬼になってきた。
今ならポメ様の言っていた言葉の意味が理解できるような気がした。
今日は珍しく外ロケに来ていた。日傘を持ち常に隣にいる有隣堂の社員のせいで自由に身動きが取れない。
休憩の時間となり、ブッコローは少し散歩をしてくると言って金魚のフンのようについてくる社員を振り切り、空へと舞い上がった。
突然、ゴゴゴとけたたましい音が背後から聞こえ、振り返るとあのときのジェット機があった。
あ、と思った瞬間、ブッコローの意識は彼方へと飛んでいった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!」
叫び声をあげて、目を覚ますと心配そうに見つめる有隣堂の社員の姿があった。
「ブッコロー大丈夫ですか?寝ながらずっとうなされていましたよ」
「変なものでも拾い食いしたんじゃないですか?」
「そんなことするか!」
そう言い返しこの感じを懐かしく思った。
「あれ、ここって、もしかしてポメ様がいない世界なの…か…?」
「何変なこと言ってるんですか。まだ寝ぼけているみたいですね」
その返答を聞いて、心の底からグゥーっと嬉しさが込み上げてきた。
「なんだよお、全部夢だったじゃん」
安心すると笑いが止まらなくなってきた。
「ブッコローが壊れましたね」
「うるさいっ!」
今のブッコローには辛辣な態度も愛情の裏返しだと捉えることができた。
「さあ!撮影始めますか!」
どんな無茶振りでも何でもやってやる!
ブッコローは生まれ変わったまっさらな気持ちで撮影に挑み始めた。
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