数時間前

02,「この世」

感染型異形発生のの数時間前


「これでもッ喰らえ‼」

「あがッッ」

殴った衝撃で独特な意匠の銀の首飾りが舞い上がり陽の光を受け光る。


人気が少ない路地裏で15歳程度の少年の周りをガラの悪い男達が円形に囲んでいる。人数は五人程度。

二人が少年の両腕を持ち、膝立ちの状態で固定している。

先程少年の事を殴った男は気分が良さげに酒瓶をあおった。やはり首の銀の飾りが悪目立ちしている。

残りの二人は手のメリケンサックをいじっていたり、「タバコの火で根性焼きをしたい」、などと物騒な話をしている。

見ての通りのリンチだ。


「ヒュー!イイねいいね〜」

「次俺な〜。肉体強化フィジカルエンチャント系と違って派手なやつ見せてやるよ‼」

そう粋がった男は自らの手を炎で包み少年の口の中に勢いよく突っ込む。勿論握り拳グーだ。


「どうだ?すげぇだろ」

「うっわ〜えげつねぇ〜」

「炎のパンチっておまッwww」

「絵面的にお前のほうが被害多そ〜」

「ばっかお前!!火系統の能力者が自分の火にやられてどうすんだよ‼

火耐性あるに決まってるだろ」


流石に今のはキツかったらしい。リンチされている少年は忌々しげな顔で男たちを睨む。


「おっ?何だその顔」

「まだまだこっからが本番っしょ。

こん位でへばらないでよ。」

「おら!景気付けだ。」

「ゲホッ」



水月にけりを入れられた少年はぐったりとしてしまった。だがそれでも男たちの祭りストレス発散はまだ終わらない。暫くの間その路地裏には、衝撃音が走っていたという。


こんな光景は珍しくもない。

異能持ち能力者が異能持ちに嬲られるなんて…


異能持ち。それは、異能、人外の力を宿した人間。

異能持ちは忌み嫌われている。理由は単純明解。異能が暴走するからだ。

普段何気なく過ごしていても、何の予兆も無く突如として異能は暴走する。暴走した異能持ちは異形と呼ばれる怪物に成り、理性がなくなり、暴れだす。


異能持ちは別段強力な力を持っているわけではない上に数も少ない。更には暴走するかもしれない。

少数派の異端と言うだけでも排他的になるのに明確な危険もあるのだ。疎まれない方がおかしいという物だ。


異能持ちは例外を残し、人間扱いをされない。何ともストレスフルな環境だろう。

異能持ちが受けたストレスはさらに下へ向かう。

社会的には同じかそれ以下の立場に居て、自分より物理的に弱い奴。つまりは―自分より弱い異能持ちだ。


異能持ちの中では強い奴こそが正義。異能持ちが生きている底辺の世界は、そんな原始的な世界。

上から来たストレスは下へ向かっていく、つまり、上司からの無茶ぶりをそのまま部下へ渡す中間管理職の図と同じだ。


異能が弱く、また、卓越した身体能力があるわけでもない彼は、強さが物が言う異能持ちの社会のカーストの中でも常に下に位置していた。

そんな世界で“彼”は生きていた。社会の底辺の能力者。そのまた底辺で、だ。

小南紫帆こなみしほ15歳 男 身長163センチ 体重52キロ 外見にこれといった特徴は無い。件の異能持ち(クソ雑魚)と言うやつだ。


紫帆が目を開けた時男たちはもういなかった。

身体の節々がものすごく痛い。

水月を蹴られ、気を失った後にも嬲られ続けたのだろう、と紫帆は推測する。


はは、と力ない笑みをこぼし、寄りかかっていた壁に手を付きながら立ち上がる。

が脚に力が入らず蹈鞴を踏んでしまう。

今度は、はぁ、とため息をつき危なげな足取りで路地を出る。


路地から出るところに置いてあったステンレス製の“いかにも”なゴミ箱にぶつかり倒してしまう。

治安が悪い地域と言うだけあって休日でもまばらな通行人の視線を一瞬だけ受ける。が、支援を受けたのは一瞬だけ。

路地裏からボロボロの人間が出てくるなど珍しくも無いのだ。


体感で三時間ほど殴られていたせいか、昨日から何も食べていない所為か腹が減っていた。

紫帆は繁華街に向かおうとする。が、おもむろに足を止めると反対方向に向かって歩き始める。

紫帆は近場の公園を目指していた。


中学卒業と共に施設を追い出された身である紫帆は勿論根無し草である。

保証人も無ければ金も無く、働くところも無ければ帰る場所も、果ては明日のご飯とパンツも無い生活だ。

ただ、三月下旬にもなれば冷える日も減り、暖かい日が増えて来ているのが吹き曝し生活の紫帆にとっての唯一の救いなのではなかろうか。


公園の水道の冷たさもこの時期であれば苦にはならない。

先ず口に付いた吐血を洗い流す。水を口に含んだ瞬間鉄の味が広がる。口の中の傷に水がしみた。


「痛ぇ…」

紫帆は一人ごちる。


続いて足蹴にされて泥の付いた髪、Tシャツを脱いで分かったあざと垢だらけの上半身、吐血や吐しゃ物によって汚れたTシャツの順に洗う。

下半身はズボンもあまり汚れていなかったので洗わなかった。


Tシャツは絞りに絞ってから着る。少し不快感があるが、今日の気温ならあと数時間もすれば完璧に乾くだろう。


身体が綺麗になったので紫帆は本来の目的であった繁華街へ足を向けるのだった。


 ◇ ◇ ◇


紫帆はどこか遠くを眺めるような目で歩いていた。

遠くを見ているというより、焦点があっていない虚ろな目だ。

理由は明確。収穫・・が全く無いのだ。

と、紫帆の目の焦点がいきなり合う。目線の先にはリーズナブルな価格のイタリアンレストラン。

紫帆はその店に近づくと素早く裏側に回り込む。

そして、従業員用ドアの横にある円柱状で銀色の物体に手を伸ばす。


中身は実に充実していた。食べかけの・・・・・ピッツァ、バケットの端、リンゴの芯、etc.

つまるところ円柱状で銀色の物体はゴミ箱だ。


紫帆はゴミ箱の中身それに不承不承手を伸ばす。

伸ばした手は震えており、顔は引きつっている。

心底嫌そうだが、こんな物でも食べられるだけ有り難い、と言う事を紫帆はこの二週間にも満たない浮浪者生活で嫌と言うほど学んでいた。


実際、この一時間残飯漁りで飯にありつけそうなのはここだけだ。

元々この街は浮浪者にやさしくないという事もあるが、何よりこの腕輪のせいだ。右手首に光る銀色の腕輪はそんなに大きいわけではないがよく目立つ。良く目立つからこそ異能持ちの証として用いられている。

異能持ちの証拠こんな物を着けていれば、飯屋に近付いただけで警戒されてしまう。

飯屋だけじゃない。デパートや映画館、人が集まりやすい所ではものすごく嫌な顔をされる。(紫帆的には結構傷つく。)


因みにこの腕輪はただの飾りと言う訳ではない。中には発信機や盗聴器、心拍計等々が内蔵されており、異形化した際に直ぐに対処ができるようになっている素敵仕様だ。

一時期これに毒薬を仕込み、任意のタイミングで殺すことのできるモノを作る計画があり、実際作られた。が、諸外国からの非難や、倫理がなんだとか、そもそも、何より、毒薬程度で異形は止まらないという事でお蔵入りが決まった。


暫く手をプルプルさせていた紫帆は、三日何も食べていないという事も有り、決心したように目を見開くと顔からがっつくようにして貪る。

臭いし、味も酸味が強い。が、餓え死ぬよりはマシだと涙を堪えながら咀嚼をあまりしないように飲み込む。

何度も戻しそうになりながらも懸命に胃袋につめ込んでいく。


そのせいで紫帆は従業員用のドアが開いたことに気が付かなかった。

扉から出てきたのは、褐色、禿頭とくとう、筋骨隆々の大男。中東の血も混ざっていそう見た目だ。


「あっ」

男は気の抜けたような声で驚嘆を形にする。なんというか…見た目と反応がマッチしていない。


「何やってんだお前ェェェ!」

実に間抜けな感じだが本人は必死な様子だ。顔に冷や汗が出まくっている。見た目の割に小市民的なのかもしれない。


男の視線が紫帆の腕、右腕に注がれる。

「ん?お前…異能持ちか…」

そう言うと男は紫帆の顔面を思いっ切り殴りかかる。しかし、その拳はいつまでたっても紫帆に届かない。

男は紫帆の顔面の前で拳をプルプルさせている。かと思うと男はだらんと腕を下げ、下げたままの腕で、シッシと手を振る。


紫帆は、殴られなかっただけ儲けものだと回れ右をする。そして、歩き出し、店の裏手の路地から足が出た瞬間、腹が盛大に鳴った。


思わず紫帆は足を止める。数秒ほどで再び足を動かそうとするが、声に邪魔をされた。


「お、おい、アンタ。腹が減ってんのか?」


紫帆は振り返らず頷く。


「そうか。そんなモン喰おうとする程だもんな…

大したもんは出せねぇが食ってけよ」


そう言って店に戻っていった店主を紫帆は呆然と見つめていた。


数分後再び従業員ドアから現れた男に紫帆は無理やり店内に連れ去られた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

数時間前篇、つづく!!

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