元最弱の討伐対象

生駒 祐逸

1章 棄街脱出篇

01,紫帆、討伐対象になる

 暖かい日差しと時折吹く涼やかな風。春の陽気に相応しい穏やかと言っていい昼下がりだ。

 駅のほど近い繁華街には人が溢れかえっていた。休日ともなればこんなものだろう。

 街には喧騒が渦巻いていた。


 紫帆しほは人々の流れに逆らわないようにして進む。

 いつもは鬱陶しい人混みも、この時ばかりは紫帆に安心を与えてくれていた。なんせ人が多いほど自分が被害に遭う確率が減るのだから…


 紫帆がいる集団とは別に2,30メートル後方にもう一つの集団が在った。

 その集団は、皆一様に顔が青く、一部が腐っていた。そして、赤黒い血管のようなものが心臓のあたりから伸びている。怪物と呼んでも差し当たり無い様な容姿―俗に言うゾンビやアンデットと呼ばれるモノたちの様だ。


 実際にこいつらは異形と言われるバケモノだ。


 異形。それは異能が暴走した異能持ちのなれの果て。

 暴走した異能持ち能力者は異形となり果て、能力の脅威も桁外れとなる。

 異能持ちが忌み嫌われている所以ゆえんだ 。

 それが目の前にいる物。正確には異形によって異形に変えられたモノたちだが。


 街には喧騒が渦巻いている―いや、喧騒と言うよりも悲鳴だった。


 ◇ ◇ ◇


 2007年7月28日、千葉県某所。某病院、産婦人科。 病室に赤ん坊の声が響く。

「生まれた。産まれたぞー! この子の名は、紫帆だ。意味は特にないがな!!」

 赤ん坊の父親らしき男が騒いでいる。実に迷惑極まりない。


小南紫帆こなみしほ。語感が良くていいわね。」

 それに対して答えるのは出産後の母親。少々疲れているように見える。


「おめでとうございます!元気な男の子ですね。―ですが、お伝えした通り異能持ちである可能性が極めて高いです。」

 前半の優しい口調とうって変わり看護婦の後半の声音は、実に冷ややかだ。

 そして看護師の発言に父親、母親は凍り付いている。


 そう、この世には異能という物が存在している。

 そして、忌み嫌われている。見ての通りだ。


「け、検査しなけりゃまだ判んないだろ! うちの家系に一度だって異能者は出た事が無いんだ!」

 看護師の声に対し、唾を飛ばし一生懸命反論しているのは父親。その態度は我が子を思う父親の姿などではなく、自分とその一族の威厳、名誉etc.が大事そうであった。


 結果から言うと、彼は異能持ちであった。それも、かーなーり弱いクソ雑魚と言う感じの。

 それが異能適応者アダプターや、過適応者ハイパーアダプターで在ったらまだ希望があったかもしれない。

 だが、紫帆は普通以下の異能クソザコだった。一般以下の異能持ちのさらに下。人権などある訳が無かった。 


 両親は異能持ちだとわかった瞬間に彼を捨て、色々あったのち保護施設へと入れられた。入っていた保護施設も中学卒業と同時に叩き出され、住所不定無職。

 中学卒業と共にこの仕打ち。不幸と言う他ない。


 この少年は天にも見放された・・・らしい。全く以て運も間も悪かった。どの位かと言うと、職探しをするために偶然街を歩いていたら、偶然の“異形”が発生して、そして発生してのがゾンビ型なぐらいには…


 逃げて逃げて逃げて、逃げる。


 時折躓いた者や、集団から遅れた者に化け物の先頭が覆いかぶさる。そこからはバキ、メキャといった何かがひしゃげ、ちぎられる音と共にこの世のものと思えない叫び声が聞こえてくる。そして数十秒も経たないうちにその声は聞こえなくなる。

 かわりに不死者の唸り声の重奏が大きくなる。

 その光景を音を先程からの十数分で何度も目の当たりにした。

 そしてその犠牲者は大抵、怪我をしたものや幼い子供、老人だ。


 ふと、紫帆の視界の端に自分より1〜2歳若そうな女が映る。その後ろには、異形によって不死者となった人間だった物が居た。今にも噛まれそうである。“彼女”はそのことに気付いていない。


 ―気付いたら体が動いていた。―

 そう言うしかなかった。

 何を如何してでも今度こそは助けなければ、と思ってしまった。

 紫帆は、手を伸ばし“彼女”を突き飛ばして、不死者との間に割って入っていた。


(ヤバい!やばいやばい!まずった!!)


“彼女”を突き飛ばした方の腕、右の腕を嚙まれた。


 今回の異形は感染ゾンビ型。 嚙まれた者は不死者ゾンビとなり人を襲う。一般人が噛まれた場合は、心臓を潰さないと蘇り続ける、蠢くだけ、人を喰うだけの不死の怪物になるだけだが、能力者が嚙まれた場合は高確率で不死ゾンビの特性と別の特性を備えた新たな・・・異形へと変化する。異形へと成らなかった場合でも不死者ゾンビとなってしまう。


 噛まれたら終わりだ。だが、紫帆は嚙まれてしまった。

 噛まれた傷口の周りがどす黒く変色し、じわじわと広がっていっている。それ・・はもう肩まできていた。


(…抑えなければまずいッ !!この人生、良い事なんてそんなになかった。でも、まだ死にたくない。人を襲いたくはない。ただ蠢くだけになり下がって、あいつらに討伐されるのだけは嫌だ!!)



 ―世界が憎いか?―

「あぁ、憎いさ」(抑えろ!抑えろ!何とか浸食を!)


 ―世界を恨んでいるか?―

「もちろんだよ!」(焦るな集中しろ!)


 ―こちらに堕ちてこい。スベテを謌代↓縲√♀蜑阪?逡ー閭ス縺ォに委ねろ。

 ほら、こっちだ。さぁ、世界を、全てを壊せ!壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ―


先刻さっきからごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ!

 少しは浸食の抵抗こっちに集中させろ!

 俺は、そっちになんか、行かねぇ!!」


 だが、異形化の浸食それは集中すればどうにかなるものでも無く、紫帆の体を蝕んでいく。


(そうだ能力っ!今は異形に成りかかってるんだ!!使えるかもしれない)


 紫帆は生まれてから一度も使ったことのない-使えなかったそれを使う


(掌握しろ。掌握しろ)

 異能で異能を抑制するその行為は賭けや博打に等しく、失敗したら異能が暴走し浸食の速度を速めるだけかもしれなかった。もしくはもっと悪い結果につながったかもしれない。 だが、有り得ないことに侵食の速度が目に見えて緩やかになっている。

 異能を覚醒させた紫帆は、少しずつ、少しずつ浸食を押し戻す。だが、なかなか上手くいかない。紫帆が異能を使えるようになったのがつい先ほどで、上手く扱えていないのが原因だ。

 周りを見ると紫帆が助けた彼女はもうここにはいない。うまく逃げたのだろう。 それを確認すると紫帆は、『良かった』と無意識に思ってしまう。それと同時に、

(本当にこの世界は―)「―クソッ…たれ…だ」

 と弱々しく悪態をつきながら意識を失う。


 ◇ ◇ ◇


 近くから川の音が聞こえた。

 視界には満天の星空が広がっている。視界の端には懸垂型モノレールの高架が走っていた。

 倒れた場所と景色が変わっている。


 倒れた時、周囲は繁華街だったが、今はビルに囲まれた石畳の広場みたいな場所に倒れていた。

 景色から推測すると、少なくとも繁華街から800メートルは離れている場所だろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 そう思えるほどの光景。


 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。火が起き、人が臓物が出た状態で死に絶え、人だった物の脳漿がぶちまけられ心臓がつらぬかれている。形が残っているのは完全に異形化していない状態で殺されたからだろう。


(俺はどれだけ寝てたんだ?傷は?)

 紫帆は慌てて噛まれた方の腕を確認する。


「なっ…」


 口から驚愕の声が漏れる。腕の噛まれたところは塞がっていた。恐ろしい回復力だが、それ以上に恐ろしい事がある。

 右腕は赤黒く変色し、血管が浮き出ていて、無数の血管が腕を包むように巻き付いている。その血管は、胴体の心臓の方に続いているように見えたが確認はしなかった。


(まるで不死者ゾンビじゃないか)


 紫帆の感想は至極真っ当なものである。紫帆の腕は正に不死者のソレであった。だが、紫帆の自我はしっかりと保たれている。

 結果から言うと紫帆が試みた『抑制』は半分成功していた。自我は保てているが、右腕と胸の周りは不死者と異形のソレ(太い浮き出た管が心臓から伸び、胴や右腕に巻き付いている)と成り、心臓は《核》へと変化していた。それだけでなく、黒かった日本人らしい髪は白と言うよりくすんだ銀と形容すべき色の髪が幾本か混じっていた。そして、左目はこれまた日本人らしい黒い目から白が混じるくすんだ目になっていた。しかし、このこと腕以外の変化に本人はまだ気付いていない。


(取り敢えず、死んでないし、異形にもなってないから上々だとして、これからどうするか)


 そんなことを考えていた紫帆の後ろから不死者が襲いかかる―そして噛まれた。


「っ…痛ぇなこの野郎!!」

 そういいながら紫帆は自分の右の肩口に嚙みついている不死者の頭を右の裏拳で掃う。

 不死者は頭の無い状態で吹き飛んでいった。紫帆に返り血と返り脳漿が付く。

 不死者の頭部は紫帆の裏拳によって爆散したらしい。ただ不死者の頭部はもう再生をし始めている。


(エ、嘘。威力高ッ!!てか、不死者に噛まれて痛いだけっておかしいよね?)

「また襲われても面倒なんで、成仏してください。」

 そう言うと紫帆は頭の無い状態で蠢く不死者の心臓に向かって突きを繰り出す―が、弾かれる。

「これが噂の不死者の“核膜”って奴か」


“核膜”それは、感染型の異形とそれに感染した不死者の心臓を覆う硬い膜だ。噂によると何発もの銃弾を打ち込んでようやく貫ける物らしい。


「じゃあ、さっきよりも強めに…」

 そういいながらもう一度拳を繰り出す。今度は心臓を貫通した。 頭の再生が止まり、再生していた部分が崩れ落ちる。

 紫帆は静かに手を合わせ、静かに目を瞑る。

 暫くそのままにしてから目を開けた。

 そして、もう一度静かに目を閉じる。深呼吸を1回、 手を三回ほど握って開居てから目を開く。


「よしっ!」

 そう言いながら紫帆は自分の両頬を平手で叩く。


 これは紫帆の癖の一つだ。

 そして今紫帆の頭の中にある事は「生存」の二文字に切り替わっていた。

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後書きと設定

・核膜・・・ゾンビ型の異形の核を覆うクッソ硬い膜。同じところに何発か銃弾をヒットさせれば破れる。

因みに、異形の核は核膜が無くても十二分なほどに硬い。

・能力者・・・異能持ち能力者又は能力者と言われる存在。暴走する可能性を秘めている。彼らが持っている異能は大した力もなく、精々ライター代わりになる発火能力とか、ちょっとした念動力とか。只、中には強い能力者もいたりして…

・能力者は日本以外にはいない。

・国が能力者を生かしている理由は、人道精神とか言ってるけど、暴走状態のやつは戦争で役に立つとかそんな理由。ロクでも無い理由ってことはすぐにわかる

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どうも、いこまです。 この作品は、久しぶりにカバ〇リとか、怪獣〇号を見て、「人外形ヒーローっていいな!」

と思って書いてみた奴です。

甲鉄城久しぶりに見たけどやっぱいいなー。カバネリの続編、出て欲しいんだなー。

とか言う余談は置いといて、小説を初めて書いた奴の拙い文章を最後まで読んでくれてありがとうございます。

因みにしばらくの間ヒロインは不在です。紫帆君には書いたやつぼくみたいなソロプレイを楽しんでもらおうと思います。

次回話は数時間異形発生前に戻ります。今回説明しなかった部分、出来なかった部分も説明するので是非次回ものぞいてください。


てなわけでこれから精進していくのでどうぞよろしく。

書籍化を目指して!!

2022 11/10 いこま

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