その肉を返せ

白柳テア

プロローグ 「火星からの侵入」


私がまだ大学生だった頃。

社会学で、有名な研究について小耳に挟んだことがある。



時は1938年10月30日。

今から85年も前の話だ。


この日、アメリカのCBSラジオ放送局がウェルズ原作の有名なSFドラマ、「宇宙戦争」を全国民に向けて放送した。全くのフィクションであったのにも関わらず、放送局が、火星人が侵入したことを「臨時ニュース」として伝えると、ラジオを聞いていた600万人のうち、100がパニック状態となり、新聞社や放送局に情報を求め、救急車やパトカーを呼んだ。


実に6の人達が、ラジオの情報を確かめずに信じたのである。


その理由は、のちに4つの心理的条件に分類されたらしい。


1 新しい刺激と矛盾しない意識が形成されていること

  (当時は戦時中であり、国民の精神は張りつめていた。)

2 個人が解釈に自信がなく、信頼のおけるチェックをする適切な判断基準が欠如していること

  (火星人の侵入は、「全くあり得ない」事象ではない。)

3 個人が解釈する基準そのものが欠如していること

  (火星人の侵入の真偽ってどう判断すればいいの?)

4 与えられた解釈以外の可能性を想像する能力が欠如していること

  (唯一無二の存在、火星人。)


どれかの条件が満たされる場合刺激は簡単にへと短絡してしまう。

これを、キャントリルの「火星からの侵入」研究というらしい。


まるで「洗脳」のように盲目的に虚偽の情報を信じてしまった国民達。

の条件が成立するだけで……もし2つも3つも成立していたら、一体どうなってしまったんだろうか。


そうはいっても、もう1世紀近くも昔の話だ。

だが本当に、「もうその話は古い」と言い切れるのだろうか?情報が溢れるこの時代において?その情報を流しているのが、生身の人間ではないことも、増えてきている今でも?


私はそんなことを考えながら、今日もジムへ向かっていた。




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