第212話 青葉昴は覗き見る
──そして、翌日の放課後。
「おい昴、こんなところに連れて来てなんなんだよ」
「いいからいいから。黙って俺に付いてきたまえ」
「付いてきたまえってお前なぁ……」
帰りのHR終了後、下校しようとしていた司を呼び止めた俺は、そのままとある場所へと連れてきていた。
目的も理由も明かさず、ただ『付いて来てくれ』とだけ話をして。
月ノ瀬たちから「どうしたのよ?」と若干怪しまれたが、適当にぼかした。
もちろんそれは司も例外ではなく、俺の後ろを歩きながら訳分からなそうにため息をついた。
教室を出て、辿り着いた
「体育館裏になにかあるのか?」
そう、体育館裏。
先を歩く俺は司の質問に答えず、視線の先に映った『光景』を確認して、咄嗟に物陰に身を隠した。
「え、なんだよ。この先になにか……」
「顔を出すな見つかる」
「うぉっ……」
横を通り過ぎようした司の腕を掴む。
当然抗議の目を向けてきたが、「あれ見ろ」と先に見える光景を見るように顎をしゃくった。
無駄に説明する必要はない。
ただ目の前の『事実』を見せるだけで、ある程度は伝わるだろう。
司は不審そうに眉をひそめ、物陰に身体を隠しながらも俺が示した方向へと顔を向ける。
物陰の向こうに見えるもの。
それは――
「あれって……日向か? もう一人は……誰だ?」
司の言う通り、俺たちから少し離れた場所には二人の生徒が向かい合って立っていた。
一人は日向。
ここにいる理由はもちろん、昨日の手紙の件だ。
アレに書かれていた通り、こうして体育館裏までやって来ているわけだな。姿こそ見せていないが、俺が近くにいることも分かっているはずだ。
こちら側に対して背を向けるように立っているため、表情は見えない。
そして、もう一人――
優し気な表情を浮かべた、背の高い茶髪イケメンが立っていた。
「一年三組の森和樹。男子バスケ部で、見た目通りのキラキラ陽キャ君だ」
「森……? あー、聞いたことあるような……」
淡々と答えると、司は首を傾げる。
この反応を見るに、直接的な関わりはないが、誰かしらから話を聞いたことがあるのだろう。
名前以上のことは全然知らなそうだが。
「それで、その森? 君がどうして日向と? というか昴、お前はこの状況を知ってて俺を連れてきたのか?」
放課後、俺に呼び止められたと思ったら体育館裏に連れて来られて。
そこにはよく知っている日向と、よく知らない後輩男子が二人で向かい合っていて。
どうしてここに連れて来られたのか。
なぜ目の前で後輩二人が向かい合っているのか。
これからいったいなにを見せられるのか。
司からしたら、分からないことばかりで混乱してしまうのも仕方ない。
――そんなこと、当然分かっているわけで。
「司」
「なんだよ。流石にそろそろ説明してくれよ」
「これから目の前で繰り広げられる光景を見ておけ。どんな状況になったとしても、お前はちゃんと見て……思ったことを素直に受け入れろ」
「いや全然意味分からないんだけど……? お前、いったいなにを――」
「あまり喋るとあっちにバレる。文句はあとで受け付けるから今は日向のことを見てやってくれ」
司の質問を遮り、日向に集中するよう促す。
説明なんて、しようと思えばいくらでもしてやれる。一から十まですべて話してやれる。
しかし、ここで詳細を告げてしまったら意味がない。
素の状態で、これから日向の身に降りかかるであろう出来事を、最後までその目で見ていて欲しいのだ。
最も、俺自身もどうなるかは分からない。
予想はついているが、あくまでも予想に過ぎないから。
司は少しの間俺をジッと見つめて、「分かった」と頷いた。
「あとでちゃんと説明してもらうぞ」
「ああ」
「お前がそんなに真剣ってことは、相応の『なにか』があるってことだからな」
そうか……。
お前がそう思ったのなら、きっと今の俺は真剣なのだろう。
場合によっては、この出来事は司の気持ちに大きく影響を与えることになる。
それが吉と出るか、凶と出来るか……それは俺にも予測できない。ある意味博打的なものとも言える。
悪いな日向。
お前が俺を頼ってくれたこのイベント――しっかりと利用させてもらう。
さて……と。
どんな結末になるかな。
やれるだけのことはやった。
ここから先は、日向……そして司次第だ。
× × ×
「川咲さん、ごめんね。昨日いきなり呼び出しちゃって。手紙もビックリしたでしょ?」
「うん。結構ビックリしたかなー。それで、あたしになにか話でもあるの?」
視界の先で、後輩二人が話している。
森君の口調は見た目通り穏やかで優しく、嫌悪感といったものは感じられない。
日向越しに見える表情も、笑顔で親しげのある好青年そのものだ。
――一見すれば、の話だが。
なるほど。アレはモテそうだ。
見た目に加えて、運動部というブーストもかかっているわけだからな。
日向のほうはいつも通りに思えるが、緊張のせいで若干声が上ずっているように聞こえる。
「あー……うん。その、個人的に大切な話っていうか。どうしても川咲さんじゃなくちゃダメっていうか……」
「あ、あたしじゃなきゃ……ダメ……や、やっぱりそれって……」
「か、川咲さん!」
「はいぃぃ!」
状況だけ見れば青春全開で、不穏な要素は存在していない。むしろリア充的オーラにイラッとしてきた。
司の様子を見てみると、自分なりにこれからのことを予想しているのか、なにも言わずに日向たちを見つめていた。
告白の現場だと思っているのか。
それ以外の現場だと思っているのか。
流石の司も、少なくとも特別な状況だということは理解しているはずだ。
「川咲さんさえ良ければでいいんだけど……!」
「なな、なんでしょう!」
お前は日向になにを望む? なにを告げる?
俺の気持ち、なんて曖昧に書かれたその意味を――聞かせてもらおうじゃねぇか。
俺たちが見ている前で、しっかりとな。
森君は僅かに顔を赤くしながらも、覚悟を決めた顔つきでソレを日向に告げた。
「朝陽さんを紹介してくれないかな!?」
「ごめんあたしには好きな人が――! ……え?」
その名前に、司がザッと地面を踏んだ。
――あぁ、やっぱりな。
思わずため息がこぼれる。
『そういった類』のことだと予想していたが……そうか。志乃ちゃんが目的だったか。
それなら、たしかに日向から紹介してもらうのが一番手っ取り早い。
わざわざ手紙を出して、意味深なことを書いてまで呼び出した理由。
それは告白でもなんでもなくて、川咲日向の親友である朝陽志乃を自分に紹介してほしい。
ただそれだけの、都合の良い呼び出しだった。
「えっ、あ、あー……志乃?」
「うん、朝陽さん。でも川咲さん、好きな人ってどういうこと……?」
「うぇ!? えっとー、ほら! あんな手紙を貰っちゃったからさ! もしかしたらラブレターかも!? みたいな!?」
突然の手紙。体育館裏への呼び出し。
相手は人気イケメン。日向じゃなきゃダメ。
極めつけには勘違いしてしまいそうな場の雰囲気。
こんなの、よほどの人間でない限り告白の可能性が頭をよぎるに決まっている。
日向は誤魔化すように大げさに笑っていた。恐らく自分の勘違いのせいで恥ずかしくなっているのだろう。
「ラブレター……?」
「……あたし、ああいう手紙貰ったの初めてだったからさ! いやー、あたしの勘違いってことで! それで、志乃のことだっけ?」
ここまでは、まだいい。
興味がある人に近付きたいから、近しい人物に紹介してもらう。
それ自体は日常にありふれたことだから、否定するつもりはない。立派な手段の一つだと言えるだろう。
――ただ。
「ははっ! ラブレターって……!」
森和樹少年。
君は少し、回りくどいことをしてしまった。
よりにもよって、日向を選んでしまった。
「どうして川咲さんにラブレターを出す必要があるのさ?」
「その話はもう終わりで! 恥ずかしくなってくるからやめてよー!」
「ごめんごめん。勘違いさせちゃったなら謝るよ。でも安心して」
照れくささでツインテールをブンブン振って『恥ずかし~!』とアピールしている日向に、森君は笑いかける。
先ほどから何回か、その笑顔を見ているが――どうにも嘘くさい。作り物、と言えばいいだろうか。
月ノ瀬や、星那さん。
それに……俺自身。
作り物の笑顔というものはこれまで何度も何度も見ていたが、見る人が見れば一発で見抜ける程度には気持ち悪い笑顔だった。
浅い。浅すぎる。
その程度の人間性で、日向に近付いてきたのか。志乃ちゃんに近付こうとしているのか。
お気楽な女子たちは騙せても、俺を欺くには全然足りなかったな。
――よっちゃん、どうやら君の直感は正しそうだ。
「俺が君みたいな子にラブレターを出す理由なんて、一つもないからさ」
昨日、日向から渡された手紙を見たときに感じた通り――
コイツはクロだ。
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