第211話 蓮見晴香はいつだって優しい
蓮見は当時のことを思い出すかのように、視線を上に向けた。
「とても綺麗なお手紙を書いてくれた人もいたよ? 文字も丁寧で、文章も読みやすくて……そんなお手紙。でも……」
「でも?」
「その人は、『私』のことは見ていなかった」
上げた視線を落として。
悲しそうに笑みをこぼして、ポツリと言葉を紡ぐ。
「私のことを全然知らなかったんだ。私と関わりたい自分が欲しいというか、表面上にしか興味ない……っていうか。うーん、なんて言えばいいかなぁ……」
「ようするにステータス目的ってことだろ?」
「そう……なのかな」
それ自体は、別に珍しい話ではないと思う。
人気がある女子と付き合いたい。
モテている男子と付き合い。
イケメン、美少女、お金持ちなどなど……とにかく魅力的な人と付き合いたい。人間として当然な欲求だと言える。
それこそが、自分にとって一種のステータスになるから。
皆から人気がある美少女と付き合っている。
キャーキャー言われているイケメンと付き合っている。
そういった『価値』や『特別感』を求めて告白したり、近付こうとしたりする者たちを俺はよく知っている。
仮に蓮見と付き合えたら……そりゃもう羨望の的だろう。
「その……す、好きって言ってもらうことは嬉しかったよ? 例えどんな人が相手でも、それだけは変わらないから」
「……ひゅー。やっぱりモテモテだったんだな、お前」
「か、からかわないでよ! 青葉くんが知りたいって言うから答えたのに……!」
「わーってるよ。今の話だけでもすげぇ助かったぜ」
まだまだ深堀りしてもいいのだが、このままいくと蓮見の恥ずかしさが爆発してしまいそうだ。
自分の被告白履歴を話すなんて、よほどの自信過剰ちゃんでない限りしんどい部分もあるだろうからな。
今はこのくらいにしておくか……。
とにかく、蓮見の話を聞けて良かった。
俺もだいたい、同じ意見だから。
――『これ、朝陽君に渡してもらえる……?』
――『青葉君ごめん! これ、朝陽君に渡してもらえない……?』
――『昴君! これなんだけど……』
俺ではなく、アイツに宛てた手紙は何度も見てきた。
気持ちの籠っていない手紙。
アイツをただのアクセサリーとしか見ていない手紙。
薄っぺらい……本当に薄っぺらい、
だから俺は、見ただけである程度は予想できるのだ。
その手紙にどれだけの想いが込められているのか――を。
もちろん、すべて俺の予想に過ぎないから断定はできないけれど。
誰を選ぶのかはアイツ次第。
そこに俺が介入するつもりはない。
ただ、アイツを『物』としてしか見ていない者を近付けさせるつもりは微塵もない。それだけの話だ。
――脱線失礼。
「……青葉くん? 大丈夫?」
蓮見が心配そうにこちらを見ていた。
俺が急に黙ってしまったからだろう。
「おう。サンキュー蓮見。参考になったわ」
「それなら良かった!」
「……ちなみに。今更聞くまでもないが、お前は司をそういう――」
「それはもちろん」
言い切る前に、蓮見は即答する。
……愚問だったな。
「私は彼をそんな目で見たことは一度もないよ」
「……まだなにも言ってねぇぞ?」
「ふふっ。だって聞くつもりだったんでしょ? お前は朝陽君をそういう風に思ってないよな――って」
察しがよろしいことで……。
日向といい蓮見といい、司に関係する質問になると即答してきやがる。
分かってるよ。
お前が、お前たちが本気であいつを見て、本気であいつと関わって、そのうえで好きだと言い切っていることなんて。
全部――分かってるんだ。
やっぱりお前たちなら……心置きなくアイツを任せられる。
これからも頼んだぜ。
「……そうかい」
「うんうん、そうだよ。玲ちゃんたちだって同じことを言うと思う。恋愛がどうのって話を抜きにしてもね」
「だろうな。お前たちはお人好し大魔人だからなぁ。司も幸せ者だよ、ホントにな」
汐里高校に入学したことに深い理由はない。
家から近い。通いやすい。
俺も司も、たいしたことない理由でこの学校を選んだ。
それでも、蓮見や渚、会長さんと出会って。
日向や志乃ちゃんが追いかけてきて。
月ノ瀬が転校してきて。
司が彼女たちと出会えたのは、どこか必然的なものだったのかもしれないな。
「――もちろん、私たちは青葉くんのことも好きだからね?」
穏やかな声で告げられた、ソレに。
俺はすぐ反応することができなかった。
目に映るのは……蓮見の微笑み。
ほかの誰でもない、俺に向けられた優しい微笑みだった。
「朝陽くんの親友だから一緒にいるんじゃない。私たちは、青葉くんとも一緒にいたいの。それは絶対に勘違いしないでね?」
「……」
ったく……今は俺の話なんてしてねぇだろうが。
予想外の攻撃に、思わず頭をガシガシと掻く。
「ごめん。気持ちは嬉しいんだけど……まずはお知り合いから始めたいというか……」
「あれ、私なぜか振られた? それにそこは普通お友達からじゃないの……? あれ?」
「……。ま、お前たちがお節介ってことはよく分かってるからな。なんも言わねぇよ」
「分かってくれるのならそれでいいよ。私は青葉くんもいる『みんな』で過ごす時間が大好きだから。今までも、これからもね!」
どこぞのお前の親友にも同じことを言われた気がするな。
ホントに……二人揃って物好きなことだ。
これからも……か。
「――そうだ。お節介と言えば」
「ん? どうしたの?」
……思えば、ちゃんと礼を言ってなかった気がする。いい機会だしちゃんと伝えておくとしよう。
あれだけのことをされて、なにもせずにスルーというのも居心地が悪い。
俺の言葉を待つ蓮見に――告げることは。
「特製お茶漬け……うまかったわ。おかげでちゃんと自分の中の答えを出せた」
「あ……」
「まさかあそこで『家訓』を出されるなんて思わなかったぜ。だからまぁ……うん。あんがとな」
あのお茶漬けの味と、蓮見の書き置きを……。
『余計なことも、お節介も、たくさんするよ。
だって、青葉くんは友達だもん。理由なんてそれで十分っ!』
俺はきっと――この先も忘れないだろう。
一秒。二秒。
そして蓮見は――
「……ふふ」
笑った。
「あんがと、かー。まさか青葉くんにその言葉を言われるなんて思わなかったよ」
「なんでだよ」
「だって青葉くん、嫌いでしょ? ありがとうって言葉」
どうしてそれを……。
疑問は表情が出ていたのか、蓮見は話を続けた。
「ずっと思ってた。ありがとうって言われると、青葉くんは顔を背けたり目を逸らしたりしてたから」
「はて。なんの話かな」
「もう……。理由は分からないけど、なにかあるんだろうなぁ……って。それこそ学習強化合宿のときなんか特に思ったよ」
恐らく学習強化合宿時、俺が最も絡んだ相手は蓮見かもしれない。
食堂に呼び出したり、二人でカレーを作ったり。
渚とギクシャクしていたところをまた呼び出したり、そしていろいろ話したり。
蓮見晴香はきっと――その中で俺のこともちゃんと見ていたのだろう。
だからこそ、こうして俺からお礼を言われたことに対して嬉しそうに笑っているのだ。
どこまでも純粋で、どこまでも優しくて。
みんなのことを見守ってくれている。
それこそが、俺が知る蓮見晴香という少女だった。
「私ね、今すっごく嬉しいよ? だから私から言えることは――」
息を吸って――そして。
「どういたしまして、だよ。青葉くん」
それは彼女によく似合う……穏やかで、可愛らしく、美しい。
最高の笑顔だった。
「それにしても、こうして青葉くんと二人で帰るなんて珍しいかもねー!」
「……だな。るいるいちゃんに知られたら俺が怒られちゃうわ。あんた晴香に変なことしなかったよな? 消すぞ? って」
しんみりとした雰囲気を引きずろうとせず、蓮見はすぐに話題を変えた。
こういった機転の良さも、彼女の武器の一つだろう。
「け、消すって……流石にるいるいもそこまでは言わない……と……思う……?」
「歯切れ悪くなってんじゃねぇか」
「そうだ青葉くん! るいるいと言えばとっておきの可愛いエピソードがあってね?」
「お? 面白そうな話来たなおい」
「あのね、中学の頃なんだけど――」
こうして俺たちは、雑談をしながら分かれ道まで並んで帰ったのであった。
「蓮見、ちょっと話があるんだが……」
「ん?」
最後にとある話を残して。
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