第56話 対する二人は青春っぽさゼロである
昼食が終わり、夕方の自由時間。
この時間は各自適当に……というわけではなく、やることがしっかり決められている。
やることが決まっているのに自由時間とはこれいかに……。
まぁ早めに終わったらその分自由に過ごせるからね……嘘は言ってないね。
では、なにをするのかというと――
「あっつ……こんな暑い中いろいろ運ばされるとか無理なんですけどぉ!?」
夏は基本的にどの時間帯でもしっかり暑い。
夕方であっても、ジメジメとした嫌な暑さが俺の身体を蝕む。
片手でそれぞれ一つずつ持っていた木製の椅子を地面に置き、俺は盛大に愚痴をこぼした。
そんな俺の愚痴に反応して、すぐ近くでため息をつく女子が一人。
「あんたの無駄に大きい声のせいで余計暑くなるんだけど……黙っててくれない?」
みなさんお分かり、毒舌少女渚留衣である。
渚も渚で心底面倒くさそうな表情を浮かべて、両手で持っていた椅子を地面に置いた。
額からは汗を流し、暑さのせいでしんどそうに肩で息をしている。
俺が「なんだと!?」と反論するも、渚から返事は――
「……うるさ」
その一言のみである。
うーん相変わらず塩対応っ! ソルトガールナギサ。
そんなわけで。
どうして俺たちがこんな作業をしているのかと言うと……だ。
答えは単純。
夜に行われるキャンプファイヤーの準備である。
火に関わる部分は合宿所側の人たちが行うのだが、それ以外……椅子だったりそのほか必要なものだったりは生徒たちが準備をするのだ。
一番メインなものは、今こうして運んでいる椅子だろう。
生徒の人数的に一ヶ所だけでキャンプファイヤー……というのは無理があるため、広いキャンプエリアを贅沢に使い、複数箇所に焚火を設置することになっていた。
その焚火を囲むようにして配置する椅子を、俺たちは今ダラダラと運んでいるわけだ。
クラスによっては椅子以外のものを準備している生徒もいるが、少なくとも俺たちは椅子担当……というわけだな。うむ。
以上、説明終わり!
……あーサボりてぇ。
でもサボってるのバレたら夜叉に滅されるし……ジレンマだぜ。
どうせ全員椅子に座って火を囲むわけじゃないから適当でいいんじゃん。
どこで見ても自由なんだぜ? なんで椅子用意する必要あるの?
……と文句も出てくるが、指示された以上きちんとこなさなければいけない。これぞ社会なり。
「渚、お前もう少し筋力と体力にステ振りしたほうがいいんじゃねぇの?」
そこそこ重いものを持ち運んだことで、凝った腕をほぐしながら話しかける。
「は? なに言ってんの?」
渚はやれやれと呆れたように話を続ける。
「わたし、リアルでは
「なるほど? その割にはお前コミュニケーションのDEX値ゼロ――」
「は?」
「いえなんでもございません」
これがDEXにステ振りしてる人間の対応ですか!?
それもう
あー怖い怖い。
この精神魔法使い怖いわぁ。
こんな短時間で二回連続で『は?』って言われることある?
なんか普通の汗と一緒に冷や汗も出てきた気がするぞ。
「おー! 玲ちゃん力持ちだねー!」
ふいー、と一息ついて汗を拭っていると……少し離れた場所から声が聞こえてくる。
声の方向へ顔を向けると、そこには月ノ瀬、蓮見、そして司が楽しそうに椅子運びをしていた。
おー、やっとるねぇ。キラキラしとるねぇ。
「別にこれくらい普通でしょ? 晴香は細すぎるのよ。もっと筋肉付けなさい」
「えー、それ玲ちゃんが言う? 玲ちゃんだって細いじゃん。スラッとして素敵だし」
「……アンタに細いとか言われると悲しくなってくるわね」
「え? どういうこと? それになんで私の胸を見て――って、ちょっ、れ、玲ちゃん!? そういう意味で言ったんじゃないよ!?」
「はいはい、持ってるヤツは幸せよねー」
「も、もう! 玲ちゃん!」
うーむ……今の会話、ちょっと興奮しますね私。
そうですよね。月ノ瀬は……スレンダーだもんね。
蓮見は……ね、とんでもねぇ武器を持ってるもんね。
いや別に?
深い意味はないよ? ないですけど?
……ふへへ。
「……キモ」
「ちょっと渚さん? 純粋な『キモ』はやめてくださる?」
鼻の下を伸ばす俺に、まるでゴミを見るような視線を向けてきた。
ふっ、ゾクゾクするじゃねぇか……その視線。
「え、キモ」
「なんで二回言った? ねぇ、なんで二回言ったの?」
ビックリした。
心の中読まれたのかと思った。
でも渚のことだからありえるな。
だって鬼だし。
俺たちがこんな悲しい会話をしているのに対して、司たちはキャッキャウフフな会話を続けていた。
「ん? 蓮見さんの身体がどうかしたの?」
「ぴぇっ……! こ、こっち見ないで朝陽くん……!」
「司、アンタそれセクハラよ」
「俺なにもしてないよね……? なんで怒られたの……?」
え、いいな。
羨ましい。俺もじっくり……それはもうじっくり眺めたいんだけど。
あ、捕まる? じゃあダメですね。
俺と同じように司たちの話を聞いていた渚は、特に反応することなく次の椅子を取りに行くため、キャンプエリアの端に位置する物置小屋に向かおうとしていた。
ふーむ。なにも無し……か。
「――いいのか? 混ざらなくて」
その背中に声をかける。
「……混ざる理由もないでしょ」
冷たっ。
帰って来た言葉はそれだけで。
こうしている間にも離れていく渚の背中に、俺はため息をついた。
あの様子を見るに……やっぱり自分から蓮見に歩み寄る気は無さそうだ。
いや。というか……どうやって歩み寄るべきなのかを模索して……その結果自分でもよく分からなくなっているように見える。
二人は喧嘩をしたわけではない。
互いに嫌っているわけでもない。
だからこそ……どうすればいいのか、どう話をするべきなのか、お互いに分からないのだろう。
『ごめん』の一言で済む簡単な話ではないだろうしな。
渚も蓮見も、本当だったら少しでも早く仲直りしたいはずだ。
そうなると……次に俺が出来そうなことは……。
そのとき、俺の頭の中にとある案が浮かんだ。
――あぁ、そうか。
キャンプファイヤーがあるじゃん。
俺は手をポンと叩き、早足で渚の隣に並ぶ。
「先に行くなっての。俺も一緒にいくぜ」
「勝手にすれば」
「勝手にするぞい。……なぁ、渚」
俺の呼びかけに渚はこちらにチラッと視線を向けた。
「キャンプファイヤーのとき、お前どうすんの?」
ダラダラと並んで歩きながら。
額から汗を流し、だるそうに……そして面倒くさそうに歩く俺たちの姿は、到底青春っぽさはゼロで。
司たちと比較して、なんともどんよりとした空気感である。
「どうする……って、なにも決めてないけど。むしろなにするの」
「いやほら、例えば誰かと一緒に見るとかあるだろ?」
「わたしがそういうリア充イベントに乗り気だと思う?」
「全然」
「でしょ。じゃあそういうこと」
周囲に人が多ければ多いほど渚は『うへぇ……』ってなるタイプだしなぁ。
キャンプファイヤーでテンションが上がる姿が微塵も想像できない。
むしろ渚って、どういう状況だったらテンション上がるのだろう。
いつもスンッてしてるからなコイツ。
露骨に目を輝かせる渚とか見てみたい。面白そう。
「そこで、だ。そんな陰キャ代表の渚さんに提案があるんですけど」
「あんた喧嘩売ってる?」
売ってない売ってない。
事実事実。
俺は悪くない悪くない。
「で、なに」
淡々とした渚に俺は『案』とやらを話す。
「せっかくだしさ、最初くらいはみんなでキャンプファイヤー見ようぜ? っていう提案なんだが……どうっすか姉御」
「姉御言うな」
「どうっすかるいるい」
「るいるい言うな」
素っ気ない雰囲気を醸し出しながらも、渚は最後に「ま、別にいいんじゃない」と俺の提案に頷いた。
よーしよしよし。渚の了承は得た。
「思い出作りも兼ねてって感じだな。そのあとどうするかは……各自に任せるぜ。誰と見ようがソイツの勝手ってことで」
月ノ瀬なり、蓮見なり……好きに動いたらいい。
本人たちの気持ち的には司と見たい気持ちがあるんだろうからな。
昨日のバスの中で大浦が話していた『ジンクス』とやらもあるし……ね。
「みんなで見るって言っても……どこで見るの?」
「あー、そうだなぁ」
渚の疑問はごもっともである。
俺はグルッとキャンプエリア全体を見渡し……一つの場所を見つけた。
「あそことか?」と、その場所に向かって指を差す。
渚も同様に俺が指差した場所に顔を向けた。
「……階段?」
渚は首をかしげる。
俺の視線の先には、キャンプエリアと合宿所本館を繋ぐ道に行くための階段があった。
横幅が広く、段数もそれなりに多い階段で正直上り下りするだけでちょっと疲れる。
焚火からは少しばかり離れているが、それでも火を見て楽しむ分にはちょうどいい距離感ではあった。
一段目のところに座って焚火を見るのも悪くないだろう。
「いいと思う。あそこならそんなに人集まらなそうだし」
「だろ? じゃあ、キャンプファイヤーが始まったらあそこに集合ってことで!」
「……分かった。……晴香には――」
「あぁ、俺から適当に伝えておく。蓮見と月ノ瀬と……当然、司にもな。でも、班長だけが参加する会議? みたいなのがあるからちょっと遅れると思うけど」
「……うん、よろしく」
「おう」
俺は渚に気付かれないように小さく笑う。
あそこでスッと蓮見の名前が出るあたり、渚はやはりアイツのことを大切に想っているのだろう。
蓮見抜きでキャンプファイヤーを楽しむつもりなんて、到底なかったんだろうなぁ。
キャンプファイヤーまでもう少し……か。
ふふふ……楽しみになってきたぜ。
みんな、で楽しむとしよう。
「青葉」
心の中でふふふと笑っていると、渚が口を開く。
なにもやましいことを考えていないのに、肩がビクッと震えた。
なんだろうね。もう深層心理に刻み込まれているのかもしれない。
名前呼ばれるだけでちょっと怖いもんね。
「なんだね」
お互い前を向き、歩いたまま言葉を交わす。
「もちろんあんたも――」
あんたも?
渚の言葉を待っていたが、それ以上なにも言わなかった。
「なんでもない。……流石にわたしの思い過ごしかな」
「おい、普通に気になるんだが? あ、ひょっとして俺に告白でもしようとした? まったくう! 困っちゃうなぁるいるいはっ!」
「―――――」
「おい待てなんだその手に持ってるでっかい石は……! てかいつ拾った!? オーケー落ち着け。地面に置くんだ。いいな? その石でなにをするつもりかは知らないが危険だから置くんだ! いいな!?」
青葉昴、情けなさ過ぎる懇願である。
渚は凍てつくような視線を俺に向けたあと「……これだから青葉は」と、捨て台詞を残し石をポイッと投げた。
そのまま何事もなかったかのように、俺を置いてスタスタと再び歩き出してしまった。
「ふー……また一つ昴くんの命が救われたぜ……」
今日はいろんな汗をかく不思議な日である。
一仕事終えた気分であるが、まだまだ作業は残っている。
ひとまず渚に伝えたし、あとで月ノ瀬たちにも伝えておこう。
それにしても。
昼のときの蓮見といい、今の渚といい……途中でなにかを言いかけていたのは気になる。
中途半端に言うなら最後まで言えってんだ。
はぁ……。とはいえ真相は俺には分からない。
俺は遠くなる渚の背中を追いかけた。
渚の次は――
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