第2話 異端者の整合性
あれは幼稚園のころ。
通園の道中にあるお宅の庭先には、大きな犬がいた。
私は好奇心が強く協調性も皆無だったため、その犬を触りたくて柵に張りついた。
世の中の制度に【特別支援措置】というものがある。
配偶者からの暴力(DV)、ストーカー行為等、児童虐待及びこれらに準ずる行為の被害者の方は、申出によって、住民票の写し等の交付等を制限できる。
簡単にいうと、私の両親や姉弟が住民票の写しなどによって住所を知ることができなくなるのだ。
一年に一度更新手続きをしなければならないため、訳あって遠方の区役所へ赴いた。
その子供福祉課の担当者が、当時の学校や養護施設の住所を教えて欲しいというので、私はGoogleマップで調べて養護施設の住所を書いた。
ところが、幼稚園や小学校がマップに表示されない。おかしいと思い検索をかけたら廃園、廃校になっていた。
私は当時の犬を愛でていた記憶が蘇って、懐かしくも悲しくもあった。
私の家庭は両親共に重度のうつ病で、養育ができないと児童相談所が判断して養護施設へ預けられた。
幼稚園の頃は良かった。
小学生に入ると施設と自宅を半々で過ごすことになった。
これは家庭の再構築を目指すためにやっているものらしいが、私にとってはとんだ迷惑だった。ちなみに年子の姉がいるが、こちらは現在も平和ボケしている。
アウトプットも兼ねてこれらを書いているが、正直気が重い。
これまで受けた虐待のあれこれを書くことも、それを人様に伝播させることも相当な心労が伴う。なので詳細は書かないことにした。
ただ、万が一にもこれを目にした人が現在進行形で虐待を受けており、逃げ場がないというのなら、私は全力で手助けしたい。
私はかれこれ20年近く実家にも親族にも会っていないが、虐待のお陰でPTSDを患っている。
憎悪という大樹は葉っぱも実もつけないが、根っこが地中深くのびており、それが抜けない。
朽ちたまま伸び続け、心の臓を覆い尽くしていく。
厄介よなあ…
ただ、私は伝えたい。
いままさに激動の最中を走り抜けている人がいるのなら、あなたは一人ではないと。
私がその当時心の支えにしていたのは、
私と同じような環境の人が、その死線をくぐり抜けて生き延びているはずだと信じていたからだ。
同族と群れるな、堕ちるだけだ。
集団では孤立するな、先頭をゆけ。
命は使いきれ、自分で捨てるな。
悟った気になるな、知識を得ろ。
理解はされないと思え、だが友はいる。
不要なナルシズムを育んでしまうため苦労の度合いで格差をつけてはいけないが、物事にはある程度の土俵を理解できる経験が必要になる。
私のような人間は「わかった気になられる」ことを極端に嫌う。
「その気持ちをわかるよ」というのは禁句と言っていい。
それでも人間社会で生きていかねばならないので、自分が孤独だろうがなんだろうが社会に適応しなければならない。
簡潔にいうならば、インプットとアウトプットをやりまくる。
①ジャンルを問わず本を読んで理解し、それを誰かに説明する。
②ラジオを聴きながら、同時に同じ内容を喋る。喋り方を完全コピーする。
③絶対的に正しい話を、全く逆の理論を考え出して反論する(心の中で)
④できるだけ多くの人間の思考回路を自分の中に取り込む。何かを考える時に、たまに別人の思考で考えてみる。
⑤ロジカルなゲームをする。将棋、チェス、リバーシ等
⑥時事ネタは収集して、それぞれに自分なりの持論を持つ。
私は一般的な人間と異端である自分の思考とに整合性を保つため、とにかく一般的な解釈というものを取り入れた。
その甲斐あって、コミュニケーション能力だけは抜きん出た才能を得た。
ぶっちゃけコミュ力があれば、要資格以外の仕事はなんでもできる。
異端者というのも悪くない。
普通に振る舞っていればただの人だ。
とはいえ、家族を持つと状況は変わる。
特に妻となる女性は心労がハンパないと思う。
少し前に、私は妻に対して「異端者の手引き」のようなものをLINEで長々と送った。
かれこれ4年も苦楽を共にしてくれたが、まだ理解はされていない。
しかし「なるほど、漸くわかってきた気がする」と理解を示してくれた。
私はこの時初めて、異端者にとっての整合性とはなんたるべきかを気付かされた。
おそらくそれは「理解者を得ること」だと思う。
同族の理解者ではなく、全くの赤の他人から築き上げる「信頼関係」と「相互理解」。
これは一般人に染まることではなく、穿った思想を共有して分かち合う、夫婦でしか成立しない関係性だと思った。
自分を異端者だと名乗っているうちは、まだ私も青いということだろう。
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